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第96話

 奏の前には緑色の野菜が所狭しと並べられている。

 アリアスがどこから調達したかはわからないが、かなり大量の食材を用意してくれたようだ。


「全部の野菜の味を確かめるには時間がかかりそうだなぁ」


 ちょっと涙目になった。これだけ大量にあると、味見程度でも小食の奏の胃袋は打撃を受けそうだ。


「おい、なんだこれは」


 そこへアリアスがやってきた。何故か驚いている。


「アリアスが用意しんたんじゃないの?」

「俺が用意したのはこれの半分以下だ。沢山あればいいってものじゃないからな」


 アリアスはきちんと厳選して野菜を用意してくれたようだ。

 だったら、何故こんなに種類が増えてしまったのか、二人が首を捻っているとリゼットがその疑問に答える。


「料理人の方々が置いていかれましたよ」

「え?」

「あいつら!」


 アリアスが怒りに眉を跳ね上げた。

 アリアスのドスの効いた声を聴いた奏は、恐る恐るアリアスを見た。そして激しく後悔した。怖すぎる。


「まあまあ。彼らの善意ですよ」

「邪魔の間違いだろうが」


 リゼットが取り成すももの、アリアスの怒りは解けない。


「盗み聞きしていたな。近づかせないようにしていたんだが」

「そこまでしなくても」

「料理人の好奇心をなめるな」


 アリアスは料理人たちの邪魔にならないように、わざわざ別の厨房で作業することに決めたのではなく、実際は邪魔されないために料理人たちの目の届かない場所を選んだのだった。


「密室で何がなされているか気にならないはずありません。それにあれだけいい匂いを漂わせていれば、引き寄せられて当然でしょう」


 カレーの匂いは、どれだけ閉ざされていても外に漏れだしてしまっていたようだ。


(カレーの匂いって食欲をそそられるから)


