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マークス姉弟物語

  迷宮迷子のリトルちゃん2




8、脱出


 天井からまた、瓦礫が落っこちてきた。だんだん落ちてくるペースが早くなっているようだ。シュウナがトルーデに言った。

 「トルーデ、結界は解けたんだからここからすぐに脱出しよう。」

するとトルーデは答える。

 「目の前のお宝は惜しいけど命には替えられない。ヤレヤレ・・・。」

そして、リトルちゃん達に言った。

 「はーい。みんな聞いて。一人一つだけ持ち運びしやすいものを十数える間に選んでね。」

ピーという返事と共にリトルちゃんは作業にとりかかる。全部で七人。宝が七個になる。トルーデの事だからこの地下迷宮から脱出した後で上手い事言って全部巻き上げる気だ。と、シュウナは思ったが好きにさせておいた。それより脱出の方法を考えないと。まず、ポコペンに聞いてみる。

 「ポコペンさん、僕たちはあの扉から入って来たけど他に出入り口は無いですか?」

すると、ポコペンは腰をフリフリ答えた。

 「無いよ。ワシだってお前たちと同じドアから入って来たんじゃから。」

シュウナは次におひさま君の方を見た。おひさま君は相変わらず無表情だが顏を左右に振って意思表示した。つまり出入り口はさっき入ってきたドアしか無いらしい。シュウナはドアに近寄るとそっと開けてみた。ドアは普通に開くようだ。隙間から外の様子を見てみると・・・。

 「うわ、やっぱり居るよ・・・。」

とつぶやき慌ててドアを閉めた。シュウナが見たものはエビルワームがこちらを向いて待っている姿だった。ドアから出てきた順に食べてやろうという事だろう。

 宝物の内の何かをザックにしまいながらトルーデが近寄って来た。

 「シュウナ、エビルワームはやっぱり待ち構えているの?」

姉の問いにシュウナは頷くとニンジャ怪盗ポコペンに再び尋ねた。

 「ポコペンさん、何かいい方法はありませんか?」

ポコペンは顎に手を当てて真面目くさって答えた。

 「ふむ、誰か一人犠牲にしてその間に逃げるという手もあるがなにせエビルワームの体が通路一杯じゃろ?みんな仲良く喰われて終わりじゃな・・・。」

 「犠牲になるのはアンタでいいのね?」

トルーデが怖い顔でポコペンを睨んでいる。冗談じゃよとかいいながらニンジャ怪盗は後ずさりしていた。その時、例のあの声がした。

 (みんな、ワタシとトルーデちゃんに任せて。)

カワイイ☆ブレードが精神に直接語りかける声だ。

 「いや、何とかするって言っても・・・」

トルーデが戸惑っていると

 (大丈夫、気持ちを楽にして。ワタシの思った通りに動いて私を鞘から抜いてくれたらいいから。)

どちらにせよこのままだと全滅だ。トルーデは意を決して扉の前に立つ。目を閉じて深呼吸した。気持ちを無にするように努めた。するとトルーデの心に直接指示が入って来た。知らずに体が勝手に動いていく。

両手を腰に当ててお尻をフリフリしながら踊り出した。踊りながら歌い出す。


チュッチュッチュ~、クチビルチュッチュッチュ~


しばらく、腰をフリフリ笑顔で歌って踊っているとトルーデの頭からぴょこんと猫耳が現れた。そして、腰のカワイイ☆ブレードの柄に手をかけて、ここでセリフ。

「かわいいかわいいトルーデちゃんが、決めちゃうわよ♡」

瞳の横でピースサインしてニッコリ笑顔。くるりとターンして鞘からカワイイ☆ブレードを抜き放った。


「カワイイ、スラッシュ!」

 

優雅に舞うように剣を×の字に二回振った。

すると・・・。

 まず、目の前のドアが轟音と共に壁ごと×の字に破壊された。

そして、最後にトルーデが剣を鞘に納めて両手でにゃんこポーズ。

 「うふ、決まったにゃん♡」


と、ここでトルーデは我に返った。猫耳はいつの間にか消えている。顔を真っ赤にしてシュウナの胸ぐらを掴んで怒りを弟にぶちまけた。

 「何よコレ!こんなの二度とやらないからな!」

八つ当たりされた弟は苦しそうに抗議の声をあげている。

 「そんな事を僕に言われたって・・・。」

その横で

「お姉ちゃん・・・カワ・・イイ」

「カワ・・・・イ・・・イ・・・」

「カワ・・・」

グリーンちゃんをはじめリトルリル達は口々にトルーデをほめている。お酒が抜けて元気になった音符のついたリトルちゃんは

「チュッチュッチュlクチビルチュッチュッチュl」

と覚えたての歌と踊りを披露していた。その横でポコペンとおひさま君も一緒に踊っている。

(完璧よ、トルーデちゃん。超かわいかった♡。)

カワイイ☆ブレードは満足したようだ。自分を操った剣の声を無視してトルーデはまず、ポコペンとおひさま君をぶっ飛ばした。その後また、シュウナの胸ぐらを掴んでドスの効いた声で静かに言った。

 「シュウナ、戻ったら村の祓い屋のばあさんのところに行くわよ。この剣の呪いを絶対解いてやる。いいわね。」

(そんな事言わないで。私たち、もうお友達でしょ♡)

悲しそうな魔剣の声に何か文句を言おうとしたその時、さらに大きな地響きがした。

 「イカン、今のカワイイなんとかで天井の崩れが早くなったぞ。」

ポコペンが全員に注意を促す。シュウナが全員に言った。

 「時間をかけ過ぎた。急いで!逃げるよ!」

トルーデがリトルちゃん達に声をかける。

 「みんな逃げるわよ。グリーンちゃん、みんなを連れてきて。」

グリーンちゃんは、ビシッと敬礼すると自分たちの言葉でリトルちゃんをまとめ始めた。

 「ところで、エビルワームは?」

トルーデの質問に答えたのはポコペンだった。

 「ふむ、さっきの大技でやられたようじゃな。見てみろ。」

扉と壁が破壊されて土煙の先に見えたものは・・・。

以前、巨大な化け物だったはずの肉の塊りが地下通路に散乱していた。生臭いにおいが充満している。

 「トルーデ、みんな、急ごう。」

シュウナが言うと肉が散らばる通路をぐちゃぐちゃと足音をたてて進み始めた。正直気持ち悪かったがトルーデがそれに続く。シュウナとトルーデにそれぞれリトルリル達がしがみついた。さすがにエビルワームの血だらけの残骸を歩きたく無いらしい。おひさま君はそもそも空中を浮いているので問題は無い。ポコペンは・・・。

 「うわっ肉で地面がぐちゃぐちゃじゃなぁ。仕方ないのぅ。とるーでちゅあーん♡」

リトルリル達のように飛び上がってトルーデに向かって抱き着こうとしたが・・・。

「らー♪」

トルーデの右肩に乗っていた音符のリトルちゃんが歌い出した。すると声が固形化して空中のエロニンジャ怪盗にぶつかった。ポコペンはぐしゃりと地面に音をたてて落ちた。

 「へぇ、あんた面白い事出来るのね・・・。」

トルーデは感心した。この音符が服に浮かび上がった子はただ歌うのが上手なだけでなく音を固形化できるようだ。

 「キミはラララ~て歌うからララちゃんね。」

トルーデに名前をもらってララちゃんは照れ笑いしながら頭の後ろをかきかきしている。

 (カワイイ名前もらって良かったわね。ララちゃん♡)

カワイイ☆ブレードはララちゃんが気に入ったようだ。トルーデは魔剣の言葉をあえて無視したが無視できない状況になることをまだ知らない。それは後の事として・・・。

 リトルちゃんをくっつけながらトルーデとシュウナは進んでいく。途中肉塊の中からさっき犠牲になったガークの死骸を見つけた。場合によっては自分たちが死骸になっていたかもしれないと思うと二人はいい気分ではない。その後ろからポコペンが続くがさすがニンジャ怪盗、どのように歩いているのかぐちゃぐちゃとはいわない。一行はどうにかエビルワームの残骸を通り抜けた。

 「トルーデ、僕たちが通って来たルートは正直あまりお勧めじゃないんだ。」

シュウナは言った。脱出するには自分たちのもと来たルートを戻るか新しいルートを見つけるかしかない。シュウナが通ってきたルートは雷獣に道を塞がれているし、精神的にダメージを受けたとはいえザッハトルテというイカれたおっさんがいる。シュウナはトルーデのルートはどうか尋ねた。トルーデは走りながらボンゴレスの事を思いだした。シュウナにドワーフ機関士の事を詳しく話す時間は無いが答えた。

