表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/201

第98話

「起きろ。野菜畑を見に行くぞ」


 カレーが完成した翌日、アリアスが早朝から奏の部屋へやってきた。


「こんな朝早くから?」

「爺さんは早起きだ」


 野菜畑の主はお爺さんらしい。にしても早すぎはしないだろうか。

 叩き起こされた奏は欠伸を噛み殺し、ノロノロとベッドから這いだした。

 適当にワンピースを引っ張り出して着替る。

 騎士服は前ボタンが多い。もたもたしていたらアリアスが怒りかねないのでやめておく。


「お待たせ」

「……お前、そんな服も着るのか?」

「おかしいかな?」

「いや。悪くない。騎士服はやめたらどうだ」

「それは無理」


 アリアスは暢気にいうが、リゼットにそんなことを言おうものなら、毎日ドレスを着せられてしまう。そんな肩がこる日常は送りたくない。

 今日はまだリゼットも起きてきてはいない時間だからこそ、奏は自由に服装を選ぶことができただけだ。

 リゼットにワンピースを着ているところを見られたら、どういう行動に出られるか不安がよぎった。

 失敗を悟って着替えに戻りたかったが、アリアスに急かされて断念する。

 

「爺さんの機嫌が悪くならないうちに行くぞ」


 「約束の時間に遅れると煩い」とアリアスがぶつくさ言っている。気難しい人らしい。


「あ、待って。スリーさんがまだ来てないよ」

「ああ、今日は俺が護衛をするから安心しろ」


 まだ日も登らない早朝のため、護衛のスリーはまだ来てはいない。

 さすがに黙って出掛けるわけにはいかないと言えば、アリアスが護衛を変わったという。


「大丈夫なの?」


 料理人のアリアスが護衛などできるだろうか。確かに料理人にしては鍛えられた身体をしているように思えるが……。


「騎士だったことがある。お前の護衛ぐらいできるぞ」

「騎士だったの?」

「まあな。将軍になれと煩いからやめてやった」

「将軍!?」


 たしかセイナディカには将軍職がなかったはずだ。

 スリーから聞いた話によれば、ずっと昔に将軍がいたということだが、その人が引退して空席のままだった。

 そして、次の将軍はスリーが有力候補であると、まことしやかに噂されている。


「どうでもいい昔の話だ。そんなことより冗談抜きで遅れそうだ。爺さんに怒鳴られたくないなら急げ」


 アリアスが焦っているとは珍しい。アリアスは、大きな歩幅でわき目もふらず突き進んでいく。

 奏は置いて行かれないように小走りで後を追った。


◇◇◇


 奏は目の前の野菜畑に目を見張った。瑞々しい野菜はどれも巨大で、これが育ち過ぎなのか通常の大きさなのか、判断することはできない。

 最初は野菜畑だとは思えず、まるで森に迷い込んでしまったかのように錯覚したほどだ。


 奏が野菜畑の壮観さに唖然といていると、突如大きな音がして木が切り倒された。

 アリアスめがけて倒れてきた木はかなり太く、慌ててそれを回避したアリアスが、木を切り倒した人物を口汚くののしっていた。

 その人物は、野菜畑には馴染まない斧を肩に担いでいる。


「木こり?」

「そういう仕事もしていますな」


 奏が思わずといったようにつぶやけば、優し気な声で返答があった。

 先程からアリアスが「爺さん」と呼んでいる人物は、気難しいという話だったが、笑顔での対応にそういった印象はまるで感じない。

 それにいうほど年老いているようには見えない。

 アリアスが噛みついているところをみると、約束をしていた野菜畑の主だろう。


「爺さん。態度が違い過ぎないか!?」

「遅刻の罰はお前さん一人で受けなされ」


 急いだものの少し約束の時間より遅れてしまった。そのせいでアリアスは木の下敷きになりかけた。狙って木を倒したというのなら、すごい腕前だ。


「あの、ごめんなさい。私がもたもたしていたから」

「カナデ様が謝る必要はありませんな」


 謝罪をするも、すべてアリアスが悪いと一蹴される。しかも初対面のはずが何故か名前まで知られていた。


「爺さん、知っていたのか」

「そりゃ、そうじゃろ。あの堅物騎士を落とした噂の女性じゃからな」

「ああ、なるほど」


 アリアスはあっさりと納得した。一体どんな噂が飛び交っているのか。


「初めまして、カナデ様。私はノエル・エタン・エリュアール。しがない庭師をしとります」

「初めまして。カナデ・アマサキです。立派な野菜畑ですね」

「少々育ち過ぎではありますな。最近は収穫も追いつかず難儀しとります」


 初対面の挨拶もそこそこにノエルがぼやいた。やはり野菜の大きさは異常らしい。どうしてこんなことになったのか、とノエルも困惑しているようだった。


