51センチ目「スイッチ」
亮助はハッとすると、拳で手のひらを叩いた。
「せや! 俊彦さん、あれや! あれしかない!」
「あれ?」
亮助に耳打ちされた俊彦は合点した。
「なるほど。そういうことね」
お互いのツクモが敵に押されているのを横目に、二人は背中をつけ、タイミングを計る。
「ほな、行くで。せーの!」
「「スイッチ!」」
俊彦と亮助は、位置を替わりながらくるりと半回転した。それと同時に、ツクモたちも素早く立ち位置を入れ替えた。
オーバーオールの少年の拳をおたまが真横に受け流す一方で、ツンツン髪の少年のトゲが浪吉に襲いかかる。
「誰が受け止めたって同じだ!」
「違うで! 盾化!」
浪吉の左腕に銀色の盾が出現し、迫り来る拳をがっちりと受け止めた。
ツンツン髪の少年の拳に生えているトゲが中ほどで折れ、攻撃の反動を受けた腕から血が噴き出す。
「ちぃっ……!」
ツンツン髪の少年は悔しそうな表情で後ずさった。
「上手くいったみたいやな」
「おう。反撃開始だ!」
オーバーオールの少年は、つるつると拳を受け流すおたまの戦法に悪戦苦闘している様子だ。かといって隙を見せれば、おたまの拳がたちまち体を打つ。
一方、浪吉は盾で身を守りながら前進していく。ツンツン髪の少年は何度か手のトゲを伸ばしたが、ことごとく跳ね返されるのを見ると、焦った様子でバックステップした。
「クソッ! 江美、ワンランク上げろ!」
「分かった、トゲゾー。武装!」
江美と呼ばれた女性がスキルを唱えると、トゲゾーと呼ばれた少年の両手にトゲのついたガントレットが出現した。
トゲゾーは薄ら笑いを浮かべると、浪吉の盾を上から殴りつけた。
だがしかし、それは逆に悪手だということをトゲゾーは知らなかった。
「がはっ……!?」
トゲゾーは、不可解な表情を浮かべながら苦しそうに膝をついた。波動による反動ダメージを食らったのだ。
「わけがわからんちゅう顔しとるな。だったらそのまま去ねや!」
浪吉は両の拳を振り抜いた。顔面と腹部に叩きつけられた、打撃と波動の相乗エネルギーをもろに食らい、トゲゾーは後方に大きく吹き飛んだ。
その頃おたまはというと、オーバーオールの少年を壁際まで追い詰めていた。
「覚悟はいいかしら?」
「くっ……そおおおおぉ!」
「はっ!」
おたまは少年の右腕を斜め後方へ捌くと、懐に潜り込み、留魂石へ向かって拳を振るった。
おたまが勝利を確信したその瞬間、少年の左手がおたまの拳を遮った。
「吸収!」
「なんですって!?」
おたまは必死に右手を引きはがそうとするが、少年の手のひらに強力に吸い付いて離れない。
そのまま手を外側にひねられて、ねじれる右腕におたまは顔をしかめた。
彼の奥の手は見事に功を奏した――かに見えた。
「なんてね」
「なにぃ?」
「武装!」
おたまの両手に丸い鉄板を備えたナックルダスターが装着され、吸着していた少年の左手がつるりと外れた。
「ちょっ――」
「はあっ!」
よろける少年の首に回し蹴りを決めると、おたまは目にも止まらぬ速さで、少年の胴体に連撃を叩き込んだ。
そして、おたまは少年に背を向けて残心する。沈黙した少年は、背中からずんと地面に倒れ込んだ。
「ボブ!」
「トゲゾー!」
それぞれ消滅していくボブとトゲゾーに、敵の持ち主たちが駆け寄る。
浪吉はおたまに歩み寄ると、首をコキコキと鳴らした。
「まずは一勝っちゅうとこやな。疲れたか?」
「この程度の運動で疲れていたら、海の家なんか経営できませんよ」
「そういうもんかねぇ」
浪吉は納得したようにうなずいた。
一方、彼らの持ち主サイドはどうかというと、亮助が笑顔で小躍りしながら俊彦に向き直っていた。
「俊彦、ハイタッチや! 行くで! ウェーイ!」
「……」
「ちぇっ、ノリ悪いわ〜! 俺がバカみたいやんけ!」
伸ばした両手をすかされた亮助は、困り顔で腕を組んだ。そんな亮助をよそに、俊彦は天井を見上げる。
「始まったみたいだな」
「えっ?」
「上の階で、いま西園寺さんたちが戦ってる」
「ほんまかいな? どうして分かるんや?」
「簡単に言えば、野生の勘、ってやつかな」
「なんやそれ。よう分からんやっちゃな」
俊彦のすかした態度が気に入らないらしく、亮助はふんと鼻を鳴らした。
「ともかく、先を急ごう。俺たちも加勢しないと」
「せやな。よっしゃ、行こう」
「その必要はないわよ」
カツカツとハイヒールの音が響く。階段から降りてきたのは、長いブロンドヘアをなびかせ、黒いドレスを纏った女性だった。
「雷華様!」
江美とスーツの男性は彼女に向かってひざまずく。
新手の敵の登場に、亮助たちは休む暇もなく身構えた。