「そうね。アタシに着いてきて。一人待たせている人がいるから。」

随分走った。道はさっきの地下バイパスに戻っている。ポコペンがトルーデの横に来て話に割って入ってきた。

「ワシのルートも聞いてくれんか?」

トルーデは断りかけたがシュウナが興味を示した。

「ポコペンさん、何か抜け道を知っているのですか?」

ポコペンは嬉しそうに答える。

「うむ、結局近道ではなく、この地下バイパスをまっすぐ行くのが一番いい。」

ポコペンの提案はトルーデに却下された。

「ああ、それダメだわ。私たちがこの迷宮に入ってすぐに大岩で閉じちゃったから。」

「なんじゃと!何てことしてくれたんじゃ!」

ポコペンは怒っているがどうしようもない。シュウナはこの冒険の最初に不用意にワナを作動させて死ぬ目に遭ったことを思いだし、ため息をついた。その時、ニンジャちゃんがぴーぴー騒ぎ出した。すぐにグリーンちゃんが通訳した。

「向こう・・・に、人・・・がいる・・・って。」

ポコペンはさらに付け足した。

「ふむ、魔物では無さそうじゃな。二人いるようじゃが?」

危険は無いと判断して一行は進んだ。


三人とリトルちゃん達が地下バイパスを進むとさっきトルーデ達が地下バイパスに侵入したあたりに二人のドワーフが立っていた。

「ボンゴレス。」

トルーデは手を振りながら走って近寄った。

「おうトルーデ、生きとったか。」

ボンゴレスはふさふさのヒゲの間から笑った形の口をニッと出して笑顔で答える。

トルーデは簡単にシュウナをはじめ半裸の怪盗ニンジャとふわふわ浮かぶ生物、あとリトルちゃん達を紹介した。ひととおり紹介を聞き終えるとボンゴレスがこれから先の事を説明した。

「さっきまで、ワシがいた駅舎に岩盤が落下してきた。何が起きたか知らんがここが安全ではない事だけはわかる。丁度、弟が外から戻ってきたのでそのまま列車で脱出するところじゃ。」

ここで、シュウナがさっきから気になっていたことをドワーフに聞いた。

「でも、ボンゴレスさん。列車なんてどこに?」

この質問にボンゴレスは

「お若いの、大丈夫じゃ。さっきアンタの姉さんと乗ってきた列車はこっちにある。ついてきなされ。」

と、言うと先に立って歩き出した。さっきトルーデ達が地下バイパスへ出て来るのに使った木の扉を開けると中に入っていく。トルーデが、次にシュウナが着いていった。トルーデ達が休憩に使った駅舎は確かに落盤で屋根が大きく陥没していた。が、二両連なった列車と列車の為の木製のプラットホームは何とか無事だった。

 「さあ、お前たち時間が無いぞい。乗った、乗った。」

ふと、トルーデは運転席に見知らぬドワーフの人影があるのに気がついた。ボンゴレスと風貌が似ている。

「ああ、そうじゃった。紹介を忘れておったの。弟のバジリコじゃ。」

兄に紹介されたバジリコは無言で頷いた。そして、何かブツブツ言いながら列車の動力を作動させた。

「それ、時間が無いぞい。すぐ出発じゃ。生き埋めはごめんじゃからな。」

とボンゴレスが言うとみんな慌てて列車の後方に飛び乗った。

「全員乗ったか?行くぞ。」

バジリコが出発の声を上げた。列車は少しずつスピードを上げてやがて軽快に走り出した。

列車は走っていく途中瓦礫が落下してくる。すいちゃんがシャボン玉のシールドを張って全員を守った。これならば、どうやら無事脱出できそうだ・・・。とシュウナがホッと胸をなでおろした。

とその時、遠く後ろから爆発音が響いた。そのすぐ後に強い追い風がきてすいちゃんのシャボン玉シールドを大きく揺さぶった。

「なんじゃ?奥でひどい落盤でも起ったか?」

ボンゴレスが叫ぶように言う。単なる落盤だろうか?シュウナには、そんな音に聞こえなかった。その時、シュウナの足が突かれた。下を見ると黒いリトルちゃんのくーちゃんがシュウナに何事かを知らせようとブーツのくるぶし辺りを突いている。シュウナはくーちゃんを拾い上げてグリーンちゃんを呼んだ。くーちゃんがシュウナの手の上で何かぼそぼそ言っている。珍しく怯えているようだ。シュウナはグリーンちゃんを見た。すぐ横にトルーデも近づいてきた。グリーンちゃんが通訳する。

「こころ・・・真っ黒な・・・おじさん。追いか・・・けて・・・くる・・・。こわいって・・・。」

とグリーンちゃん。トルーデは不思議そうにシュウナを見ながら言う。

 「誰かな?あんたの方で何かあった?」

と、姉に言われて心当たりがあるシュウナはうんざりした。あのインチキキャプテンだろうか?シュウナの予想と同時に遠く後ろから叫び声がした。

「若造!逃がさんぞ!」

線路の上を物凄いスピードで走るというより低空を飛びながらやって追いかけて来る。頭の真ん中にチリチリの髪の毛をなびかせている。ボロボロだが三つ揃えのラメのスーツを身にまとったその姿。間違いない。アイデンティティが崩壊したイカれオヤジ。

キャプテン・ザッハトルテだ。 ザッハトルテの姿を見て同じく後方を見ていたボンゴレスが指さしながら言った。

「あいつじゃ、あいつが魔道学者じゃ!」

ドワーフの車掌の言葉が終わらぬ内にリトルちゃん達が攻撃した。

ベニちゃんのファイエルアタック!

きいちゃんの電撃!

くーちゃんのダークウェイブ!

それぞれ、ひどい目に遭っているためか?本能で攻撃した。しかし、どの攻撃も効かない。

「だめだ、属性がある魔法は効かないみたいだ。」

シュウナは分析した。だとしたらシュウナの魔石も効かないだろう。

ザッハトルテの声が響いた。

「貴様ら。俺のアイデンティティを奪っただけでなく、研究成果と大事なアレクシアまで奪って行く気か!許さんぞ!」

トルーデが腕組みして右足を列車のふちにのっけてつぶやく。

「何、あのオヤジ。アイデンティティだのアレクシアだの。」

すると、カワイイ☆ブレードが怯えた声で言った。

(いやっ、来ないで。ワタシを自由にして・・・)

「ん?もしかしてアレクシアってアンタの事?」

トルーデが自分の腰間のデコデコな剣に向かって言った。すると、ザッハトルテがまた叫ぶ。

「その通りだ!その剣こそ俺の愛するアレクシア、我が妻だ。」

叫びながらさらに距離を縮めてきた。

(結婚した覚えなんかないもん!閉じ込められただけだもん!)

すかさず反論するカワイイ☆ブレード。

何か複雑な事情があるのだろうが巻き込まれていい迷惑だとシュウナもトルーデも思った。トルーデが言う。

「返してあげたいんだけど腰から離れないのよね、コイツ。」

そして、無理矢理自分の腰にあるカワイイ☆ブレードを引っ張ている。

(イヤー!トルーデちゃんやめてぇ~)

シュウナはシュウナで別の思いを口にした。

「まずいな、このままじゃ追いつかれる・・・。」

シュウナの声を聞いてカワイイ☆ブレードが叫んだ。

(大丈夫!私とトルーデちゃんで何とかしてあげるからっ。)

その声を聞いてすかさずトルーデが猛烈に拒否した。

「また、妙な事やらせる気だなっ!アタシは絶対にやらないからな!」

だが、そんなことはお構いなしにカワイイ☆ブレードはララちゃんに一曲リクエストした。

(ララちゃん、さっきのお歌を歌って♡)

ララちゃん、張り切って歌います。


チュッチュッチュlクチビルチュッチュッチュl

チュッチュッチュlクチビルチュッチュッチュl


ララちゃんの歌声でトルーデの体が勝手に踊り出す。

「いやー、やめてー!」

嫌がっていたのも束の間、トルーデは腰に手を当ててお尻フリフリ踊り出した。頭に猫耳がぴょこんと飛び出す。さらにお尻にふさふさのしっぽが生えた。剣の柄をつかみ

「今度はさっきよりすごいのいくわよ♡カワイイ☆ハレーション!」


カワイイ☆ブレードが抜き放たれた。

飛び出す七色の光が鬼気迫る形相の魔導士に襲いかかる。

まともに喰らって魔導士は断末魔の叫びをあげた。

低空で飛ぶように迫っていた体が撃墜されたように地に落ちる。

トロッコ列車からどんどん遠ざかっていく。

「この俺が、こんなところで・・・。あきらめんぞ・・・・。アレク・・・シア・・・。」

トロッコ列車を睨みながらやがてガクリと頭を垂れてそのまま動かなくなった。


トルーデはまたもやにゃんこポーズで決めていた。

そして、意識を取り戻すと顔を真っ赤にして泣きながらシュウナの胸ぐらをつかんでいた。

「二度とやらないって言ったよね?言ったよね?」

「だから、僕に言われても・・・。」

シュウナは胸ぐらを掴まれるままになっている。なんともどうしようもないのだ。

「トルーデちゃん、かわいかったぞ。」

お尻をなでながらポコペンが言う。

そして、フルショット!リトルちゃんに袋叩き。

ボンゴレスが

「お前たち、暴れるな。車体が安定せぬ。」

と、まともに注意した。

「兄貴よ、線路の様子がおかしいわい。」

運転士の役目を確実に果たしながらバジリコが冷静に言う。いじけて体育座りをしながら泣いているトルーデはリトルちゃん達にまかせてシュウナは列車の運転席の方へ駆け寄った。線路の先を見るが特に変わった様子はないと思うが。車掌席から運転席にきたボンゴレスが進行方向の線路を見る。そして言った。

