52センチ目「竜虎相搏つ」
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ケンは、白いボクサーパンツを履いた少年と激しい打ち合いを繰り広げていた。
驚くべきことに、相手の少年は素手にも関わらず、得物を振るうケンと互角に戦っている。リーチ差をものともしないその立ち回りは、傍目にも分かるほどに洗練されたものだった。
「ショーン! 焦るな! 確実に相手の隙を狙え!」
「はいっ!」
背後に立っている厳格そうな初老の男性から指示が飛び、ショーンと呼ばれた少年は攻めから守りへと転じた。
それを機と見たのか、豪はケンに向かって叫んだ。
「どんどん打ち込んでいけ! 手数で負けるな!」
「はいっ!」
豪から飛んだ野次を受けて、ケンは勢い良く攻め込んでいく。ショーンは振り下ろされる竹刀を両の拳で巧みに受け止め、丁寧に捌いていく。
丁々発止の戦いに他者が付け入る隙はなく、瑠璃とジェフは外からその様子をただ眺めることしか出来なかった。
手に汗握る攻防戦の中、先に勝負を仕掛けたのはケンの方だった。
「湾曲!」
横薙ぎの一撃を、ショーンは右腕で受け止めた。ガードされた竹刀は、大きくしなりながらシンの横っ面を叩こうとする。ショーンは背を丸めてそれを回避した。
その瞬間、ケンは竹刀を振り上げ、真っ直ぐ縦に振り下ろした。
その一打を今度は左腕で受け止めたショーンだったが、中ほどでぐにゃりと曲がった竹刀の先端が、彼の背中を強かに打ちつける。
ショーンは苦悶の表情を浮かべながら一歩後退した。
「やった!」
「いや……」
豪はあまりいい顔をしなかった。それもそのはず、有効打を与えたはずのケンの方が、ショーンよりも険しい表情をしているからだった。
「どうして!?」
「攻撃の瞬間、みぞおちにカウンターを食らったんだ。あと数センチ下にずれていたら、こちらの留魂石が砕かれていただろう」
「全然見えなかった……!」
高度なそのやり取りに、瑠璃はごくりと唾を飲んだ。
互いに攻撃を食らったケンとショーンはバックステップして、若干の距離を取った。二人とも構えは解かないまま、一触即発の間合いでにらみあう。
「まさか、ここまでできるツクモがいるとは思わなかったな!」
「それはこっちの台詞だ!」
そんなやり取りを交わしながら、両者ともに素早く両手を挙げる。彼らの頭上でエネルギーが渦巻き、それぞれ巨大な竹刀とボクシンググローブを形作る。
「なぜ王城龍馬に味方する!」
「俺は強い奴と戦えればそれでいいんだよ!」
「「必殺!!」」
高威力のスキル同士が、轟音を響かせながら空中で衝突した。発生した衝撃波に、瑠璃は目を細め、両腕で顔を覆う。少し経ってから瑠璃が恐る恐る目を開けると、ケンとショーンは両者とも倒れずに立っていた。
互いに受けた傷はない。形勢は全くの互角のようだった。
「そんな理由のために、人類が滅びてもいいというのか?」
豪からの質問を聞いて、ショーンはくだらないとでも言いたげにせせら笑った。
「そんなこと、俺たちの知ったことではない。滅びるなら、所詮それが運命だったということだ」
「どうでもいい他人事みたいに言いやがって……!」
その答えに憤激する瑠璃を意に介さず、ショーンは澄まし顔で拳を構える。
「なかなかやり手のようだ。一つギアを上げるぞ、ショーン」
「はい、会長」
「武装!」
初老の男性がスキルを唱えると、鋼鉄のグローブがショーンの両手に覆いかぶさるようにして出現した。
ショーンはその場で数回ステップを踏んだ後、ケンに殴りかかっていく。襲い来るジャブを竹刀で弾こうとするケンだったが、硬質なグローブによって逆に弾き返されてしまった。無防備になった左頬にショーンの右ストレートが直撃し、ケンはよろりと後ずさった。
先ほどまでのパンチとは威力がまるで違う。
それでも正面から果敢に打ち合うケンだったが、ショーンの攻撃はより苛烈さを増し、とうとう徐々に押され始めた。
豪はその様子を見ると、瑠璃たちの方を振り向いた。
「望月さん、ジェフくん、一つだけ頼みがある」
「な、なに?」
豪は真剣な表情で瑠璃たちを見据えた。
「一瞬だけ、やつに隙を作ってほしい。ケンが技を打てるだけの隙を」