 料理人たちの気持ちはよくわかる。

 アリアスでさえ、好奇心を刺激されて楽しそうに奏に付き合ってくれている。そんな姿を少しでも目撃すれば、気になって盗み聞きぐらいするだろう。


「みんなにも手伝ってもらう?」

「馬鹿なことをいうな。断固反対だ」


 アリアスは相当嫌なのだろう、顔がしかめっ面になっていた。


「そうだね。カレーは完成間近だからアリアスがいればいいか。でも食べてもらって意見は聞きたいかな」

「あいつらに食わせるのか?」

「セイナディカの人の味覚に合うなら、沢山の人の食べてもらいたいよ」


 美味しいものを独り占めは勿体無い気がする。

 奏としてはこれをきっかけにして、ご飯を広めたいと目論んでいた。カレーが受け入れられれば、それに付随してご飯の良さも理解してもらえる。


 こうして料理を試行錯誤している途中で気づいたのだが、セイナディカの料理には主食といったものがない。あえていうなら肉料理が主食といえるかもしれない。

 野菜も生野菜が少なく、なんでも煮込んでしまっている。奏からすれば、おかずばかりを食べている感覚なのだ。

 ご飯はともかく、パンやパスタといったものもない。辛うじて魚料理があるので、それで今まで誤魔化していたが、奏には重たすぎた。

 せっかく小麦粉に似たものがあるというのに、それもお菓子をつくる材料という認識しかない。これは絶対にどうかしたい。

 小麦粉があるなら、パンやパスタがいつか食べられる日が来るかもしれない。

 料理をかじっているという程度では自信はなかったが、アリアスとなら実現できるそうだ。

 それにはまずカレーを完成さなければならない。


「みんなに食べてもらうかどうかは、カレーを完成させてからの話だよね。じゃ、アリアスは野菜の説明をしてね」

「わかった」


 料理人たちに対する怒りはあるものの、アリアスはカレーの完成を優先させることにしたようだ。野菜をよりわけて、一つ一つ丁寧に説明してくれる。


「ありがとう。とりあえず食べてみるよ」

「少しにしておけ」

「うん。後は大丈夫だから、アリアスは戻ったら?」


 最近はこちらにかかりきりだ。料理長不在でさぞや難儀しているだろうとアリアスを促す。さすがに料理人たちの苦労を思うと可哀想だ。


「問題ない。お前を野放しにするほうが心配だ」

「そんなこといって、楽しくて仕方ないから嫌なんじゃないの?」


 アリアスをからかう。図星を突かれたアリアスが開き直る。


「異世界の料理だぞ。探求心を満足させるまで戻らない」

「はぁ、しょうがないなぁ」


 アリアスは頑固そうだ。こうなったら梃子でも動かないだろう。


「お前はなすべきことをなせ」


 そんな大層な話だったかな、と奏は呆れた。最初は奏が少しでも食べられるものを作ろうという話だったはずだ。


「はいはい。あ、これ美味しいね」


 アリアスがそれぞれの野菜を少し切っては渡してくれる。至れり尽くせりだ。

 葉物野菜が中心だから生で食べられるものが多い。サラダにするには良さそうだ。


「ねえ、野菜を生で食べないのはどうして?」

「生か? そんな食べ方をするのか異世界は……」


 アリアスの驚き方は大袈裟過ぎではないだろうか。野菜を生で食べると問題でもあるのかと勘ぐってしまう。


「理由があるなら無理には勧めないけど」

「とくにない。そういう発想がなかっただけだ。あえていうなら新鮮さがないからだ」

「うん? これでも新鮮じゃないの?」


 並べられている野菜はどう見ても新鮮そうに見える。


「それは王宮で栽培している野菜を譲ってもらったからだ。普通は市場で仕入れる」


 市場で仕入れるものはどうしても新鮮さにかけるようだ。今回は奏が味を確かめたいということで新鮮なものを用意したという。


「そっか。あまり長持ちしないの?」

「そうだな。雨季ならともかく普段はあまり長くは置けない」


 気候が温暖なせいで長期保存が難しい。冷蔵庫のようなものもないから、その都度仕入れる必要があるということだった。


「王宮で野菜を栽培できるの?」

「ゼクスの許可があれば栽培することは可能だ。個人的に栽培している人物がいるから話を聞くか?」


 野菜を栽培できるなら新鮮な野菜を確保することができる。

 ただ、その量は限られているはずだ。野菜を生で食べることは諦めるべきか。


「野菜畑は見せてもらいたいな」

「よし。手配しておく」


 個人的に野菜を栽培している人物は気になる。もしかしたら生野菜を食べたいと思ってくれるかもしれない。


「それじゃ、ドレッシングは一応考えてみてもいいかな。どれも美味しいから勿体無いと思うんだよね」

「ドレッシング?」

「そう。生野菜にかけて食べるの。セイナディカの料理は味が濃いから、生野菜を食べたら丁度いいと思う」


 早速アリアスがドレッシングに食いついた。作り方を催促してくる。


「イタリアンドレッシングかな」


 セイナディカはどちらかというと洋風の創作料理といった感じのものが多い。当然、醤油や味噌といった和風料理に必要な調味料はなかった。

 ただし、オリーブオイルに似たものと岩塩、それから胡椒に似たものはあったので作れないことはなさそうだ。

 贅沢をいえばマヨネーズを作りたかったが、卵がないというのでどうしようもない。


「酸っぱい果物あるかな?」


 酢の代用にレモンのようなものが必要だった。


「あるぞ」


 アリアスが取りに行ってくれる。その間に奏は野菜を吟味することにした。味はどれも臭みがなく、生でも十分食べられる。カレーにするにも問題はなさそうだ。

 アリアスの説明によれば、煮込んでも味が変わってしまうことはないという。


(全部いれてみるかな)