「いかんな・・・。線路が途中で破損しておるぞい。」

「やはりか・・・。どうする?兄貴。」

バジリコも言う。シュウナには何が何だかわからないがこの列車の旅が安全ではない事は分かった。

「おい、ドワーフ兄弟よ。このまま進んで大丈夫なのか?」

と袋叩きから何とか立ち直ったポコペンがドワーフたちに声をかけた。

「何じゃ小僧、えらそうに。」

ボンゴレスが気分を害したように答える。ケンカになりそうなところをシュウナが止めに入った。

「ボンゴレスさん、すみません。今詳しく説明しているヒマはありませんがこの子は見かけは五、六歳ですが実は百歳越えてまして・・・。」

バジリコの方が答える。

「心配するな、小僧。あと十分くらいは先に行けるわい。途中下車するしか無いがな。」

そうか、とポコペンがつぶやいたその時、突然地震が来た。トロッコ列車の車体が縦に揺れる。シュウナ、ポコペン、ドワーフの兄弟、体育座りのトルーデまでが飛び跳ねるように宙に舞った。シュウナはすぐに車体のへりにしがみつくと行く先の線路を見た。線路が波打っているように揺れている。さすがにいじけてばかりいられなくなったのか、トルーデが立ち上がりシュウナに近づいた。

「ちょっと、今度は何よ?」

シュウナは

「地震・・・ではないよね。」

と曖昧な答えをした。すると心に直接語りかける例の声がした。

(あの人よ。魔導士ザッハトルテが追いかけて来る。)

カワイイ☆ブレードが怯えた声で言った。

それを聞いてトルーデが大声を上げた。

「冗談でしょ?あんな恥ずかしい事させておいて、あのイカれたオヤジに効果が無いってこと!」

と、またここで揺れる。

「まずい、このままだと脱線するわい。」

バジリコが随分不吉な事を言った。

何度も振動が来た。

そして・・・。

線路が砕けた。

脱線と言うよりは急に線路が無くなったという状況だろうか?

さらに線路が砕けた場所が悪い。グリーンちゃんが仲間の入ったカゴを落としたあの場所だった。線路が無くなり車体が一瞬宙を浮いた。その後、当然の事だが下へ落っこちていく。

さすがにドワーフの兄弟もポコペンも絶叫した。マークス姉弟達はこの状況でもまだ助かる事を諦めなかった。トルーデはグリーンちゃんを引き寄せて

「グリーンちゃん、落ちて地面にぶつかる直前に魔法お願い。」

と、指示を出している。指示を受けたグリーンちゃんはすいちゃんに何事かを話していた。シュウナはまず自分の持ってる魔石の中から

 「浮遊」と「怪力」

を発動させて落下する車体の下に回った。魔法が続く限り支えるつもりだがそれでも落下は止められずゆっくり落下していく。やがて地面が近づいてきた。

「シュウナ、もういいから逃げて!」

トルーデは弟に声をかける。シュウナは魔法が切れる直前に車体から離れた。

そこで、グリーンちゃんが風を起こして車体の落下を遅らせる。その後すぐにすいちゃんがシャボン玉を出した。クッションになり上手く受けとめた。リトルちゃんの連携プレー成功。全員何とか無事に着地できた。

 「フー、何とか助かったぞい。」

ボンゴレスがため息交じりに安堵の声を上げた。

その時、またもや轟音!

(みんな、逃げて。まだ追って来てるわ。)

カワイイ☆ブレードが警告を発している。

「みんな、こっちだ。行こう!」

シュウナがみんなに声をかけて走り出す。肩にきいちゃんが乗って来た。他のリトルちゃん達もそれぞれシュウナとトルーデに掴まる。シュウナが行こうとしている道はきいちゃんとシュウナが二人で通ってきた道だ。シュウナは自分の考えをまた思い出した。


この道は洞窟の持ち主が安全に通る為の道なのでは・・・


だが、今は自分の分かる道を進むしかない。肩できいちゃんが何かを必死にシュウナに伝えようとしている。恐らく雷獣のために途中道が塞がれているかもしれない事を言っているのか?

「分かっている。途中塞がっているのは。でも、もしかしたら何とか出来るかも・・・。」

そう言ってシュウナはきいちゃんをなでてあげた。

しばらくみんな、走り続けた。

途中何度も転びかける。

壁に着いた光るコケが途切れて暗闇になった。

が、今回はおひさま君が付いてきているので視界には困らない。しかし、それは魔物などからもこちらがすぐに認識できるということだ。

左前から物音がする。

羽をばたつかせる音だ。

「何か来る!」

トルーデがそちらを向いて腰間の剣を抜こうとした。

が、抜けない。

「ちょっと、何で抜けないのよ!」

トルーデの抗議の声に魔剣が答えた。

(あら、だめよ。ちゃんと儀式をしてくれなくちゃ♡)

つまり、カワイイ☆ブレードはさっきの歌と踊りをしないと抜けないということか?

「冗談じゃないわよ!もういい!」

トルーデは背中に背負ったもともと自分で持っていた愛刀を背中から抜いて構えると、リトルちゃんのうち

 「火と風と電気。アタシの体にしがみついて!剣を抜いたら剣に自分たちの魔法を乗せて!」

とそれぞれの属性のリトルちゃんに言った。三人のちびっこがトルーデにしがみつく。

 (えー、ワタシを使ってくれないの?どうして?)

というカワイイブレードの声に

 「黙れっ、ぶりっ子ソードめ!」

と一喝して黙らせる。

 魔物の群れが近づいてきた。

 相手はどうやら翼を持つ小鬼、グレムリン達だ。迷宮の異変に気付いて逃げまどっている内にトルーデ達に遭遇したらしい。そのまま襲いかかってくる。

 トルーデの剣が一閃した。

 電撃、火、風が暴れ狂う。

 あるいは翼が燃え、あるいは手足を切断されて、あるいは胴と首が離れて、小鬼たちは地面に落ちていく。しかし、グレムリンの群れ全てを倒せたわけではない。撃ち漏らした何匹かは他のメンバーが戦っている。

 シュウナのムチがグレムリンに向かって走る。

 ドワーフはそれぞれ大きなねじ回しのスパナやハンマーで戦っている。

 ポコペンは素手で難なく敵をやっつけていた。さすがニンジャ怪盗と言うだけあって戦闘能力はかなり高いようだ。

 どうやらグレムリンが片付いたところでトルーデは言った。

 「全員無事?」

みな、それぞれに答える。と、ボンゴレスが言った。

 「今、グレムリン達がやって来た方が近道じゃぞい。こっちに行かんか?」

 兄の提案にバジリコが言う。

 「うむ、確かそうじゃったな。みんな、わしらについて来い。」

これにシュウナがついて行きながら訊いた。

 「こちらの道は安全なのですか?」

バジリコが答えた。

 「まあ、さっきのような小物どもは出て来るじゃろうが通路が狭い分しっかりしておる。瓦礫を避けながら進む必要はないはずじゃ。」

 みんなドワーフ兄弟について行った。

 (ワタシを使えばもっと早くすんだのにぃ)

カワイイ☆ブレードは心に直接話す声で不満を言った。

トルーデは舌打ちしながら黙々と走った。


トルーデやシュウナの一行が走り去った数分後、人影が忽然と現れた。

ラメの三つ揃えスーツに厚底ブーツ。

チリチリなった髪の毛が真ん中にある禿げ頭。

煤と血で顔が汚れているこの男、誰あろうキャプテンザッハトルテ、いや、魔導士ザッハトルテだ。

「あいつら・・・おれの研究成果とアレクシアを・・・」

独り言をいいながらしゃがんだ。足跡を確認している。

「ふむ、こちらの道を行ったか・・・。」

立ち上がると葉巻を加えて人差し指から小さな炎を出して火をつける。煙を思いっきり吐き出すと

「待ってろよ、アレクシア。この俺が迎えに行ってやるからな。」

と、つぶやくなり宙を浮くように走り出した。行き先は以前にシュウナときいちゃんが通った通路だった。シュウナの予想通り、この通路はザッハトルテの道だったようだ。


 「ちょっと、これじゃキリが無いわよ!」

トルーデは叫びながらガークを袈裟掛けに斬り飛ばしていた。

ゴブリンの顔面にムチを叩き込みながらシュウナは

 「トルーデ、口より手を動かせよ!」

姉に返事をした。実際、さっきから通路を走っては魔物と遭遇し、倒してまた走っては魔物と鉢合わせという事を繰り返していた。ドワーフ兄弟の兄、ボンゴレスはさすがに息を切らせながら大きなスパナでゴブリンをぶちのめして言った。

 「みんな、もう少しじゃ。もう少し行けば偶像の間に出られる抜け道があるぞ。」

トルーデはもうすぐゴールなんだと受け取ったがシュウナはそうはいかない。


 偶像?


