49センチ目「ゲーム開始」
黒焦げで突っ伏している権造と、元は恵瓊だったであろうアサルトライフルのエアガンを見下ろしながら、俺はほっとため息をついた。
「無事だったなら、最初からそう言ってくれよ。冷や冷やしたぜ」
「敵を欺くにはまず味方から、って言うでしょ。隙を見せれば必ず大技を打ってくる。それを狙ってただけ」
美咲は表情一つ変えず、冷静な口ぶりで言い放った。
ダウンしていたのはほんの数分で、その後はとっくに回復していたらしい。まさに策士と言いたいところだった。
「少し休んだら先へ進もうか」
「うん。ちょっとだけ」
俺たちは壁際に腰を下ろし、一息ついた。
正直、初戦からこんなにハードだとは想定していなかった。これから先の戦いに、俺たちはついていけるだろうか。
近くでは、放心状態の茂夫があぐらをかき、宙を見ながら呆けている。
「なあ、茂夫。その、なんていうか……残念だったな」
「……」
声をかけてはみたものの、返事はこなかった。唯一心を許していた相手が消滅してしまったのだから、無理もないだろう。変に絡まず、そっとしておいてやるのが一番いいのかもしれない。
「さて、あんまりのんびりしてもいられないな。そろそろ行くか」
「次の敵に見つかる前に、早く移動した方がいいと思う」
「そうだな」
ここは敵地の真っ只中だ。行動を取るなら素早いに越したことはない。
俺たちは休憩もそこそこに立ち上がると、奥の方に見える階段目指して歩き出した。
「ちょっと待って」
振り向くと、先ほどまで抜け殻のようになっていた茂夫がいつの間にか立ち上がっていた。
「君たちに教えておきたいことがある」
「なんだ?」
「二階には、『蔵人』の幹部たちが待ち構えてる。彼らは僕たち下っ端とは段違いの強さを持ってる。くれぐれも気をつけて行ってくれ」
茂夫のその真剣な表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
「どうしてそれを教えてくれたんだ?」
「それは……ちょっとだけ救われた気がしたから」
茂夫は頭をかきながら、憑き物が落ちたような清々しい顔で笑った。
「僕のことを本気で考えて叱ってくれる人なんて、これまで会ったことがなかったんだ。だから、君たちには感謝してる。僕の心の恩人だよ」
さっきまでの戦いが、彼にとってのターニングポイントだったらしい。
本音でぶつかるからこそ、分かり合えることもある。
そして、茂夫は再び真剣な表情に戻る。
「どうか無事で帰ってきてくれ」
「ああ、もちろんだ」
俺はこくりとうなずいた。一方、クリアは両手でVサインをして応えた。
俺たちは二階に続く階段をゆっくりと上がっていく。
上がりきった先に見えたのは、室内に所狭しと並ぶゲームの筐体だった。
「ようこそ、僕の庭へ。僕の名前は君島悠斗。それから、こいつは相棒のリバサ。よろしく」
グレーのパーカーを羽織り、フードを被った少年が、俺たちを迎え入れた。ポケットに両手を入れており、口にはくちゃくちゃとガムを噛んでいる。
その隣には、同じくらいの背丈の、緑のニット帽を被った少年が立っている。黒い半袖Tシャツに青いジーンズというラフな格好だ。
俺たちは身構えながら、悠斗たちの方へ近づいていく。
「そう警戒しなくてもいいよ。ゲームはまだ始まってないからね」
悠斗は不敵な笑みを浮かべながら、俺たちが歩いてくるのを待ち構えている。
不気味なまでのその余裕は、来るべき戦いについて確固たる自信があることをうかがわせた。
俺たちが十分に近づいたところで、悠斗は再び口を開いた。
「さて、君たちにはこれからゲームのルールを選んでもらうよ」
彼の右手には、カードが四枚、扇状に握られている。それらは全て裏面をこちらに向けており、何のカードかは分からないようになっている。
「もし選びたくないと言ったら?」
「そしたら僕が一番得意なルールを選ぶけど、それでいいなら」
悠斗はつまらないと言いたげな表情で肩をすくめた。ゲームとやらが何を指すのかは分からないが、どうやら他意はないようだ。
「俺が選んでもいいか?」
「好きにして」
美咲はいかにも興味なさげに呟いた。クールビューティーとは彼女のような人間を指すのだろう。
俺は少し悩んだ後、カードを指差した。
「俺から見て一番右端のカードだ」
悠斗はにやりと笑うと、そのカードを反転してこちらに見せつけた。そこには手書きで『アクション』と書いてある。
「いいねぇ! 今日のルールはこれに決まりだ! 活劇!」
リバサが両手を挙げると、周囲の空間に半透明の足場や謎のアイテムが次々と出現した。
「それじゃあ、遊戯開始!」
ピコーンという電子音が空間に鳴り響く。
こうして、得体の知れないゲームが始まった。




