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第97話

 カレーも出来上がり、副産物的にドレッシングと餅まで作ることが出来た。

 そうなるとアリアスではないが、奏も楽しくなってきてしまい、次は何を作ろうか、と色々な料理のレシピを思い浮かべてしまう。

 アリアスに相談したら嬉々として食いついてくるだろう。

 けれどその前に、料理の出来がこの世界の人々に受け入れられるかが問題になる。

 アリアスは「大丈夫だ」と請け負ってくれたが、奏は少し心配だった。


「やっぱり皆に食べてもらいたいよね」


 とりあえずは、料理人達と騎士団あたりで試食してもらうことを考える。

 しかし、実験的なものだったから大勢に提供できるだけの分量はなかった。


「ん? それにしても少なすぎない?」


 カレーの鍋を覗き込んで奏は首を捻った。アリアスが完成後に味見をさせてくれた時は、もっと沢山あった気がしたが、残りは五人分程しか残っていない。


「お前、いくらなんでも試食が多くないか? 本当に小食なのか?」

「え!? 私が食べたとでも? そんなわけなでしょ!」


 アリアスにあらぬ疑いをかけられた。いくら慣れ親しんだ故郷の味でも、試食と称して食べまくるほど食い意地は張っていない。


「じゃあ、誰が……」


 鍋に残るカレーの残量にアリアスが渋い顔をする。アリアスによれば、思いの外大量に作ってしまい、どうしたのもか、と思っていたという。

 味の調整をしているうちにカレーの量が増えてしまう。奏にも覚えのある現象だった。


「カレー好きの妖精がいるとか?」

「そんなものいるわけがないだろうが」


 可愛らしい冗談もアリアスにバッサリと斬られる。

 妖精でなければ犯人は誰だろう、と考えていると、犯人が自ら犯行を自供しにやってきた。


「カナデ様! カレーはまだありますか? おかわりを要求します!」


 リゼットがいい笑顔で空になった器を差し出してきた。状況を理解したアリアスが憤怒の表情になる。


「リゼット、お前が犯人か! 何時にもまして大人しくしていると思えば、盗み食いとはいい度胸だ!」

「盗み食いとは酷いですね。アリアス様は許可してくれましたよ」

「は? そんな覚えはない」

「『アリアス様は天才です。試食しても?』と伺いましたら、すぐに許可をくださいました」


 そんな覚えはないが、持ち上げられた流れで許可を求められたらいい返事を返してしまうという自覚があって、アリアスは黙り込んだ。

 アリアスはうっかり許可したということだ。覚えがあろうがなかろうが、そうなったらリゼットを止められはしない。


「じゃあ、料理人さん達は試食済みなのかな?」

「はい。大層美味しいと奪い合いに発展しています。あ、デザートはすでにありません」


(嘘でしょ……)