 もしや危うく火球で焼かれそうになったあの石像の事だろうか?シュウナはドワーフの兄の方に訊いた。

 「ボンゴレスさん・・。」

 「面倒くさい。ボンゴレスでいいいぞい。」

 「では、ボンゴレス。偶像の間ってもしかして大きい石像があって、火を吹いて来る部屋の事ですか?」

 ボンゴレスが答えるより早く弟ドワーフが言った。

 「その通り、何じゃお主、知っておるのか?」

 「知ってるも何も、危うくそこで丸焦げにされるところでした。」

 再び、ボンゴレスが続ける。

 「心配するな。あそこは壁を歩けば大丈夫じゃよ。」

まあ、そうなんだが何か嫌な予感がする。シュウナの考えはトルーデの声で止められた。

 「コラッ、そこの男ども。しゃべってないで戦え!」

言いながら空中でグレムリンを真っ二つに斬って捨てていた。トルーデの一声でドワーフ兄弟とシュウナはまたそれぞれの武器で敵を排除し始める。

 「トルーデちゃん、わしの働きをみよ!どうじゃ!」

叫びながら気合を上げてガークに飛び蹴りをくらわすポコペン。すでに腰の布は外れており完全に真っ裸だ。

 「お前は何か履け。この変態忍者!」

言いながらトルーデにげんこつで殴られていた。

(だーかーらー。トルーデちゃん、ワタシを使って一発でやっつけちゃえば・・・)

 「あんたなんか使いたくないわよ!第一こんな狭いところであんな大技つかったら全員生き埋めでしょ。今度ふざけたこと言ったら承知しないわよ!」

魔剣と少女剣士のやりとりと同時に付近の魔物が片付いた。カワイイ☆ブレードのシクシク泣く声を聞きながら一行は再び先を急いだ。


 9、研究の成果


 「ここじゃ、ここが偶像の間への抜け道じゃわい。」

バジリコが灯りが漏れる穴に向かって指さしながら言った。

 「迷わず飛び込め。部屋のてっぺんに出て最初は落ちるが気にするな。壁の周りに重力魔法がかかっていて壁を歩けるようになっておるからすぐに壁に着地できる。」

壁に着地というのがいまいち良くわからないが事情を知ってるシュウナだけは理解していた。

 「みんな、ドワーフさん達の言う通りにしてくれればいい。行こう。」

トルーデはまだ半信半疑だがシュウナが言うなら・・・と後に続いた。全員穴から飛び込んだ。

 最初は確かに落ちる。トルーデは一瞬ドキッとしたが、しかし、すぐに壁に着地できた。

 「何か変な感じね・・・。」

つぶやくと少しづつ歩き出し壁を歩く感触を確かめている。いち早く感覚に慣れたポコペンは

 「こんな魔法が無くてもワシはあるけるけどね。」

とかいいながらドワーフ達に振り向いた。

 「で、ドワーフ共、どっちをめざせばいい?」

イラっとした表情を隠さずボンゴレスは

 「あそこじゃ、あの出口を目指せ。小僧。」

と以前、シュウナが入って来た入り口を指さした。行き先が定まった一行は速足で壁を歩き出口をめざした。

 ここで異変が起こった。

 部屋の真ん中にある石像が音をたててこちらに首だけ向け始めた。

 「おかしいぞ、あいつあんな動きせんはずじゃが・・・。」

ボンゴレスが言った。それを聞いてシュウナが

 「まずい、魔導士の仕業だ。このままだと火球がこっちにとんでくるぞ。」

と大層不吉な事を言った。事実、石像の口がこちらに向かって開いている。

 

 侵入者を迎撃する


重々しくそのように宣言した。そして石像の口の奥が赤く燃え始めた。

 「まずい、みんな出口へ急いで!」

シュウナが走り出した。他も走りだす。その時、

(大丈夫、ワタシとトルーデちゃんが・・・)

とカワイイ☆ブレードが言い出した途端、トルーデが

 「てめー!いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

と激ギレした。そして、何と自分の腰に密着していた魔剣を力ずくで引きはがした。ショートパンツの腰部分ごと破れた。スパッツを履いているのでパンツは見えないが女の子の格好としては恥ずかしい事になっている。

 (いや、離さないでぇ。一心同体だっていったじゃない。)

カワイイ☆ブレードはそう言うとシクシク泣き出した。そんな泣き言は無視してズボンを押さえながらトルーデも走り出す。

 石像からの火球は既に飛び出す寸前だ。

 「いかん・・・。ワシはともかく他は間に合わんぞ・・・。」

ポコペンがつぶやいたその時、どこからともなく歌声が響いた。なんともかわいく、そして優しい歌声だった。それはトルーデのザックの腰にしがみついたリトルちゃんが歌っていた。ララちゃんだ。


 ここでいろいろな事が同時に起こった。

 まず、火を吹く直前の石像の動きが停止して口の奥の火が消えた。

壁の重力が消えて全員が壁から部屋の両脇にある深い奈落に向かって落ち始めた。

そして、落ちるのを何とかしようとおひさま君に助けを求めようとしてシュウナは唖然とした。なんと、おひさま君が白目を剥いて気絶している。これでシュウナは何が起こっているか理解した。すぐにグリーンちゃんに叫んだ。

 「グリーンちゃん。ララちゃんに僕が合図したら歌をやめるように言って!急いで!」

 なんだか分からないがすぐに自分たちの言語でララちゃんに伝えた。楽しそうに歌うララちゃんに果たして伝わっているのか?そして、自分の腰辺りにいるすいちゃんに

「ララちゃんが歌をやめたら水のシールドでみんなをなるべく受け止めて。頼むよ。」

シュウナの言葉にうなずくすいちゃん。

空中で暴れるドワーフ兄弟。

ズボンを押さえながら弟を信じて落下するトルーデ。

ポコペンは空中を泳ぐように出口の方へ近づいていく。

タイミングを計っていたシュウナが叫んだ。

「ララちゃん。歌をやめて!」

ララちゃんのやさしい歌声がぴたりと止まった。

すいちゃんの魔法が発動。巨大なシャボン玉のクッションが石像の足元にできる。シュウナは

「トルーデ!あのシャボン玉の上に上手く着地して!」

とトルーデに向かって言うと自分は空飛ぶボードを出して落ちながら上手くボードを操りまずもがいているドワーフの兄弟を捕まえて出口に向かって投げた。

「ポコペンさん、この二人をお願いします。」

「わかった!」

シュウナに答えるとポコペンは、

(どうせ受け止めるならトルーデちゃんがいいなぁ)と思いながらドワーフ二人を受け止めて出口へ向かう。シュウナはポコペン達を見届ける事もせず、すぐにおひさま君を助けに行った。まだ気を失って落下したままだ。

「おひさま君、気が付いてくれ!」

叫びながら空飛ぶボードをおひさま君目がけて飛ばした。

おひさま君は単なる球体と化して落下していく。

落下する位置へ先回りするシュウナ。

出口に無事入り込んだドワーフ兄弟とポコペン。

シャボン玉に無事に着地したトルーデとリトルちゃん達。

「おい、トルーデ。早くこっちに来るのじゃ。」

着地するとすぐに立ち上がってボンゴレスの言葉通りに走り出した。左手はズボンを押さえ、右手にカワイイ☆ブレードを持って。走りながらトルーデはララちゃんに言った。

「ララちゃん。さっきの歌でこの部屋の魔法を全て無効にしたのね。すごいじゃない。」

シュウナは壁から落下した瞬間に気づいたので素早く指示を出せた。我が弟ながらこういう素早い判断にはいつも感心させられる。トルーデも着地する直前に気が付いたが同時にもう一つ気が付いた事がある。ララちゃんが歌うのをやめたという事は石像がまた火を吹いて来るという事だ。だから出口へ急げと言うボンゴレス言葉に咄嗟に反応できたのだ。飛び込むトルーデをバジリコが受け止めた。同時に後ろで爆発音がした。石像が火球を吐き出し地面に炸裂させたのだ。

一方、シュウナは空中でおひさま君をキャッチした。

「おひさま君、目を覚まして。」

目が半開きになったおひさま君に声をかけながらボードで石像の後ろ側に回り込んだ。着地する。そして、部屋の両脇にある奈落に向かって跳んだ。

「シュウナ、何やってるの!」

見ていたトルーデが思わず叫ぶ。しかし、シュウナは間違っていなかった。ララちゃんの歌が魔法効果を無効にした。今、ララちゃんの歌が止んでおひさま君が目を覚ました。という事はこの部屋の魔法効果がまた発動した事になる。ならば壁の重力魔法も復活しているはずだから壁を走って出口に行けるはずだ。本当はリトルリルの空飛ぶボードで行ければいいが人間を乗せて地上スレスレを走ることができても奈落の上は飛べない。壁を走った方が早いと咄嗟に判断したのだ。判断は当たっていた。そのまま全速力で走って出口にたどり着けそうだ。シュウナに抱かれながらおひさま君は正気に戻ったのかもぞもぞもがき出した。

