62センチ目「暴走」
「ああ、そんな……! 私の神器が……!」
天叢雲の腹部から割れた留魂石がパラパラとこぼれ落ちるのを見て、王城竜馬はがっくりと膝をついた。
マッキーの捨て身の作戦は見事に成功したのだ。
天叢雲はいまやその動きを止め、仁王立ちしている。
「倒せたのか……?」
「人形みたいになっちゃったね」
ゴンタが恐る恐る様子を伺う一方、クリアはというと、天叢雲の頬をツンツンと突いている。どうやら本当に戦闘不能になってしまったらしい。
そのとき、豪さんが叫んだ。
「退け、クリア! ゴンタ! まだそいつは生きている!」
「えっ?」
その瞬間、天叢雲は頭を抱えて発狂した。
徐々にその形状は崩れ、人型から形容しがたい肉塊へと形を変えていく。驚いたクリアとゴンタは、とっさに俺たちの下へ飛び退いた。
その肉塊はうねうねと触手を伸ばすと、まず一番近くで愕然としている王城竜馬に触手を伸ばした。
「う、ああ……!」
触手はそのまま彼の体を包み込んでいき、肉塊の中へと吸収していった。
「なんとおぞましい……!」
肉塊は続けて、壁際に倒れているおたまに触手を伸ばしていく。
「おたま!!」
「ダメだ! お前まで吸収されてしまうぞ!」
「くそっ……!」
俊彦さんは豪さんに引きとめられ、地団太を踏んだ。呆然とする俺たちに、今度は別の触手が数本襲い掛かってくる。豪さんは慌てて叫んだ。
「いったん逃げるぞ!」
「は、はい!」
どんどんと膨れ上がる肉塊の質量に恐れおののきながら、俺たちは駆け出した。
置き去りにしてきたケンとおたまに後ろ髪を引かれる思いだが、いまはどうしようもない。無事を祈りながら、元来た階段を降りていく。
「何なんですか、あれは!?」
「おそらく、留魂石の中に大量に蓄積された在力が行き場を失って暴走したのだろう。やつは正規のツクモではない。その形状を保てていたのが不思議なくらいだ」
イレギュラーな存在にはイレギュラーな事態が付き物ということだろうか。
とにもかくにも、これでは作戦を練り直さなければ話にならないだろう。
「じゃあ、どうやって倒せば!?」
「在力を使い切れば自然に消滅するだろうが……ああして物体の吸収を続ける限り、在力は膨れ上がる一方だろう」
「そんな……!」
それでは実質、倒す方法などないと言っているようなものではないか。
「一つだけ、方法があります」
俊彦さんの言葉に、その場にいる全員が振り向いた。
「いま、おたまからテレパシーが飛んできてね。ケンくん共々、無事だったと。いま別ルートで逃げているそうだ」
「良かった……!」
なんだか見捨てたようで嫌だったが、それなら一安心だ。
「して、その方法というのは?」
「ああ。おたまのスキルを使って、油装と火炎で肉を焼き払うんだ。建物の外まで被害が広がる前にね」
「そうか! それなら直接触れずに肉塊を全て処理できる!」
「そのためには、油を溜める時間と、直接肉塊に到達するルートが必要だ。どうにかならないかな」
「それなら、準備に最適な場所がある。ただし、危険な賭けになるぞ」
俺はそれを聞いて思わず笑った。
「俺たち、身を賭してここまで来たんですよ。いまさら何言ってるんですか」
「もう覚悟は決まってます」
「ここで逃げたら、寝覚めが悪いもんな」
俺たちの視線に射止められ、豪さんはふっとニヒルに笑った。
「君たちに聞くまでもなかったな。よし、それでは行こう」
豪さんは階段を再び引き返し、上に向かっていく。
「どこに向かうんですか!? そっちには肉塊が――」
「屋上だよ」
「屋上……あっ!」
そう。肉塊を真上から叩けて、油も貯められる場所といえば、屋上しかない。
「触手が追いついてくる前に早く向かうぞ」
俺たちは正真正銘最後の戦いに向けて、階段を駆け上るのだった。