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30センチ目「春菜の初体験」

 春菜は隣町の商店街へ買い物をしに来ていた。

 来週からオカ研のサークル旅行があるので、その準備のための買い出しに来たのだ。


 なお、隣にはゴンタがついている。

 せっかくだからゴンタにも買い物を手伝ってもらおうということで、人間態でついてきてもらったのだった。


「それで、何を買えばいいんだ?」


「まずは水着を買わなくちゃ」


「水着か。それで隣町までわざわざ?」


「そ、そうだよ……」


 なぜ隣町まで足を伸ばしたのかというと、水着を選ぶ姿をオカ研メンバーに見つかったら恥ずかしいと思ったからだ。


 特に、(くう)には見つかりたくなかった。もし見つかったら、これからの『戦い』でどんな顔をしてタッグを組めばいいのか分からなくなってしまう。それだけは避けたかった。


 そんなわけで、春菜たちは安さを売りにしていることで有名なディスカウントストアへと足を踏み入れた。

 大学近くのショッピングモールほどではないが、それでも十分な品揃えがある。


 春菜は少し狭い店内を進み、上りのエスカレーターへ乗った。

 水着は三階の衣料品売り場にあるはずだ。


 三階へ到着すると、春菜は狭い通路を縫うようにして目当ての区画へと向かう。

 その途中、化粧品売り場を通りかかった春菜は少し立ち止まった。


「そうだ。日焼け止めも買っておこうかな」


 家にあるストックがそろそろなくなる頃だったのを思い出し、春菜は売り場の棚をのぞきはじめた。


 スキンケア用品の棚を通り過ぎ、メイク道具のあたりへ差し掛かったときだった。


 春菜ははっと息を呑んだ。赤いワンピースを着た女性が、隣に立っている少年の口に商品を入れるところを見てしまったからだ。


 サスペンダーをつけた小太りの少年は、次から次へと商品を飲み込んでいく。その様子はまるで大食いのパフォーマンスを見ているかのようだった。


「ねえ、あれってもしかして……」


 春菜が小声で耳打ちすると、ゴンタは小さくうなずいた。


「あんなことができるのはツクモしかいねえ」


「よし……それじゃあ……」


 春菜は神スマホをバッグから取り出すと、震える手でアプリを起動した。


 ゴンタと二人きりで戦いを挑むことに、不安や恐れがないわけではない。

 だが、こんな私のために、空は命を懸けてイリスさんを説得してくれたのだ。


 その恩に報いるため、イリスさんの期待に応えるため、そしてなによりゴンタのため、私はもっと強くならなければならない。


 自分とゴンタの力を信じて戦えば、きっと大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせながら、春菜は〈避人円Lv.2を起動しますか?〉のメッセージの下にある〈はい〉のボタンをタップした。


 春菜の神スマホを中心にして、球状の膜が広がっていく。


 盗みを働こうとしていた女性と、その隣にいる共犯の少年は、避人円に包まれたことに気づいたようで、きょろきょろと周囲を見回している。


「そこの二人! 盗んだ商品を出しなさい!」


 春菜が躍り出ると、女性は小太りの少年の後ろに退(しりぞ)いた。


「この避人円、アンタの仕業だったのね。無駄な展開、ありがとう」


「無駄なのはそっちよ! 観念しなさい!」


「どうして観念しなくちゃいけないわけ? まだ捕まってもいないのに」


 女性は小太りの少年を連れて、ジリジリと後退(あとずさ)りしていく。


「なあ、ハルナ。こいつはまずいぞ」


「どうして?」


「こいつらに戦う気がないからだ」


「大当たり!」


 女性がそう叫ぶと、犯人たちは脱兎の如く逃げ出した。春菜たちは慌てて後を追う。


 階段に設置された盗難防止用のブザーが鳴るも、避人円の中には駆けつける店員がいない。犯人たちは誰にも咎められることなく売り場を後にした。


 さらに犯人たちをもっと有利にしたのは、避人円の範囲だった。

 春菜が避人円の範囲をLv.2にセットしてしまったことで、店の入り口の盗難防止ブザーまでがその機能を果たさなくなってしまったのだ。


 その結果、犯人の女性たちは誰からも気づかれることなく、まんまと人ごみに紛れることに成功した。


 春菜たちが入り口から出る頃には、犯人たちはすでに避人円の範囲を脱し、都会の雑踏に消えていた。


「ごめん……私の判断ミスだ」


 戦闘になることを恐れるあまり的確な判断が出来なかったことに、春菜は肩を落とした。

 ゴンタはそんな春菜を見て、その背中をそっとさすった。


「初めてオレたちだけで敵と出会ったんだ、仕方ないさ。少しずつ慣れていけばいい」


「うん……」


 (くう)だったら、もっと上手くやったのだろうか。自分の実力不足を感じ、ひたすらに落ち込む春菜だった。

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