「おひさま君、今はじっとしてて。」

そして、トルーデやみんなの待つ出口に飛び込んだ。

二回目の火球が来た。爆発音。全員出口から離れた。熱風が少し痛い。全員がどうにか


「偶像の間」


を通り抜けた。全員通路で一息ついた。トルーデがシュウナに言った。

「シュウナ、何かバンドみたいなの持って無い?ズボンがずり落ちちゃうのよね。」

シュウナは革のバンドを渡した。トルーデはベルト替わりにする。革のバンドを渡しながらシュウナはつぶやいた。

「この通路は魔導士の専用通路だ。石像がこちらを襲ってきたのもヤツの仕業だとすると他にどんな手を使ってくるか・・・。」

そのつぶやきをドワーフ兄弟が、ポコペンが、そして、トルーデやリトルちゃん達が聞いていた。不安を感じずにはいられなかった。

「だが、今は迷宮の出口目指して進むしかないじゃろう。ほれ、いくぞ。ドワーフども。案内しろ。」

珍しくポコペンがまともな事を言った。ボンゴレスは裸ニンジャを睨んだがバジリコは

「分かっておるわい、小僧。みな、いくぞ。一時間以内にこの穴ぐらをぬけだすぞ。」

と途中からはみんなに声をかけた。バジリコの方が兄より大人なのか、ポコペンを相変わらずおおらかに小僧扱いしていた。正直疲れてはいたがみんなまた歩き出した。


光るコケの通路をまっすぐ進み一行は三叉路に出くわした。この冒険の始めにトルーデとシュウナが二手に別れた場所だ。ここで左の曲がって進めばもうすぐ出口という所だ。迷宮の入り口に近いせいなのかこの辺は天井が崩れて来ないし揺れも微弱だった。

「みな、もう少しじゃぞい。」

ボンゴレスが言った。全員進もうとして止まった。先頭にいてこちらを向いているボンゴレスのさらに向こう側に明らかに人影が見えたからだ。


三つ揃えのラメのスーツ

片目の割れた尖ったサングラスをつけている。

禿げ上がっている頭の真ん中に焼けてチリチリになった髪をのっけている。

葉巻をくわえて煙を吹いていた。

「遅かったじゃねぇか、お前たち。」

魔道士ザッハトルテだ。先回りしていたのか。

「まあ、褒めてやるよ。偶像の間を無事に通り抜けるとはな・・・。」

そういうとまた葉巻を吸って煙を吐き出した。

みな、言葉が出ない。さっき魔剣の強力な大技をまともに喰らったはずなのに服はボロボロになったが体にダメージは無いかに見える。

「さあ、返してもらおうか。俺のアレクシアと研究成果を。」

葉巻をくわえながらこちらに向かって手を出した。

「素直に差し出せばお前たちは生かして返してやってもいいぜ。」

魔道士の言葉に咄嗟にトルーデが反応した。

 「返せばいいんでしょ?別に欲しかったわけじゃないから返すわ。」

右手に持ったカワイイ☆ブレードを魔道士に差し出した。

その途端、悲鳴が、さらに絶叫が心に直接伝わる。

(いあやぁぁぁぁぁ!せっかく開放されたのに、絶対いやぁぁぁぁぁ!)

同時に魔剣を持っていたトルーデの意識が飛んだ。そして・・・。


トルーデは誰かの夢の中にいるようだった。

どこかの王族だろうか?

若い男女、美男美女。恋人だろうか・・・?

この国の王子とその恋人の姫・・・・。

バルコニーで仲良く楽しそうに話している。

その光景を遠くから見ている真面目そうな学者風の男。

この学者風の男がかつてのザッハトルテなのか?


光景が歪んだ。回転する。

次に光景がはっきりした。燃える城と城下町だった。

燃える城の広間でさっき見たおそらく王子だろうか?短剣を持って倒れていた。

戦争か何かで城が落ちて、自害したのだろうか?

その後を追う為に王子の短剣を取って姫もまた自分の胸にその剣を刺して倒れた。トルーデは制止しようとしたが体が動かず声も出ない。

そこへ駆けつける若きザッハトルテ。

「アレクシア様。死なせはしません。死なせはしない。」

姫の亡骸を抱き、泣きながら叫んでいる。短剣を握り呪文を唱えている。唱え終わってザッハトルテは言った。

「今、あなたの魂はこの短剣に宿りました。これからは私の側で姫は永遠の命を持って生き長らえるのです。」

優しくアレクシア姫の亡骸を横たえると短剣を大事に鞘におさめた。ここで心に直接話かける声がした。

(トルーデちゃん、この時私は死んだの。そのまま王子と死んでしまったはずだった。王子の魂と一つになれるはずだったの。それなのに・・・。)

ここで若き日のザッハトルテが燃え盛る炎の中で狂気の声を上げた。

「手が届かなかった姫が、今魂となって私のものになった。アレクシア姫、あなたはこれから私とずっと一緒だ。」

これがアレクシアとザッハトルテの関係なのか?

ザッハトルテのアレクシアに対する歪んだ感情が発端で彼女の魂は死してなお囚われていたのか。これがカワイイ☆ブレードの真相だったのか。

トルーデは背中に嫌な汗が落ちるのを感じた。

それにしてもこの光景を見せてくれているの一体誰なのか?


 トルーデは現実に戻った。

 戻って、目の前にザッハトルテが立ち尽くしていた。

彼の左胸に抜身のカワイイ☆ブレードが深々と突き刺さっている。そして、その剣の柄を持っているのはトルーデ本人だった。

 「え?」

トルーデがやっと言えた言葉はこれだけだった。後ろにシュウナ達がいるだろうが誰も声を出さない。自分が夢を見せられている間の一瞬のうちにザッハトルテはあっけなくトルーデに刺されたのだろう。

少しの沈黙のあと・・・。

「アレクシア、そこまで、この俺が嫌なのか・・・?」

弱弱しくザッハトルテがつぶやいた。このつぶやきで我に返りトルーデはザッハトルテから離れた。不思議とカワイイ☆ブレードを手放すことができず、魔導士の体から剣を引き抜いた格好になる。驚く事にザッハトルテは倒れる様子もなく出血もせず、ただ立ち尽くしている。剣で刺されたよりもアレクシアに拒否された精神的なダメージの方が大きかった。しかし、刺されてもなお、ダメージを受けないとは一体どうゆう仕組みなのか?

周りの疑問に答えを出したのは意外な事にポコペンだった。怪盗ニンジャは冷静さを失いかけたシュウナにこっそりささやいた。

「おい、若いの。あいつに何をしても無駄じゃぞ。」

シュウナはひっぱたかれた表情になりポコペンの側によってひそひそ話した。

「どういうことです?何かわかったのですか?」

あまり説明する時間が無い。ポコペンはシュウナの手のひらに二つの単語をさらさらなぞった。それは、


執念

浄化


この二つの単語でシュウナはピンときた。つまり、ザッハトルテは何んらかの方法で執念だけで生きている。いや、生きているかも分からない。執念だけでこの世に存在しているだけなのかもしれない。だから執念を解決しないとどんな攻撃も致命的なダメージにはならないのだ。では、どうすれば?それが浄化だ。そこまでシュウナは理解できたのだが、では浄化をどうすればいいのか?それがわからない。とにかくシュウナは姉に今の自分の考えをそのまま伝えるしかなかった。

「トルーデ、そいつに攻撃は効かない。そいつの抱えた執念を浄化してやらないと・・・。」

ここまで言ってトルーデがザッハトルテを睨み剣を構えながら言った。

「つまり、こいつを成仏させて昇天さえるって事ね。」

トルーデの言葉にザッハトルテは嘲笑をあびせた。そしてさげすむように言った。

「おいおい、お前たちに俺の苦しみが理解できるのか?浄化?冗談じゃない。」

胸の傷をさすりながら葉巻をふかしている。傷が服の破れと一緒に塞がっている。

トルーデはカワイイブレードを鞘にぱちりと納めた。そのまま自然な体制でたたずんでいる。それを見てザッハトルテがまたさげすむようにいった。

「ほう、嬢ちゃん。あきらめたのか?だったら早く俺のアレクシアを返してもらおうか。」

そう言って手を差し出す。トルーデはザッハトルテには答えずにカワイイ☆ブレードに心の中で言った。

「聞いて、アレクシア。アタシの体もう一度貸してあげる。」

(え、でも・・・。)

どんな攻撃も目の前のイカレた魔導士には効かないのでは・・・。と言いかけた魔剣にトルーデがたたみかけた。

「あなたの過去の事情は分かったわ。でも、こっちはとばっちり喰っていい迷惑よ。」

黙るアレクシア。トルーデがさらに言う。

「今度は本気で協力してあげる。あなたとアタシで本気であいつと戦いましょう。」

(ホントに?いいの?)