 奏はデザート終了の知らせにショックを隠し切れない。


「えー、本当にない」


 カレーの完成に安堵して、アリアスと二人で少しばかりの休憩をするために厨房を離れていた。そんな僅かな時間に起こった出来事だった。


「カナデ様。申し訳ありません。美味しそうな料理を前にして我慢ができませんでした」


 リゼットの謝罪に苦笑する。前から思っていたが、リゼットは本当に食いしん坊だ。


「いいよ。また作ればいいんだから。ところでスリーさんは試食したかな?」

「勧めてはみましたが、任務中ということで断られました」


 奏はホッと安堵した。知らない間に試食されていたら楽しみが減ってしまう。

 出来ればスリーには自ら試食を頼みたい。異世界の料理にどんな反応をしてくれるか見たいという悪戯心があったからだ。


「そっか。リゼット、一人分を残してくれたら後は食べてもらってもいいよ」

「ありがとうございます。皆さんも喜びます」


 奪い合いに発展などと大袈裟ではあったが、カレーは異世界でも受け入れられた。

 リゼットがいそいそとカレーを盛り付けている。一人前を確保してくれたようで手渡される。


「スリー様にですね?」

「うん。任務中は難しいと思うけど……」


 任務中のスリーは異常に真面目で融通がきかない。そこがいいところではあったが、今回は折れてくれないものだろうか。


「カナデ様が食べさせてあげたらイチコロですよ」


 嬉々としてのたまうリゼットに、おかしな日本語を教えたのはどこの誰だ、と奏は自分自身に突っこんだ。


「それでは健闘を祈ります」


 リゼットが応援してくれるのは嬉しいが、スリーに食べさせることは微妙に恥ずかしい。


「食べてくれそうになかったらにするよ」


 断られたらの強硬手段としてその方法はとっておこう。

 そんな真似をしないで済むといいのだが、スリーの頑なさを考えると実行することにはなりそうな予感がした。


◇◇◇


 カレーを片手に厨房を出た奏は、スリーをすぐに見つけることができたが、どうやらガラと仕事の話をしているようで、声をかけられる雰囲気ではなかった。

 ところが、カレーの食欲をそそる匂いは、そんな彼らでも無視することができない匂いだったようだ。ガラがすぐに反応して、会話を途中で打ち切って近寄ってくる。


「いい匂いだ。カナデちゃん、それ何?」

「カレーだよ。日本食を真似てアリアスが作ったんだよ」

「へぇ。日本食ってカナデちゃんの国の料理?」

「うん。色々と作ったんだけど、もうカレーしか残ってないから、スリーさんに食べて欲しくて持ってきたんだけど、仕事中は無理かな?」


 遠慮してスリーを窺えば、ガラが羨ましそうな顔をする。


「俺も食べてみたい。駄目か?」

「スリーさんが食べてくれるならいいよ」


 スリーのついでなら構わないと言えば、ガラがパッと嬉しそうな顔をする。

 奏からカレーを奪うと、スリーの眼前に突き出す。


「さっさと喰え」

「任務中だ。馬鹿なことを言うな」


 案の定スリーは任務を理由にカレーを食べることを拒否した。残念に思っていると、ガラが強引にスリーの口をこじ開けようとしていた。


「ちょっと待ったー!」


 奏は思わず声を上げてしまう。ガラがやろうとしていることは、奏が考えていた強硬手段だ。

 ガラに先を越されまいと焦る奏。カレーをガラから奪うと匙をスリーの口元へ持っていく。


「スリーさん! お願い。食べて!」


 もはや懇願に近い。ガラにさせるくらいなら自分がやる。奏の必死さ加減にスリーはたじろぐ。


「カナデ……」

「お願い」


 上目遣いでスリーを見上げると、スリーは口元を押さえて顔を反らしてしまった。


(な、なんでー!?)


 そんなに食べたくないのかとガックリとする。そんな奏にガラがよくわからない忠告をしてくる。


「カナデちゃん、そこはちゃんとカレーを食べてと主張しないと誤解を招くよ」

「誤解?」

「わ・た・しを食べてって。……ぐぇ!」


 ガラがスリーに首を絞められた。


「ふざげたことをぬかすな」

「ちょ、ちょっとした冗談だろ!」


 ギリギリと首を絞められながらガラが抗議している。涙目になっているが大丈夫なのだろうか。


「一回死ぬか?」

「洒落にならないことをいうなよ」


 解放されたガラが首を摩りながら言った。そうとう堪えたようで元気がない。


「真面目はいいが、息抜きくらいしろ」

「お前は抜き過ぎだ」


 正反対の二人の漫才めいた会話は、最近スリーに冷たくされている自覚がある奏の琴線に触れた。目の前で仲良くされて機嫌が急激に下降していく。

 奏はニコニコ笑顔で二人の間に強引に割って入り、カレーを器ごとスリーの目の前に突き出す。


「召し上がれ♡」


 笑顔なのに有無を言わせぬ雰囲気に、二人の男はピタリと口を閉ざした。


「カナデ?」

「カナデちゃん、どうした?」


 恐る恐ると機嫌を窺ってくる二人を奏は無視すると、カレーにガッと匙を突き立て、てんこ盛りにしてからスリーの口に押し付けた。

 「うぐっ」と呻くスリーなどおかまいにしにグイグイと押す。根負けしたスリーが口を開いてカレーを咀嚼する。


「……俺には?」

「なんで?」


 奏は冷たい視線でガラの要求をはねのけた。ガラは肩を落として項垂れる。


「美味しい?」

「この刺激は後を引くね。ほのかな甘みも悪くないよ。美味い」


 無理やり食べされられたわりに、スリーはまともな感想を述べる。


「ごめんなさい。無理やり食べさせて……」

「いや、次はちゃんと試食するよ。できれば勤務外で」

「うん。甘くないデザートもあるんだよ」

「楽しみにしているよ」


 本当に楽しみにしてくれているのか、不安になる無表情でスリーが頷く。


「甘くないデザートか。俺にはお前たち二人の空気のほうが甘くて居たたまれないよ」


 ガラがブツブツとぼやいていた。

 奏は流石に可哀想になり、そっとカレーをガラに差し出す。


ガツガツガツガツ


 カレーは瞬く間にガラの口の中へ消えていった。


「美味い! おかわり!」


 ガラの能天気な声にスリーが脱力する。

 奏はクスクスと笑うと、空になった器を手に厨房へ戻って行った。

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