41センチ目「許してちょんまげ」
ボロボロになって力なく横たわる亮助と浪吉を、俺たちは見下ろした。
「これ、大丈夫なのかな……」
「いちおう、手かげんはしたよ」
「おーい、生きてるかー」
俺が近くに落ちていた巻き貝の貝殻で頬をつつくと、亮助はおもむろに起き上がった。
「どこやここは……地獄か?」
「この期に及んでボケられるなら、大丈夫そうだな」
亮助に続いて、油まみれの浪吉も起き上がる。
俺たちに囲まれていることに気がついた亮助は、即座に土下座した。
「浪吉のことは見逃してくれ! もうお前らは襲わへん! 本部にも連絡はせえへん! せやから、頼む! この通りや!」
「自分から襲いかかっておいて、やられそうになったら命乞いなんて、ずいぶん虫がいいんじゃない?」
「おっしゃる通りでございます……」
春菜に痛いところを突かれ、亮助はしゅんと背を丸めた。
俺はそのとき、いいことを思いついた。
こいつらをすぐに倒してしまうのは簡単だが、それよりもっといいやり方がある。
「そういえばお前『蔵人』のメンバーだって言ってたよな」
「はい、そうですけど」
「組織の情報を洗いざらい吐いてもらおうか」
俺が胸ぐらを軽くつかむと、亮助は血相を変えて首を振った。
「そ、それだけは堪忍してください! 他のメンバーに始末されちまいますよ!」
「いまここで俺たちに始末されるのと、『蔵人』のメンバーに始末されるの、どっちがいい?」
「ひぃっ……!」
亮助は青ざめた顔をひきつらせた。
「空くん、さっきから話に出てくるその『蔵人』ってなに?」
俺は他の四人に『蔵人』についての情報をざっと教えた。
話を聞き終えた春菜たちは、みな呆然としていた。いきなり聞かされて信じられないのも無理はない。
「それで、どうするんだ? 吐くのか、吐かないのか」
「分かりました、吐きます! てか、そんなに首絞められたらガチで吐きますって! オエッ!」
俺が首からぱっと手を離すと、亮助は嗚咽を漏らしながら地面に這いつくばった。
「はぁ……はぁ……あんさん鬼やで……」
「やられないだけマシだと思え」
ようやく息を整えることができた亮助は、ぼちぼち喋り出した。
「俺らのリーダーの名前は王城龍馬。その下には幹部が三組、下っ端が俺らを入れて六組います」
「その王城ってやつのツクモは?」
「分かりません。俺らの前では一度もツクモを出したことがないんです」
「敵だけじゃなく、身内に対しても用心深いってわけか」
だが、敵の構成や規模は大体わかった。それだけでも大きな収穫だ。
「他に知ってることは? メンバーが持ってるツクモの能力とか、神器の保管場所とか」
「分かりません……俺、まだ入ったばかりなんで、中のことはほとんど知らんのですわ……」
「嘘をついたら、浪吉がどうなるか分かってるよな?」
「ホンマですって! 信じてくださいよ、兄貴!」
この焦り方を見るに、嘘はついていないようだ。俺はガンをつけるのをやめて、立ち上がった。
「聞きたいことは大体聞き終えたよ。あとは、処遇をどうするかだな。俊彦さんとおたまさんはどうしたいですか?」
襲われたのはこの二人なのだから、彼らが決めるのが筋だろうと思ったからだ。
「俺はおたまの気持ちに任せるよ。どうする?」
おたまさんは顎に手を当てて考え込んだが、やがて口を開いた。
「見逃がしてあげましょう」
「ああ、おたま様、女神様! ありがとうございます!」
「ただしーー」
両手を合わせて拝んでくる亮助に対し、おたまさんは人差し指を立てて付け加える。
「今後、二度と私たちを襲わないこと。もしこの約束を破ったら、今度こそ本当に容赦はしませんよ」
「はい! 分かりました! 肝に銘じます!」
亮助はよろよろと立ち上がると、浪吉を油溜まりから引きずり出した。
「行こか、浪吉!」
浪吉は亮助に肩を貸しながら、こちらを振り返る。
「ほな、またな」
とぼとぼと歩いていく彼らの背中を、俺たちは見送った。
「面白い人たちだったね、クウ」
「なんか、普段よりずっと疲れたよ……」
頭上では、張られていた避人円が解けていく。クリアとゴンタには、それぞれ道具態へと戻ってもらった。
「あっ、やべ……」
「どうしたの、空くん」
「言い訳、考えるの忘れてた……」
「あっ、そっか! どうしよう!?」
こちらに駆け寄ってくる高坂先輩たちに気がついたときには、すでに手遅れだった。
「ずいぶん待ったぞ。大丈夫なのか?」
「はい、まあ……」
言いよどむ俺と春菜を見て、おたまさんは横から助け舟を出してくれた。
「この方達が、不良に絡まれている私を助けてくれたんです」
そう言うと、おたまさんは俺たちを手のひらで指し示した。確かに嘘は言っていない。
先輩たちは驚きに目を見開いた。
「ああ、そうだったのか! さすが、我がオカ研のメンバーだ!」
「やるじゃん、お前! 見直したよ!」
「いや、それほどでも」
賞賛に照れながら横目でちらりと見ると、春菜はおかしそうにくすくすと笑っていた。