トルーデの申し出に魔剣は歓喜を含んだ問いかけをした。まさか、取消しは無いよね。そんな口ぶりだ。

「おいおい、何だか知らんが俺は倒せねえぞ。」

葉巻を一本吸い終えてザッハトルテは吸殻を捨てながら言った。

そのしぐさを合えて無視してトルーデは心でカワイイ☆ブレードに話かけた。

(攻撃でダメージを受けた時にあなたがあいつの心に直接触れてあげて。)

(でも・・・)

(あいつを優しく、しっかりふってあげなさい。アタシも手伝うから。)

「来ないならこっちからいくぜ。」

ザッハトルテの声がしてトルーデは我に返ると

「ララちゃん、歌って。」

とリトルちゃんの一人、ララちゃんに言った。ララちゃんはシュウナの肩の上に立つとあの歌を歌い出した。


チュッチュッチュlクチビルチュッチュッチュl

チュッチュッチュlクチビルチュッチュッチュl


歌に合わせてトルーデが腰に手をあててお尻フリフリ踊り出した。さっきと同様、猫耳がトルーデの頭からぴょこんと生えた。お尻からしっぽがふさふさ生えてくる。両手でにゃんこポーズをしながら

「ちょーカワイイトルーデちゃんが、あなたをぶっ飛ばすにゃん♡」

とセリフを決めて目の横でピースサイン。だがここからさっきまでと様子が違った。

剣を抜いて両手で腰だめに構えながらトルーデが叫ぶ。

「はぁぁぁぁ、必殺!」

刀身が怪しく紫色に輝いた。

(イヤー、こんなの可愛くない・・・。)

魔剣の悲鳴をトルーデが気合でねじ伏せる。

「黙れ!ぶりっ子ソード。いくぞ!トルーデミラクルアタック!」

叫びながら剣を思いっきり一閃した。

紫に輝く光線がザッハトルテに向かって閃く。

技が命中した瞬間、またトルーデの視界が歪んだ。そして・・・。


 目の前に広がる光景はさっきトルーデが見た燃えさかる炎に包まれた落城寸前の城の広間だった。さっきと違うのは体の感覚があるということ。さっきは何かふわふわした感じで自分自身実態が無かったように思える。今、自分は間違いなく燃えさかる炎の中で落城寸前の城の広間に立っていた。

 「ここは、どこだ?」

聞きなれた声にトルーデが振り向くとそこには自分の弟が立っていた。物珍しそうにあたりを見回している。シュウナだけではない。ボンゴレスとバジリコ、全裸の怪盗ポコペン。リトルちゃん達。みんな同じ場所にいた。ポコペンが言った。

 「どうやら、別の空間に来たようじゃな。」

五歳児らしからぬ言葉づかいで一人で納得している。

 「アタシ、さっきもここに来た。ねぇ、ポコペン、ここはどこなの?」

名指しで聞かれてポコペンはおふざけ無しで答えた。

 「うん、トルーデちゃん。ここは現実世界ではないな。言って見れば誰かの思考の中というか・・・。もっと簡単に言えば記憶とか思い出の中にみなで入り込んだ感じじゃ。」

 ふーんと言いながらトルーデは誰の思い出かすぐに分かった。ここはカワイイ☆ブレード、つまりアレクシアかザッハトルテ、あるいはその両方の思い出の中なのだろう。いつの間にか右側にシュウナ、左側にポコペンが並んでいた。ドワーフの兄弟はあたりをうろうろしている。ドワーフ達にあまりうろうろせず離れないようにポコペンが忠告しているがその声も遠くに感じた。今、トルーデは目の前で起こっている事に注目していたからだ。

 トルーデ達の目の前では先ほど見た光景が再び再現されていた。王子が自害した。

後を追うようにアレクシアがまさに自分の胸に短剣を突き刺して命尽きようとしている。そこへ駆け寄る一見真面目そうな学者の姿。この男が若き日のザッハトルテだろう。シュウナが口を開いた。

 「これはアレクシアとザッハトルテの思い出の中なんだね。」

トルーデは黙って頷いている。やがてザッハトルテが何やら呪文を唱え始めた。と、その時トルーデとシュウナは不思議な光景を目の当たりにした。

 呪文を詠唱しているザッハトルテの前に人が立っている。

アレクシア姫、その人だった。

では床に倒れているのは?やはりアレクシア姫。

ザッハトルテの詠唱が止まった。二人の姫を交互に見比べている。

 「これは・・・一体どういうことだ?」

困惑しているザッハトルテに答えたのは立っているアレクシアだった。

 「ザッハトルテ、そこに倒れているのは私、でも今こうしてあなたに話しているのも私です。」

訳が分からず黙るしかないザッハトルテにアレクシアは言葉を続けた。

 「あなたが私の事を想っていた事、知っていましたよ。」

その言葉に真面目な魔道学者だったザッハトルテはうつむいた。目の前にいる自分の想い人と目が合わせられない。

 「ふーん、姫はわりと人が悪いな。あの学者純情すぎじゃ。」

とポコペンがこそこそトルーデに話した。そして、トルーデにグーで殴られた。黙っていろということだ。姫の言葉が続く。

 「でも、私は今そこで息絶えているこの人が好きだった。」

ザッハトルテはうつむいたまま小刻みに肩を震わせている。泣いている。

 「どうしようもないの。ごめんなさい。」

 「でも・・・。」

アーデルハイドのごめんなさいを途中からさえぎるようにザッハトルテが顔を上げて言った。

 「私ならば城が、この国がこんな有様になる前に何とかできた。姫にこのような苦しみと死をもたらすことなど無かった。」

そして、立ち上がった。

 「この国の王族が何をした!昔からの栄華にアグラをかいてぼやぼやしている内にこのような事になった。そこで倒れている王子だってその一人だ!」

両手こぶしを握り締めて歯ぎしりしてザッハトルテは続けた。

 「私は再三忠告した。なのに聞く耳持たず、結果がこれだ。そして、私の愛する姫までも死なせてしまった。」

ここでしばらく沈黙が来た。誰も何も言えない。ぶりっ子ソードやイカレたインチキオヤジの過去とはとても思えない状況が展開している。他の人間は誰一人、この状況について行けずにいた。沈黙を破ろうとアレクシアが何か言いかけた時、ザッハトルテが一気に話し出した。

 「姫、私ならもうこのような悲劇を起こさない。何故なら私の研究が完成したからだ。私の魔法の粋を結集させて私だけの空間をつくった。魔法生物を生み出した。そこから小さいながら人口天体を作り出し気候をつくり私だけの世界を造った。この世界は私が全てを管理支配する聖域なんだ。そこでなら姫の魂を剣から解放し、また美しい姫を造り出せる。今度こそ戦も争いも無い世界で姫を守って見せる。私ならば姫を幸せにできる。できるんだ!」

ザッハトルテはおひさま君を指さして言った。

 「姫、あの人口天体さえあればどこにでも私の世界が造れる。そこで一緒に暮らしましょう。」

おひさま君は無表情に浮いている。トルーデがシュウナに小声でささやいた。

「ねえ、シュウナ。このふわふわしてるやつそんなに御大層なものだったの?」

姉の問いに曖昧に返事をしながらシュウナは自分が体験した世界が目の前にいる魔道学者の研究の集大成だと知って正直がっかりした。ザッハトルテは駄々をこねる子供のようにさらに姫に詰め寄った。

「そこに倒れている王子はもう、何もできません。役立たずです。私ならあなたを幸せにして見せる。絶対にだ。」

その言葉を聞いてアレクシアの表情が曇った。泣きべそをかいているように見える。堪らずトルーデが

「ちょっと、あんた何てこと・・・」

と魔道学者に文句を言いかけたのをシュウナが肩を掴んで止めた。シュウナの方を振り向くトルーデ。首を横にふるシュウナ。そしてシュウナは目でアレクシアを見ろと言った。トルーデが見るとアレクシアは王子の亡骸を黙って見つめてそしてザッハトルテの方に向き直り言った。

「確かに、あなたの技術、魔法の技、とてもすばらしいですね。」

ザッハトルテの顔が一瞬明るくなる。だがそれも一時のことだった。

「でも、どんなに魔法が、技術が、優れていてもどうにもできないことがあります。」

ザッハトルテがまたうつむいた。実は彼には答えがわかっていた。それを今はっきりと突き付けられた。

「どうにもできない事。それは人の心です。」

その言葉を聞いてザッハトルテはその場に膝をついて崩れ落ちた。声も無く泣いた。アーデルハイドはさらに続けた。

「ザッハトルテ、あなたがこの国の為に尽くしてくれていた事、私を想ってくれていた事、全てわかっていました。私も愛する人の為にどうにかこのような最期を迎えぬよう忠告をしていました。でも、あなたの言う通りぼやぼやして何もできぬままこの国は滅亡へ向かいました。だから私はせめて愛する方と生死を共にしようと決めたのです。」

