48センチ目「CQC」
「よくやった、恵瓊」
恵瓊と呼ばれた迷彩服の少年は、茂夫を蔑むように見下ろす。そこには、仲間意識など微塵もないようだった。
「テメェ……!」
戦意を失った味方を撃つなんて、あまりに非情だ。俺は恵瓊をにらみつけた。
失意にうずくまる茂夫を守るように、クリアが立ちはだかる。
「さて、どっちからやる? それとも、二対一か? それでも俺たちは一向に構わないが」
恵瓊は手首から先に生えている銃口を手に戻すと、自信たっぷりに言った。
今回の戦いに挑むにあたり、俺はスキルの細かい仕様について豪さんから教わった。
各スキルには固有のクールタイムが存在し、同じスキルを連発することはできない。
クリアの刀化のクールタイムはおよそ一分。そろそろ再発動が可能になる頃合いだ。
戦おうと思えば、やりあうことはできる。
ただ、気になる要素が一つある。それは、敵の必殺の存在だ。
どのような性質の必殺技か分からない以上、うかつに攻め込むのは避けたい。
そこで、ミラの援護射撃が欲しいところだが、いまはどうしているだろうか。
まさかやられたわけではあるまいと思い、視線を巡らせると、柱の陰に二人して隠れているのが見えたので、俺は安堵した。
「美咲! ミラ! 大丈夫か!」
「うん、大丈夫」
敵に悟られないために強気な発言をしたのだろう。柱の陰ではミラが両腕でバツマークを作っている。見た感じ、美咲が何らかの理由でダウンしてしまったらしい。
となると、やはりクリア単独で突っ込むしかなさそうだ。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
恵瓊は腰に下げたサバイバルナイフを抜くと、こちらにゆっくりと歩いてきた。
クリアは間合いを計りながらじりじりと後退していく。
その距離、およそ二、三歩といったところか。
恵瓊はタイミングを見計らって素早く踏み込むと、ナイフを振り抜いた。クリアはそれをスウェーで回避する。
しかし、恵瓊はさらに一歩踏み込むと、流れるような動作でクリアの胸倉をつかんだ。そして片足を引っ掛け、重心が崩れたところで地面に押し倒す。
手前があまりに鮮やかすぎて、俺は彼の一連の動作を見逃したかのように錯覚した。
恵瓊はクリアの腹部にナイフの刃を当てた。
「CQC――クロース・クオーターズ・コンバットだ。冥途の土産に覚えとけ」
恵瓊がナイフを振り抜こうとしたその瞬間、ミラが背後から蹴りかかっていった。
恵瓊は横に転がって、その蹴りを難なく回避した。
「ミラ! ありがとう!」
「大切なダチを見捨てるわけにはいかないっしょ」
ミラはそう言うと、慣れない手つきで拳を握る。
話によると、ミラは遠隔攻撃のスキルしか持っておらず、近接戦闘はからっきしダメらしい。
それでも単身駆けつけてくれた勇気に、俺は感謝の念を抱いた。
立ち上がったクリアがミラの隣に並ぶと、恵瓊は「へえ」と感嘆の声を漏らした。
「それじゃこっちも本気で行こうか。かかってきな」
クリアとミラはそれぞれ両側から恵瓊に殴りかかる。恵瓊は左手でミラの拳を受けると、その手首をつかんでクリアの方へ引っ張った。
「ちょっ」
「あっ、わっ」
態勢を崩したミラの上に、クリアが覆いかぶさるような形で、二人は倒れ込む。即席のコンビネーションでは、なかなか上手くいかないらしい。
そして、その隙をみすみす見逃す権造と恵瓊ではなかった。
「爆弾」
恵瓊は手中に出現したグレネードの栓を抜くと、後退しながらクリアたちの方へ放り投げた。
しかし、クリアはそれを空中で器用に蹴り飛ばした。一瞬の間が空いた後、グレネードは壁際で爆発した。爆風に当たった壁面が黒く焦げ、小さいがれきが頭上からパラパラと降り注ぐ。
「しんだかと思った」
「奇遇だね。アタシもだよ」
「運がいい奴らだ……権造、いまのうちにあれを」
「出し惜しみする必要はない。行くぞ恵瓊」
恵瓊は左手を前に突き出し、腰を低く落とす。
「まずい! 二人とも早く立って!」
「そんなこと言われたって……!」
クリアとミラがもみ合っている間に、権造は詠唱を終えた。
「必殺」
恵瓊の手のひらから、質量保存の法則を無視して、巨大なロケットが出現する。そして、それは火を噴きながらクリアたちに迫っていった。
俺は瞬時に悟った。もうダメだ。もはやこの攻撃を避けることはできない。
死ぬ直前には時間がとてもゆっくり流れるというが、実際に体験したのは初めてだった。
ロケットが徐々にクリアたちの下へ近づいていき、そして――
「反射」
爆発せず、大きな鏡に当たって跳ね返った。
「……は?」
事態を飲み込めない様子の恵瓊に向かって、ミラはウインクした。
「へへっ。アンタの必殺、いただき」
「ちょっ、待っ――」
恵瓊の足元に着弾したロケットは大きな爆発を引き起こし、恵瓊と権造はその爆風に包まれた。それは、先ほどのグレネードとは比べ物にならない規模の爆発だった。