66センチ目「ブラフ」
二回戦の相手が無事決まったとのことで、俺はナターシャと話している。
「相手は瑠璃か……」
「知り合いと連戦して、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないけど、いずれ戦うわけだし仕方ないよな……」
消極的な理由ではあるが、戦う理由にはなる。
ただ、納得がいっているかというとそうではない。やはり戦わなくて済む道がなかったのか、どうしても考えてしまうのだ。
こういう俺みたいな持ち主のためにも、トーナメント形式にしてもらったのは、僥倖といえるかもしれない。
「とにかく、あまり時間がない。対策を練ろう」
「瑠璃さんペアといえば、厄介なのが触手と電撃のコンボですよねぇ」
触れてはダメ、かといって避けているだけでは追い詰められる。なかなか隙のない攻撃だ。
「一つだけ妙案がある」
「なにか思いついたんですか?」
「まぁな」
俺が作戦を説明すると、クリアとナターシャは納得したようにうなずいた。
「なるほど、それならいけそうですね!」
「さすがクウ!」
「俺だけじゃない。クリアの動きにも勝負はかかってる。頼んだぞ、クリア」
「まかせて! それなら、なんどもやってきたからできると思う!」
クリアは小さな力こぶを作ると、左手でそれを軽く叩いた。
ぶっつけ本番だが、上手く成功することを祈るしかなかった。
白い階段を上り、俺たちは再びあの試合会場へと足を踏み入れた。
向かい側の階段から、瑠璃とジェフが上がってくるのが見える。
「よっ。元気だったかい?」
「ああ、ピンピンしてるよ。そっちは?」
「ぼちぼちってところかな」
瑠璃はジェフと肩を組みながらにやりと笑った。
「悪いけど、願いを叶えたいんでね。今回の勝負、本気で行かせてもらうよ」
「もちろん。お互い全力で戦おう」
持ち主同士の応酬が終わると、クリアとジェフはそれぞれ向き合って構えた。
「準決勝第一試合、雨宮空・クリアペア対望月瑠璃・ジェフペアを開始します。よーい――」
張り詰めた空気の中、ロザリアが手を振りかざす。
「はじめ!」
試合が始まった後も、俺たちは互いににらみ合ったまま、膠着状態が続く。
こちらとしては闇雲に攻めて触手攻撃を食らいたくないし、向こう側は下手に攻撃して懐に潜り込まれては困るからだ。
それでもじりじりと距離を詰めていくクリアに対し、やがてしびれを切らした瑠璃はスキルを叫んだ。
「触手!」
何本ものギターの弦がジェフの手のひらから発生し、空中をうねうねと動き回る。それを見た俺たちも、スキルを唱えて応戦する。
「刀化!」
クリアは牽制の触手を刃で弾きながら、さらにジェフとの距離を詰めていく。
そうして残り十数歩の距離まで来た時、ついに瑠璃たちが動いた。
「いまだ、ジェフ!」
「ふんっ!」
ジェフは触手をバラバラに動かして、四方から攻撃を仕掛けてきた。ムチのようにしなりながら襲い来る触手を、クリアは華麗に捌いていく。
(どうして電撃を打たないんだ……?)
真っ先に打ってくると思っていた電撃が来ないことに、俺は妙な違和感を覚えた。
なにか企んでいるに違いないが、その真意はハッキリとしない。とにかく、電撃を警戒しつつもいまは攻めるしかないだろう。
クリアは順調にジェフとの距離を詰めていくと、途中からダッシュに切り替えて一気にその懐へと潜り込んだ。
「これで、終わ――」
「それを待ってたよ! 波動!」
「えっ」
即座に弦を手から切り離したジェフは、クリアの側頭部に張り手を命中させた。
クリアはもろにその攻撃を受けてしまい、地面に膝をついた。
「どんなに頑丈な生き物でも、三半規管を揺らされれば効くよねぇ!」
「くそっ、やられた!」
すでに手の内がバレている電撃を餌に、虎の子である波動を決めにきたというわけだ。
最初に解析をきちんと使っておけば、こうはならなかったはずだ。だが、反省してももう遅い。
まんまと策略に乗せられた俺は、慌ててクリアにテレパシーを送る。
〈大丈夫か、クリア!?〉
〈あと5秒ほしい……!〉
〈分かった!〉
クリアの腹に拳を叩き込もうとしているジェフを見た俺は、とっさに大声で叫んだ。
「爆発!」
「やばい! 相棒、離れて!」
危険な雰囲気を察知したジェフは、いったん攻撃を中止してクリアから飛び離れた。
その瞬間、クリアの体が爆発――するはずがない。その場ででっち上げた、嘘っぱちのスキルだからだ。
数秒の間をおいて、瑠璃は悔しそうに歯噛みした。
「ちっ、ブラフか! あと少しだったのに!」
「そう簡単にやられてたまるか!」
インターバルを置いて回復したクリアは、なんとか立ち上がった。足元が少し心許ないが、最低限戦える状態にはなったらしい。
「タネがバレちゃしょうがない。もう小手先の作戦は終わりにしようか、相棒!」
「ああ! 正々堂々戦うのがやっぱりロックってもんだぜ、相棒!」
「触手!」
再び触手を空中に展開するジェフ。ここからが本番だ。
「クリア、いけるか!?」
「うん、もう大丈夫!」
クリアは右手の刃を構えると、再び前進を始めた。