ザッハトルテは泣いたまま何も言わない。アレクシアはしゃがみ込んでそして、ザッハトルテをそっと抱いた。一瞬ザッハトルテの呼吸が止まる。

その時、広間の壁が焼け崩れる轟音が響いた。

「まずいぞ、火の手がもうそこまで来ておる。早く逃げねば。」

ボンゴレスがこちらに走ってきた。目線だけでボンゴレスとバジリコをトルーデが止める。もう少しだけこの二人に時間をあげたい。

そっと抱いた手を緩め、アレクシアは魔道学者の顔を優しく自分の方に向かせた。そして、自分の一番伝えたかった事を伝えた。

「私を愛してくれてありがとう、ザッハトルテ。でも、もういいのです。全ては終わってしまった事。もう私をあの人のところへ行かせて。そして、あなた自身も、もう自分を許してあげて。」

ザッハトルテは聞き分けの良い子供のようにそっとうなずいた。

「この国を、そして私を守り切れなかったあなた自身を許してあげて。お願い。」

言い終わるとアレクシアはザッハトルテの額にキスをした。その瞬間、姫が消えた。横たわるアレクシアだけがそこにいた。もう動かないアレクシアを見る事無く焼け落ちる天井の方を見るでもなく見ながら声も無くザッハトルテはひたすら涙を流していた。

「もう駄目じゃ!ここも危ないわい。」

バジリコが自分の上着で口を覆いながら煙と熱風から身を守っている。また別の壁が崩れた。熱風が吹き荒れる。

と、突然トルーデの、シュウナの視界が歪んだ。そして・・・。


  10、冒険者の帰還


 トルーデが我に返るとそこはさっきザッハトルテと遭遇した通路だった。そして目の前にそのザッハトルテが横たわっている。トルーデは自分の持っていた剣を見た。そこにはコテコテにデコッた剣はなく古びた短剣があるだけだった。王子とアレクシアが自害する時に使ったものだと一呼吸おいてトルーデは気がつた。

「アレクシア、魂が解放されたのね。」

きっと今頃天国で王子と再会しているかもしれない。そう思うとトルーデは満足だった。ポコペンがトルーデに近寄ってきた。気づいたトルーデは

「あんた、この剣欲しかったんでしょう。あげるわ。」

とかつてカワイイ☆ブレードだった短剣をポコペンに渡した。

「いや、こうなってはもうこいつに用は無いな。それよりどうする?あの魔導士、まだ息があるぞ。」

振り向いたトルーデが見たのはシュウナが魔導士を介抱している姿だった。

「ちょっとシュウナ何やってるの?」

弟の行為に文句を言う。シュウナは言い返した。

「まだ、息がある。このまま置いて行くわけにいかないよ。」

トルーデは何か言いかけてやめた。ボンゴレスが魔導士を担いで歩き出したからだ。勝手にしろと思ったその時。

大きな地響きが長い時間続いた。みな、動けずじっとしている。沈黙を破ったのはなんと瀕死の魔導士だった。

「急げ・・・。俺の魔力が・・・無くなった・・・ここは・・・やばいぜ・・・・。」

この言葉で全員出口目がけて走り出した。一行は姉弟たちが一番最初に通過した別れ道に来ていた。そのまま出口に向かって走り続ける。地響きはいよいよ大きくなる。

 また、ガツンと一発大きな揺れが来た。シュウナが、トルーデが、よろけて転びかけた。ドワーフの兄弟のうちバジリコは思いっきりつんのめって転んだ。ボンゴレスはザッハトルテを背負いながら何とか踏みとどまった。

 「みんな頑張れ!もう少しじゃぞい。」

 ボンゴレスがみんなを励ました。

 「シュウナ、ちびちゃん達みんないる?」

トルーデが自分にしがみついている子たちを確認する。おひさま君が輝いているので明るさは問題ない。

 「大丈夫、七人みんないるよ。あれ?」

シュウナの声にどうした?と言う表情を弟に向けるトルーデ。弟は今向かっている出口の方向を向いていた。トルーデもそちらを向くとバジリコの声がした。

 「チクショウ、出口が塞がっとる。さっきの地響きのせいじゃ。」

なんと出口が落盤で塞がれている。ちょっとやそっとで取り除ける岩では無い。

 「まいったな。どうする?」

シュウナが一人つぶやく。

 「何冷静に言ってるのよ。早くしないと生き埋めよ、アタシたち。」

トルーデが叫ぶと後ろのほうから声がした。

 「俺が・・・何とか・・・してやる・・・。」

背負われたザッハトルテの声だった。

 「いや、ムチャ言うなよ。お前瀕死じゃないか。」

ポコペンが思わず言った。誰もがそう思った。

 「早くしろ!おいドワーフ。俺をその壁にもたれかけさせろ!お前らケガしたくなかったら、みんな俺の周りから離れろ。それから・・・。」

一気にそこまで言うとおひさま君の方を向いて言った。

「シルバナルシュテム、お前の力の一部見せてやれ。こっちに来い。」

しるばなるしゅてむ?おひさま君はそんな名前だったのか?シュウナや周りがそう思う中、おひさま君はザッハトルテに抱っこされる形に収まった。

「さあ、岩盤をぶっ飛ばすぞ!」

ザッハトルテの言葉をもう誰も疑わなかった。七人のリトルちゃん、ドワーフの兄弟、ポコペン、トルーデとシュウナの姉弟がそれぞれザッハトルテの前からどいて安全な場所へ避難した。それを確認するとザッハトルテはいきなり

 「さあ、いくぞ。ハイリガーリヒト!」

と叫ぶ。するとおひさま君の口が大きく開き光の柱が岩盤に向かって放たれた。

爆音!

その後に続く土煙と地響き。

土煙が晴れた途端ドワーフ兄弟が言った。

 「出口が開けたぞい。」

 「にげるぞ!」

出口に向かって走っていく。その後をリトルちゃん達をくっつけたトルーデが続く。そして、ポコペンとシュウナが、後に続こうとして立ち止まった。ザッハトルテを見た。もう、息をしていない。最後に自分の力を振り絞って力尽きたのだろう。おひさま君を抱いたまま息絶えていた。シュウナはおひさま君を抱きとった。おひさま君は相変わらず無表情だが少し悲しそうに見えた。

「やれやれ、こいつも遂に成仏したか・・・。」

ポコペンが何やら両手のひらを合わせてぶつぶつ言っている。自分の生まれた国の祈り方で彼なりにザッハトルテへ哀悼の意を表しているのだろう。シュウナも両手を胸のまえで組んで祈りを捧げた。さらにポコペンはさっきまでカワイイ☆ブレードだった短剣をザッハトルテの亡骸の手にそっと握らせた。

「これはワシが持っていてもしょうがないからな。せめてもの手向けじゃ。」

真摯に祈りながら一瞬だけ不敵に笑ったポコペンをシュウナは見逃さなかった。トルーデの声がした。

「シュウナ、来て!大変な事になってる。」

すぐに出口へ向かう。後ろで瓦礫がまた崩れる音がした。土煙が外まで出て来る。間一髪生き埋めにならずに済んだのに全員出口で立ち尽くしていた。みんなを見てシュウナは不思議に思ったがそのわけはすぐに分かった。シュウナも同じ光景を目の当たりにしたからだ。

 帰らずの洞窟の入り口付近は嘆きの森が広がっている。はずだった。

 今、トルーデとシュウナ達の目の前に広がっている光景はまるでドラゴンが暴れ狂った後のようにズタズタに引き裂かれた樹木と不規則に裂けた地面。あちこちに逃げ遅れた森の動物と魔物たちの死骸が転がっている。

ポツリとトルーデがつぶやいた。

 「やりすぎ・・・じゃない?」

あとはみな言葉も無く荒れ果てた光景を見ていた。シュウナだけが不安を覚えた。これがザッハトルテの研究の集大成おひさま君の真の力なのか?だとしたらとんでもないものを自分たちは持ち帰ったのではないか?そうだ。何を思いついたのかシュウナは自分の服に張り付いているくうちゃんに何事か囁いた。

 口笛がピーッと鳴った。グリーンちゃんの合図の口笛で全員我に返った。

同時にここまで送ってくれたフクロウが迎えに来るのが見えた。ぴーぴーとリトルちゃん達が喜びの声を上げてトルーデやシュウナにしがみつく。

 「生き延びたぞい。」

ボンゴレスがバジリコと抱き合って喜んだ。

その時、

 「ぎゃー!」

悲鳴が上がった。全員そちらを向くとおひさま君を抱えたままポコペンが全裸で倒れていた。見るとポコペンの股間の大事な部分にくうちゃんの黒い分身が噛みついている。シュウナは同じ男子としてこれ以上痛々しいものは見ていられない。そばでニヤニヤ笑っているくうちゃんをあわてて止めた。

