表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夜の昔ばなし

足柄のお山の金太郎

作者: ノイテ

『金太郎』



 雪の降る美作(みまさか)の国でのこと、

「坂田さま、坂田さま。

 外は、お寒うございますよ。

 庵の中に入って、温めまって下さいな。

 火鉢に炭を足しときましたよ」

 振り返れば、そこには、この庵を管理している住職の娘の姿があった。

 

「すまんな、庭に白兎がおったから、この辺りの話でも聞こうとしたんじゃが…」

「坂田さま。

 兎は、何も話しませんよ。

 射られた時に、キーッと鳴くだけですよ」

「まあ、そうじゃな…。

 今も、もう何を言っとるかも、わからんかった。

 足柄のお山では、何でも話せてたもんじゃが…」

 大雪のため、美作の国で往生していた坂田公時(さかたのきんとき)は、この頃、頻繁に昔の事を、思い出していた。



 …



「思えば遠くへ来たもんじゃな。

 お山を出てから45年、この先どこまでゆくのやら。

 まあ、先ずは九州は筑紫(つくし)くんだりまで、賊の征伐じゃ。

 朝廷の偉い様がたも、この爺をよう働かすもんじゃ」


「坂田さま、坂田さま。

 庵の中は、お寒うございませんか?」

「なに、都の底冷えよりマシなもんよ、

 あれは、ほんとに心底堪えるぞ。

 それに、儂が育った足柄のお山でも雪は降ったもんじゃ、

 お山の家来たちと、よく裸足で雪合戦をしたもんじゃよ。

 …懐かしいの。

 足柄のお山から、煙を噴いてる富士のお山が良ー見えてよー、

 本当に綺麗じゃったー。

 裾野に広がる森でも遊んだもんじゃが、

 富士のお山の天辺から回りを見渡すと、天下全てを見渡したようでなー、

 何度も何度も登ったもんじゃ」


「坂田さまは、やんちゃ坊主さまだったのですね。

 坂田さま、足柄のお山は、どんなお山ですの?」

「あー、場所は、都を隔てて東の方で、ここと同じぐらいの距離かの。

 そこは旅のものには険しい難所での、

 高い山が前にそびえ立ち 深い谷が後方を支え、雲が山をかすめて流れ 霧が谷に立ち込める。

 山の切り立った険しい絶壁ばかりで、崖に張り付くように作られた木の道と、

 昼でもなお暗い杉並木の、苔むして滑りやすく曲がりくねった小道を進む。

 と、謡われとるそうじゃ。

 まあ、儂にとっては楽しい遊び場じゃったがの。

 熊に跨って、雲海にけぶる万丈(ばんじょう)の山を駆け、千仞(せんじん)の谷を駆け降り、

 切り立った峠で、(ツワモノ)どもとの相撲を万回繰り返し、

 旅のものが往生しておれば、マサカリ担いで橋を架けたり、道を作ったりじゃったのー」


「坂田さまは、ほんとに、やんちゃ坊主さまだったのですね」

「まあ、ここほど雪は降らんが同じように美しいところじゃよ」

「坂田さま、坂田さま。

 ここ美作の国でも、こんな大雪めったに降りませんよ」

「それは良かったことか、悪かったことか。

 ああ、また、足柄のお山から、富士のお山を見たいものじゃのー」


「坂田さまが、そんなに元気なら、また見れますよ。

 故郷は、いいものですものね」

「良い事を言う娘さんじゃのー。

 どうじゃ?

 儂の孫の嫁に来んか?

 息子の金平(きんぴら)の子が、いい年なんじゃがな」

「金平さまは、都の人ですか?」

「そうじゃな」

「私は、ここ美作で生きて、美作で死ぬ人間ですので」

「ああ、悪い事を言ったようじゃな娘さん。

 爺の戯言にしてくれると助かるのじゃが…」

「はい、坂田さま」


「この娘さんは、孫には勿体無さすぎたようじゃの。

 …

 そうじゃな、あのお山で、生きて死ぬことも、儂は出来たんじゃな。

 …

 もう、母と会わぬと、誓って出たお山じゃ。

 立派なお侍になると、別れを告げた家来たちじゃ。

 あの12歳の選択を、間違いとは思わぬが…。

 … 

 思い出すたびに、お山は遠く、美しくなって行くのー」



 …



「坂田さま、坂田さま。

 もう、お休みですか?

 …

 あら、

 坂田さま、やんちゃで無邪気な寝顔なされて…。

 夢の中で、足柄のお山に里帰りですか?

 …

 お休みなさいませ。

 坂田さま」




 坂田公時(さかたのきんとき)、幼名:金太郎。

 寛弘(かんこう)7年12月、美作の国・勝間田(かつまだ)荘(現在の岡山県勝央町)で病に没す。

 享年57歳。


 千年ほど、昔の話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