37センチ目「夏が来た!」
俺たちオカ研メンバーは、静岡県某所にある旅館の一室でくつろいでいた。
窓からは、見渡す限りの大海ときれいな砂浜が一望できる。なかなかの好立地だ。
「いやー、めっちゃいいとこっすね」
「多少意見が食い違ったからといって、旅程に手は抜かんよ、ゴローちゃん」
「さすがです、姐さん」
合宿先を山にするか海にするか、メンバー同士で話し合った結果、高坂先輩を除いた全員が海を選んだため、賛成多数で海に決定したのだった。
「それにしても、クリアくんは残念だったな」
「あー、そうですね。なんかお土産でも買っていってあげようかな」
「うむ、そうしてやるといい」
クリアは体調不良により欠席ということにしてある。
宿泊費を一人分浮かせたかったのもあるが、理由はそれだけではない。
万が一ツクモに襲われたときのことを考えると、常に道具態でいる方が行動の自由が利くと思ったからだ。
俺に説得されたクリアはしばらくごねていたが、あとでご馳走を奢るからといって、なんとか我慢してもらった。
そしていまはどうしているかというと、拗ねてカバンの中で沈黙している。
可哀想なことをしたとは思うが、クリアの身の安全のためにはやむを得なかった。
「さて、夜まで時間があるがどうする?」
「やっぱ、まずは海で水浴びでしょ」
「俺は食べ歩きがしたいですね」
「私はショッピングに行きたいです」
高坂先輩は頭を抱えて、悲しげに嘆息した。
「君たちのことだから、そう来ると思ったよ。その代わり、夜にはちゃんと『活動』するんだぞ?」
「「「はーい」」」
我々の主目的はあくまで都市伝説や心霊スポットの検証であり、遊びに来たわけではない、というのが高坂先輩の主張だ。
サークルの長としてはごもっともな意見だが、それはあくまで建前の話。
俺たちはすっかり観光気分で、どのスポットから回るかを話し合うのだった。
◆◆◆
太陽がさんさんと降り注ぐ、気持ちのいい昼下がり。俺と新垣先輩は、浜辺に陣取ったレジャーシートの上に立って海を眺めていた。
先輩はサングラスをかけて仁王立ちしている。その体は程よく引き締まっており、もやしな俺とは大違いだった。
「海だ!」
「見れば分かりますよ、先輩。っていうかテンション高いですね、今日」
先輩は口角を上げて白い歯を見せると、俺を肘で小突いた。
「当たり前だろ? 男新垣、海で泳がせたら右に出る者はいないって言われてるんだぜ」
「ソースは?」
「ソースは俺」
「なんすかそれ」
先輩のハイテンションについていけず、俺は呆れ顔で苦笑した。
「おっ、女子組も着替えが終わったみたいだな」
新垣先輩につられて振り返ると、更衣室から出てくる高坂先輩と春菜の姿が見えた。
高坂先輩はクロスバンドの黒いビキニ姿だ。ボディラインが見えることによってグラマーな体型が強調され、大人の色気を醸し出している。
一方、春菜はピンクの花柄があしらわれたワンピースタイプの水着を着ている。普段の地味目な私服姿とは少し趣向が異なり、快活な印象を受けた。
そうして全員がレジャーシートに集合したところで、高坂先輩が口を開く。
「よし、思いっきり遊ぶぞ諸君」
不敵な笑みを浮かべながら、高坂先輩は高らかにそう宣言した。
「えっ、あんまり乗り気じゃなかったんじゃ……」
「大人というのは切り替えが大事なのだよ、雨宮くん!」
「わぷっ」
高坂先輩はいきなり俺の顔に水を発射した。両手で水をはらうと、先輩の手にはいつの間にか巨大な水鉄砲が装備されていた。おそらく背中に隠していたのだろう。
「でかっ!」
「そぅら、私の銃が水飛沫を上げるぞ!」
次の標的になったのは、新垣先輩だった。大口径から噴射された水流が新垣先輩のお尻へ襲いかかる。
さっき俺の顔に当てたときとは違い、今度はガチの威力だった。
「痛ってぇ! 分かった! 分かりましたから姐さん! ケツばっかり狙うのやめてください!」
「だったら避ければいいだろう! ほれ!」
その言葉とは裏腹に、高坂先輩はあたふたと逃げ回る新垣先輩を執拗につけ狙う。
「痛い! だから、その射程はずるいって! 痛いっ!」
その痛ましい光景を見た俺と春菜は、高坂先輩との距離をそろりそろりと離していく。しかし、目ざとい高坂先輩にはすぐに見つかってしまった。
「こら待て! 山内くんにまだ当てていないぞ!」
「おい、逃げろ! やられるぞ!」
「う、うん!」
俺と春菜は慌てて砂浜を走り、海の方へ向かった。
背後を振り返ると、新垣先輩が哀れにも再び撃たれていた。
こんなに騒がしく楽しい夏は久しぶりだ。俺は春菜と心の底から笑いあった。