 「いや、くうちゃん。いくら何でもこれはやりすぎだって。やめてあげて。」

そして、おひさま君を無事に保護した。さっきザッハトルテに祈りを捧げた時ポコペンの表情の微妙な変化にシュウナは察しがついたのだ。怪盗と自分で名乗るくらいだから帰りがけの駄賃に何か盗んでいくかもしれない。さっきおひさま君の威力を見せつけられた。ザッハトルテの研究の集大成は魔剣ではなく人口天体おひさま君の方だった。ならば怪盗ポコペンが放って置くはずが無い。そう思ってくうちゃんに見張りをお願いしたのだが・・・。

 「あんた、防御力上げるならパンツくらい履いたら?」

トルーデの言葉にドワーフ達がリトルちゃん達が一斉に笑った。

おひさま君は無表情に浮いている。

やがて、フクロウがみんなの目の前に着地した。



 所変わって、ここはマルマリ村の外れ、丘の上の大きなクスノキの横にあるログハウス。マルクル兄弟の棲み処だ。中にはリトルちゃん達がバタバタ走り回って遊んでいた。シュウナがほうきで掃き掃除しながら周りの子たちに言った。

 「ほら、みんな掃除を手伝う約束だろ。」

リトルちゃんたち。最初は手伝っていたがそのうちに飽きて遊びだしたのだ。たぶん、そうなるだろうなと思っていたのでシュウナはそれ以上何も言わず掃除を続けた。「帰らずの洞窟」から帰還して一か月経った。掃除をしながらひと月ほど前にこの家に帰ってくるまでのことを思い出していた。


 洞窟の出口でフクロウに乗せてもらう時にはポコペンの姿は無かった。リトルちゃん達が一人ひとつずつ持っていたお宝もおひさま君も無事だったのでトルーデもシュウナも気にとめなかった。何といってもニンジャ怪盗なのでふらっといなくなっても不思議ではない。ポコペンを除く全員がフクロウに連れられてリトルリルラントに着いた。一行はすぐに女王であるリトルリルマザーに会いに行った。そこで迷子のリトルちゃん達を無事引き渡した。

リトルリルマザーはシャーベットグリーンのロングドレスに身を包み優雅に冒険者達を迎えた。マザーはまず、二人に礼を述べた。

 「ありがとうございます。トルーデさん、シュウナさん。さすがですね。見事に依頼を成し遂げましたね。」

 迷子のリトルちゃん達がマザーに駆け寄っていく。全員をマザーが抱き留めた。と、突然マザーの形相が怒りに変わり六人のリトルリルを全員抱いたまま締め付けた。

 メキメキと骨のきしむ音がする。

 泡を吹いたリトルリル達が他のリトルリル達に運ばれて行った。

この光景を見ながらトルーデとシュウナは変な汗をかいている自分たちに気づいていた。二人は思った。下手な事をすれば自分達もやられる、と。

 リトルリルマザーはさっきの怒りの形相からころりと笑顔に変わった。

 「まったく、いたずらっ子ばかりで困りますわ。お二人にもさぞご迷惑をかけたことでしょう?お詫びいたします。」

 シュウナがどうにか受け答えした。

 「いえ・・・とんでもないです・・・。」

何も言えずにいる姉弟にマザーは約束通り報酬を渡しにかかった。

 まず。約束の金貨二百枚。これは前金に関係なく二百枚もらえた。次にトルーデにこの国の物から一つ望みの物をもらう件だが・・・。

 「何があるか分からないし、どうしようかな?グリーンちゃん何かオススメとか無いの?」

とグリーンちゃんに聞いている。それを見てシュウナはほら見た事かと横目で姉を見ていた。最初に具体的な取り決めをしないからこうなるんだとシュウナの顔に書いてあるようだ。そんな弟の表情など意に介さずトルーデは言った。

「わかんないからリトルちゃん達が一人ひとつずつ持ってきたお宝をください。」

そんな事だろうとシュウナは思ったが、次に言ったことは別の事だった。

「すみません。迷子のリトルちゃんたちが乗っていた、この空飛ぶボード頂けませんか?」

魔道具使いとしてシュウナはこのボードにとても興味があったのだ。今後、研究して自分のものにしたいと冒険の途中で考えていた。リトルリルマザーはあっさりとそれを承諾した。

この日はドワーフの兄弟ともどもラントに泊めてもらい、次の日、自分たちの棲み処へフクロウに送ってもらった。以前メチャクチャに破壊された家は何をどうしたのか知らないが、もとに戻っていた。トルーデがドワーフ達に

「あんた達、これからどうするの?」

と尋ねた。確かにシュウナとしても気になる所だった。ボンゴレスが答えた。

「弟とも相談したのじゃがとりあえずマルマリ村に行ってみる事にしたぞい。」

バジリコがその後を続けた。

「兄貴もワシも列車の仕事が好きじゃからな。村に行けば何か役に立つ事ができるかもしれんわい。」

新しい仕事を求めて行くドワーフ達と別れて無事に自分達の家に帰還した。


までは良かったのだが・・・。


まず、リトルちゃん達のお宝を入れてもらった木箱を開けてみると中にはお宝だけでなく七人のリトルちゃんが入っていた。

グリーンちゃん

きいちゃん

べにちゃん

すいちゃん

くーちゃん

ニンジャちゃん

ララちゃん

全員いる。代表してグリーンちゃんがトルーデに手紙を渡した。リトルリルマザーからだった。



マルクル姉弟様


この子達はどうやらあなた方に着いて行きたいようですので人間界に送ります。しばらくそちらで修行させてあげてください。

よろしくお願いいたします。

                                 リトルリルマザー



「何よ。居候がこんなに増えちゃったってこと?」

グリーンちゃんを抱っこして頬ずりしながらトルーデは言っている。声のトーンからすると拒否する気は無いようだとシュウナは感じた。

まあ、報酬の金貨とお宝があればしばらく自分達とリトルちゃん達の食費などは問題ないだろうとシュウナは思っていたがこれが大誤算だった。城下町まで言ってお宝を換金しようとしたがこのお宝、ガラクタとまでは言わないがあまりいい値が付かなかった。不安に思ったシュウナは金貨を両替屋に持っていったが両替屋のおやじの言葉にガッカリする羽目になった。

「おいおい、シュウナ。何だ、この金貨は。俺もこの商売やっていて長いけど、こんな金貨見た事ねえぞ。どこの国の金貨だ?」

両替屋のおやじが言うには、金貨であることは間違い無いだろうがどこの国の物か分からないし金の純度も不明なのでこの国の通貨に両替できないということだった。

「まあ、金貨には違い無さそうだから使う相手に交渉次第で使えるだろうな。」

と、なぐさめられた。今後、リトルリルラントの金貨を使って買い物する時は店主といちいち交渉しなくてはならないらしい。その事実を知ってトルーデは

「あの、インチキ女王めー。結局タダ働きと変わらないじゃない!」

と、怒りをあらわにしていた。シュウナもそう思ったが後の祭りだった。


一通り掃き掃除を終わらせてシュウナはお茶を入れようとかまどに火を入れた。

というよりべにちゃんに着火してもらった。すいちゃんからポットに水を入れてもらいお湯を沸かす。その時、家の扉が開いてトルーデとリトルちゃん達が入ってきた。

 「ただいまー。シュウナ。大漁だよ。」

野鳥や野ウサギをニンジャちゃんの手裏剣ときいちゃんの電撃で捕り、野草などをくーちゃんとその分身が採ってくれるようになった。この子達のおかげで食べ物には困らなくなった。くーちゃんはたまに変なキノコを採って来るのでそれはどけないといけないが。

お茶を飲みながら空飛ぶボードの研究をしようとテーブルに向かう。夕方になって明かりが欲しくなった。

「おひさま君、こっちにきてくれる。」

シュウナはおひさま君を呼んだ。フワフワと光る球体が側にやってくる。おひさま君がいるので夜の灯りは問題ない。明かりが消えないのが欠点であるが。

トルーデは鼻歌を歌いながら魔導士の研究室から持って帰ってきた七本セットの短剣を一本ずつ磨き始めた。後で分かった事だがこの短剣達は戦闘中に持ち主を守る魔法が施されていた。今回の冒険での収穫はこの短剣セットとシュウナがもらった空飛ぶボード。そして、新しい仲間たちだ。

グリーンちゃんとララちゃんで料理を始めた。見た目は珍妙だがおいしい料理を作ってくれる。トルーデの作る料理よりは百倍上手いとシュウナは思う。とにかく七人のリトルちゃん達のおかげで生活が便利になって姉弟はそれぞれ満足していた。

急にグリーンちゃんが料理の手を止めてトルーデのところに走り寄った。肩に乗って窓の方を指さす。二人はその方向を見ると窓ガラスの向こうに・・・・。

白いフクロウが居た。くちばしでこつこつと窓を叩いている。

「ホー、ホー。開けてよ。お知らせだよ。」

トルーデはとても嫌なものを見る表情でシュウナに言う。

「あの、バカフクロウ、また来たわよ。どうする?」

「でも、放っておくわけにはいかないだろうね。」

シュウナは答える。

さて、今度は何かな?シュウナは窓を開けようとフクロウに近づいて行った。


                           おわり


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