「太古の庭に近いほど巨大化する上に、成長速度も異常に早くて、ここらは森のようになってしまってのぅ。伐採も人手が足らんくて困ったもんじゃ」


 ノエルが斧を担いでいた理由だった。庭師の仕事に加えて伐採作業もあって、そのせいで趣味の野菜栽培まで手が回らなくなってしまったという。

 そんなわけで、収穫を後回しにしていたら野菜まで巨大化してしまったらしい。


「太古の庭?」

「お前がうっかり迷い込んだ場所だ。リゼットが泡を食って探し回っていたから大騒ぎになったんだぞ」

「う、お騒がせしまして……」


 そんなに大騒ぎになっていたとは初耳だ。奏は改めて猛省した。


「カナデ様は喰われんで良かったのぅ」


 ノエルが何気に言った言葉に奏はギョッとする。

 そんな危険そうな場所には思えなかった。どちらかと言えば包み込まれるような安心感を覚えたくらいだ。


「おい、爺さん。カナデ様が驚いているぞ」

「おお、すまんの。ちと大袈裟に言い過ぎたかのぅ」


 アリアスが窘めたが、まるで反省などしてない様子でノエルが頭を掻く。


「どうも太古の庭が騒がしいからのぅ。脅しているわけじゃないのじゃが、注意しなければいかん」

「騒がしい? また行方不明者がでそうだな」


 太古の庭が騒がしくなる。庭師の間で使われる隠語だ。どことなくいつもとは違う空気を感じたり、胸騒ぎを覚えたり、感じ方は人それぞれ違うが、共通していることは何故かその時だけは太古の庭に近づきたくないという気持ちになるのだという。

 そんな時は行方不明者が現れる。実際に確認がされたわけではなかったが、行方不明になった者が太古の庭に入って行ったところを目撃したという者がいるからだ。信憑性は非常に高い。

 数年に一度という割合で、人々が忘れた頃に同じようなこと起こるという。

 ノエルが言う「喰われる」という表現は、日本でいうところの神隠しに近い気がした。


「注意はするが、こればかりはどうしようもない」


 アリアスが嘆息した。懸念はあるが対策を講じようがないらしい。


「それよりこの巨大野菜をどうにかするべきだな」


 アリアスが育ち過ぎの野菜を呆れたように見回した。このまま放置すれば、もっと大変なことになりそうだ。


「でも、結構大変そうじゃない?」

「騎士団の暇そうな奴らを総動員するか」


 収穫は人手さえ何とかなれば問題ないが、そうはいっても今は、遠征前の準備で忙殺されている騎士団が、暇を持て余しているわけがない。


「忙しいと思うよ」

「ちっ。使えないな」


 アリアスが舌打ちをする。騎士団は真面目に働いているというのに酷い言い草だ。


「三人だといつになるか……」


 野菜の種類も多いうえに、どれも巨大だ。中には伸びすぎて手が届きそうにない位置に実っている野菜もある。茎も太いため、捥いで収穫していくことはとても無理そうだ。


「仕方ない。斬るか」

「へ?」


 アリアスが腰に下げていた剣を抜いた。驚く奏をよそに無造作に剣を振る。


ドスン!


 奏の眼の前に野菜が降ってきた。「降ってきた」というのは比喩でもなんでもなく、文字通り野菜が頭上から降ってきたという意味だ。

 奏が唖然として頭上を仰げば、実っていたはずの野菜は茎から見事に切り離されていた。


「問題ないな」

「またんか! 問題あるじゃろ!」


 すっきりした様子のアリアスにノエルが難色を示した。

 少し乱暴な方法だが手っ取り早い。けれど、難点があるとすれば野菜が傷んでしまうことだった。

 ノエルもそこが気になるのだろう。渋い顔をしている。


「問題ない。俺が斬る。お前が下で受け止めろ」

「はい?」

「そこに籠があるだろ」


 アリアスがクイッと顎で示した場所には確かに籠らしき物があった。

 それを見て奏は顔を引き攣らせる。とても持てそうにない大きさだったからだ。


「無理!」

「我儘をいうな!」


 我儘とかそういう次元の問題ではない。たとえ籠が持てる大きさだとしても、落下してくる巨大野菜を受け止めるられそうにない。


「アリアスは私を殺す気!?」

「そんなこともできないのか」


 「嘆かわしい」というような顔をされて殺気立つ。アリアスは自分ができることは他人にもできると本気で思っていた。


「私が斬るからアリアスが受け止めて!」

「できるのか?」


 まるで挑発するようにアリアスがニヤリと笑った。


「問題ないよ!」


 奏はアリアスから剣を奪うと跳躍する。アリアスのように、その場から斬るという真似は出来ないが、近づけば斬れないことはない。

 奏は剣を両手で構えて、アリアスが切った隣の野菜を狙った。剣を振りぬく。


ドサリ!


