19センチ目「頑張れ高校球児」
近くのファストフード店に来た俺たちは、二階のテーブル席に腰掛けていた。壁際のソファに野球青年二人が、残りの椅子に俺たちが座っている。
「なあ、ナターシャ。その翼、無くせないのか? 邪魔だろ、それ」
「なっ、まさかこの翼を切れと!?」
「違う違う。イリスがやってたんだよ。なんかそういう方法があるんだろ?」
ナターシャは腕を組み、胸を張りながらふっふっふと笑った。
「そんな高度な術、私が使えるとでも思っていたんですか?」
「威張ることじゃないだろ……」
ダメダメ天使は置いておいて、いまは高校球児との交流が最優先だ。
藤原雄治と名乗った真面目な彼は、野球グローブのツクモであるミッくんの持ち主だ。
ミッくんの人間態が雄治と瓜二つなこともあって、まるで兄弟のように見える。
「すいません、せっかく誘ってもらったのに、全然頼まなくて」
雄治は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいよ、気にしなくて。試合前なんだろ?」
「はい」
食事の栄養が偏るといけないということで、彼らはオレンジジュースとハンバーガーを一個頼んだだけだった。
他目をはばからずドカ食いしているクリアとナターシャも、その謙虚さを少しは見習ってほしいものだ。
「俺たち、もうすぐ県大会のトーナメントがあるんです。俺のチームはそこに全部懸けてるんです」
「こいつ三年生だから、もうこの夏が最後なんです」
夏の甲子園を最後に、高校三年の球児たちはそれぞれ違った道へと進んでいくことになる。試合がたとえどんな結果であっても、だ。
「そんな大事なときに『戦い』にも巻き込まれて、大変だろ?」
「いえ、逆です。ミッくんがいてくれるから、練習が辛くても毎日頑張れるんです」
「そうか。お互い支え合ってるんだな」
「「はい!」」
「いい話ですねぇ……私、そういうのに弱いんですよ」
ナターシャは紙ナプキンでおよよと涙をぬぐった。クリアは道具とその持ち主が良好な関係にあることが嬉しいのか、笑顔で何度もうなずいている。
「あっ、そうだ。せっかくなので俺の試合、見に来てください。この日なんですけど」
雄治はスマホを開くと、試合日程のページを見せてくれた。その日はもう夏休みに入っているから、大丈夫そうだ。
「ああ、もちろん行かせてもらうよ。クリアと一緒に観客席から応援してるよ」
「私は!? 私も行きますよ!?」
「お前は空飛べばタダで見れるだろ?」
「あっ、そうでした。てへぺろ」
ナターシャは自分の頭をごちんと叩いた。
言葉は今風なのに、動作が古典的すぎてちぐはぐに見える。その若い見た目に反して、彼女はいま何歳なのか気になるところだった。
「それからもう一つ、雨宮さんにお願いがあるんです」
「俺に手伝えることなら、なんでも言ってくれ」
「それが……えっと……」
ミッくんに肘で突かれ、雄治はなんとか言葉を繋いだ。
「試合が全部終わったら、俺たちと勝負してください」
「えっ」
俺は一瞬耳を疑った。まさか向こうから勝負を仕掛けてくるとは思わなかったからだ。
「それって、持ち主として言ってるんだよな?」
雄治はこくりとうなずく。
「俺たち、雨宮さんとクリアちゃんが相手なら、勝っても負けても納得が行くと思うんです。それで、さっき二人で話し合って決めました」
ミッくんは雄治と顔を見合わせながら言った。
おそらく、移動中にテレパシーでやり取りしていたのだろう。やけに神妙な顔つきをしていたのは、そのせいだったのかもしれない。
「野球選手としても、持ち主としても、戦いにはきちんとケジメをつけたいんです。だから初戦の相手、どうかお願いします」
それはなんとも高校球児らしい、スポーツマンシップにあふれた申し出だった。
「どうする、クウ……?」
クリアは困惑した様子で俺の顔色を伺った。いままで仲良くしていたと思ったら、いきなり勝負を申し込まれたのだから、戸惑うのも無理もないだろう。
しかし、俺たちは本来、道具の頂点を取り合うライバル同士だ。
その上、持ち主とツクモの両方から真摯に頼み込まれたら、断るわけにはいかないだろう。
「分かった。その勝負、受けて立つよ」
「「ありがとうございます!」」
雄治たちは再度頭を下げた。
「俺たち、絶対に負けませんから!」
がばっと頭を上げた雄治はそう宣言すると、まだ食べていなかったハンバーガーにむしゃぶりついた。それを見たミッくんも、同様にハンバーガーに食らいつく。
「お、言ったな? 俺たちだって簡単には負けないぞ」
「うん。わたしたち、てっぺんとるんだからね」
俺たちも負けじとハンバーガーに食らいつく。クリアに至ってはもう三個目だ。
「いや、フードファイトちゃうで!……私も食べよっと」
ツッコミで駄々滑りした後、ナターシャはいそいそとフライドポテトを口に運ぶのだった。




