23センチ目「チームクウVS謎のフード男」
俺たちがおとり捜査を始めて四日目のことだった。
ゴンタからのメッセージが着信し、俺はスマホの画面に食らいついた。
〈敵襲あり。これから戦う〉
「来たっ!」
「ほんと!?」
「ああ! 行くぞクリア!」
「うん!」
近くのファストフード店で待機していた俺たちは夜道を駆けた。
春菜たちは徒歩数分の場所にいる。この距離なら間に合うはずだと俺は踏んでいた。
暗い裏路地を駆け抜けて現場に到着すると、すでに戦いは始まっていた。
フードの男は服の袖から伸びた植物のツルを巧みに操って、ゴンタを打ち付けている。
「遅せぇぞクウ!」
「悪い! 加勢する! 解析!」
クリアの目が青白く輝き、敵の姿を見据える。
「敵の正体は!?」
「イワモトツヨシ、持ち主:人工観葉植物、討伐数6、だって!」
「えっ」
俺は絶句した。何かの聞き間違いだと思いたかった。
岩本強。俺たちが通う大学で教養科目を担当する老教授の名前だ。
弱々しくも優しいあの教授がまさかこんな凶行に走っているなんて、俺は思いもしなかった。
「岩本先生! なぜこんなことをするんですか! 講義のときはあんなに優しいじゃないですか!」
俺が必死の思いで呼びかけると、フードの男はぴくりとその動きを止めた。
「……優しい? 俺が? 『都合がいい』の間違いだろ?」
正体がバレて、もはや隠す必要がなくなったのだろう。岩本は左手でフードを外した。
「俺が黙ってりゃあ、調子に乗って好き勝手やりやがって! 裏で俺のことを馬鹿にしてんだろ! クソガキどもが! 舐めやがって!」
地面にツタをバンバンと叩きつけながら、岩本は怒鳴り散らした。
「だからって、罪のない人を傷つけていい理由にはならない!」
「なるんだよ! 生意気なクソガキどもには教育的指導を与えないとな!」
「なんてこと言うの、岩本先生……狂ってる……!」
「ああ。このジイさん、頭のネジが何本かぶっ飛んでやがる」
春菜たちはドン引きしながら一歩後ずさった。
俺は岩本への警戒を怠らないようにしつつ、クリアに尋ねる。
「あの人のツクモはどこだ、クリア? そばにいるはずだ」
「それがね、いないの。イワモトツヨシしかいないよ」
「そんなバカな!」
生身の人間があんな異能を発揮できるわけがない。ツクモのスキルだということは分かりきっている。
それなのに、ツクモの本体がいないというのは、一体どういうことなのだろうか。
しかし、のんびりと考えている余裕はない。岩本はツタ攻撃を再開した。ゴンタは手の甲にはめた鋼鉄のガントレットでそれを受け止めていく。
「解析終了! クリア、ゴンタをサポートしてくれ!」
「分かった!」
クリアはゴンタの隣に並ぶと、ツタを捌きながら少しずつ前進していく。
岩本は劣勢気味とみたようで、苛立たしげにスキルを唱えた。
「刀化!」
その瞬間、ツタに生えた葉っぱたちが一斉にピンと立った。おそらくあれが、ミッくんを無惨にも引き裂いたスキルだろう。
「葉っぱに気をつけろ! 切り裂かれるぞ!」
「うん!」
「ああ、分かってる!」
クリアは危険な攻撃を避けることに専念している。一方、ゴンタは鉄拳でツタを注意深く弾き返す。かすり傷を負ってはいるが、十分に対応できているようだった。
これなら勝ち目はある。そう思った俺だったが、そんなに上手くは行かなかった。
アスファルトの割れ目をぶち破って、ゴンタの背後からもう一本のツタが襲い掛かったのだ。
「なっ……!?」
鋭利な葉の刃が、ゴンタのわき腹を切り裂き、鮮血が飛び散った。ゴンタは苦悶の表情を浮かべた。
しかし、ゴンタはタダで転ぶような少女ではなかった。
伸びてきたツタを両腕でスパゲッティのように絡めとると、右足を使って地面に抑え込む。ツタ越しに腕を引っ張られた岩本は、たまらず体勢を崩した。
「クリア、いまだ!」
クリアは岩本に駆け寄ると、拳で殴りかかった。岩本は空いている左手でそれに応戦する。
しかし、至近距離でのやり取りに関してはクリアの方が一枚上手だった。顔面を強く殴りつけられた岩本は、後方に倒れ込んだ。
「くっ……!」
「観念しろ、岩本! もう逃げられないぞ!」
岩本は尻餅をついたまま、悔しそうに俺たちをにらむ。
クリアがもう一歩彼に近づこうとした、そのときだった。
「う、ああっ……!」
突如じたばたと暴れ出した岩本を警戒して、クリアは飛び退いた。
攻撃のために伸ばしていたツタが、しゅるしゅると引っ込んでいく。
俺たちはその豹変ぶりにひどく困惑した。
「来たっ……ついに来たっ……来た来た来たぁっ……!」
岩本は胸をかきむしりながら、恍惚の表情で叫んだ。その全身が波打つように脈動し、急激に干からびていく。
やがて、ミイラのようになった彼の腹の皮を突き破って、何かが姿を現した。