 落下した野菜がアリアスに受け止めた。涼しい顔で野菜を持ったアリアスが「続けろ」というように手を振る。


 それから奏は死に物狂いで斬って斬って斬りまくった。

 途中で終わらぬ苦行にへこたれそうなったが、そのたびにアリアスが挑発するようなことを言うので最後まで根性でやりきった。

 気が付けば巨大野菜はすべて収穫され、所狭しと地面に並べられていた。こんもりと山になっている光景は圧巻である。


「これどうするの……」


 収穫できたことは良かったが、大量の巨大野菜を前に途方にくれる。どう頑張っても食べきれる量ではなかった。

 しかし、巨大だろうが、せっかくノエルが丹精込めて作った野菜だ。食べないなんて非常に勿体無い。


 奏が効率よく消費する方法がないかと考えていると、アリアスが素晴らしい方法を提案してくる。

 

「カレーにするか」

「材料は足りるの?」

「失敗を見越して大量に仕入れた。丁度いいから騎士団の奴らに食わせてやるさ」


 一石二鳥の方法に奏は眼を輝かせる。

 巨大野菜を消費できるうえに、カレーを大勢に試食してもらうことができる。あわよくばご飯の美味しさも広められるかも知れない。いいこと尽くめの良案だった。


「カレーとはなんじゃ?」


 初めて耳にするカレーという料理にノエルが興味を持ったようで、アリアスに食いつき気味に聞いてくる。


「異世界料理だ」

「なんと! 私もご相伴に預かれるかのぅ?」


 異世界料理と聞いたノエルはすぐにでも食べたくなったらしい。


「ああ、城の人間の分は別に確保しておくか。騎士団にかかったら全部食い尽くされるからな」


 これだけ大量の野菜を使うとなるとカレーの量も半端ないはず。

 それにも関わらず騎士団は食い尽くすという。どれだけ大食いなのか。


「しかし壮観だな。これを料理するのか。腕がなるな」


 アリアスがやる気になっている。それを見たノエルが面白そうに笑った。


「お前さんは料理となると張り切るのぅ。騎士団でそれを生かせんかったことは残念すぎじゃ」

「適材適所だ」


 アリアスは騎士としての実力は折り紙つきで、それをノエルは残念に思っているようだったが、アリアスはどうでもよさげにしている。


「そういうことにしておくかのぅ。それでカレーとやらはいつ食べられるんじゃ?」

「明日の夕刻になるな。流石にこう巨大では運ぶにも苦労しそうだ。いっそうのことここで作るか……」


 巨大野菜を前にアリアスが思案していた。悩ましい問題もアリアスにかかれば楽しい娯楽のようで、嬉々としてカレー作りの計画を練っている。


「こんなところで料理して大丈夫? 火事にならない?」

「野外料理は得意だ」


 騎士団に所属していたからなのか、野外での料理は苦ではないという。

 ところが、さっそく準備に取り掛かろうとするアリアスにノエルが苦言を呈する。


「お前さん。太古の庭が騒がしいことを忘れておるじゃろ。大勢がこの付近をウロウロしては危険じゃ」

「……そうだったな」


 アリアスはすっかり忘れていたようだ。ノエルに言われて眉間に皺を寄せた。並べられている巨大野菜を遠い目をして見つめている。


「これを運ぶのか……」

「が、頑張れ?」


 げんなりした様子のアリアスに他人ごとのように声をかければ、ギッと睨まれた。


「お前、逃げられると思っているのか?」

「もう疲れたよ」


 巨大野菜の収穫はとにかく疲れた。フレイに呆れられる程度の剣技にもかかわらず、アリアスの挑発に乗せられて無理をしたからだ。

 しかも、ワンピースだったため動きが制限されていたことも一因だった。


「はぁ。仕方ない。途中までは運ぶか」

「途中って?」

「中庭までだ」


 中庭は厨房と太古の庭から中間に位置していた。そこなら危険はなく、開放された場所だから調理をするにも適していた。

 ただ中間地点とはいえ、この大量の巨大野菜を運ぶことにはかわりない。

 三人で今から取り掛かったとして、今日中にどうにかなるものではない。せめてもう少し人手が欲しい。


「爺さん。俺たちは一旦戻る。準備がいるからな。荷台を用意しておいてくれ」

「馬に牽かせるのじゃろ。何台必要じゃ?」

「二台でいい。借りられる馬がいない」


 時期が悪すぎて馬さえ借りられない。それでもアリアスはカレー作りを実行することを止める気は全くないようだ。


「腹ごしらえしたら仕事だ。期待しているぞ」

「そんな期待ならいらないよ」


 野菜畑を見に行ったたけのはずが、肉体労働を課せられることになってしまった。

 食欲増進どころか、食欲が失せてしまう状況に、アリアスを恨めし気に見つめる奏だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