 アリアスが聞けば怒られそうなことを考える。

 そして、奏はアリアスが戻らないことを確認するとおもむろに野菜を切りはじめた。大きさは適当だ。細切れにしてから鍋に投入する。

 全部の野菜を鍋に放り込んでから、リゼットに頼んで火をつける。火の扱いは奏には許されていないからだ。


「おい。勝手に何をやっている」


 アリアスが戻ってきた。奏の勝手な行動を注意するとバシッと頭を叩いた。


「乱暴反対!」

「これだから野放しにできない。で、これをどうするんだ?」

「とりあえず食べる」


 奏はにっこりと笑った。

 アリアスは無言で手にしていた果物を小さく切り分けて奏に手渡す。アリアスの眉間に皺が寄っているが気にしない。


「すっぱい!! よし。アリアス絞って」

「ああ」


 ひとかじりしてみれば、ほとんどレモンと変わりなかった。すかさずアリアスに指示を飛ばす。


「次はこれとこれを混ぜて」


 分量についての指示はしない。アリアスは感覚で奏の指示以上のことをこなす。細かく指示を出す必要はなくて、ちゃんとしたものが出来上がってくる。素晴らしい腕前だ。


「あとはこれを少し混ぜたら出来上がりだよ」


 ドレッシングは材料さえ揃えば作ることは難しくない。味見をしてアリアスも納得する出来だったようだ。


「爽やかな味だな。生野菜にかけて食べるにはよさそうだ」

「でしょ」


 作ったのはアリアスだが、奏は自慢げに胸を張った。その調子の良さにアリアスは呆れている。


「お前はちょっとその辺で遊んでいろ」

「なんでよ」

「邪魔になるからだ」


 アリアスに追い払われる。子供でもあしらうような態度だ。確かに勝手なことをしたが、ここまで邪険に扱われる覚えはない。


「それは緑だからね! 色は変えないでよ」

「言われなくてもわかっている。いつまでもいるな」


 アリアスの意識はカレーに移っている。奏のことはもはや眼中にない。気が散るからどこかへ行けと容赦なく追い払われる。


「アリアスの馬鹿!」

「言うことを聞け。出来たら呼ぶからいい子にしていろ」


 完全に子ども扱いだ。奏はムッとして厨房を出ていく。

 八つ当たりぎみに部屋の扉をバンと音を立てて閉める。厨房の中からアリアスの罵倒が聞こえた。


「何がいい子にしてろよ!」


 憤慨してアリアスを詰る。憤懣やるかたない思いでいると、厨房近くで護衛をしていたスリーが驚いて駆け寄ってくる。


「カナデ。どうかした?」

「追い出された! アリアスの人でなし!」


 奏はスリーに抱きついた。涙目でスリーを見上げると目を反らされてしまう。ショックで茫然とする。

 最近のスリーは冷たい。護衛だから何時でも近くにいるというのに、挨拶程度の会話しかしていない。


(……嫌われた?)


 嫌われるようなことをした覚えはあった。やはり、雰囲気に流されて迫ったのはまずかった。

 奏が悶々と悩んでいると、厨房の扉が突然開いた。中からアリアスの腕が伸びてきて奏の腰をわしずかむ。抵抗する間もなく厨房の中に引きずり込まれる。


「ぎゃ! 何、ちょっと、アリアス! あ、……むぐっ」


 アリアスに抱き込まれて抵抗すると、「うるさい」と口に匙を突っ込まれた。


「……美味しい」

「そうだろう。力作だ」


 完成したカレーに浮かれてアリアスは暴挙に及んだらしいが、やられた奏は堪ったものではない。美味しいカレーを頬張りながらも、アリアスを睨みつける。


「何も引きずり込まなくてもいいじゃない!」

「微妙な雰囲気だったからな。あれはお前の男か?」


 アリアスの気遣いはおかしい。たしかにスリーの態度に悶々としていたが、力技で引き離さなくてもいいのではなかろうか。


「余計なお世話だよ」

「ふーん。振られたら俺がもらってやるから安心しろ」

「間に合っているから」


 アリアスの俺が云々という言葉は無視することにした。どうせ冗談だろう。


「カレーが完成したんだね。流石!」

「俺の実力だ」


 全くその通りではあったが、アリアスの態度には腹が立つ。さも自分ひとりの手柄であるかのような言い方だ。


「ふん。アリアスには餅の作り方は教えてあげない」

「なんだと。俺がいなくて、その餅とやらが完成すると思っているのか?」


 新たな異世界の料理をちらつかせれば少しは黙るかと思えば、アリアスは逆に自信をもって自分の力を誇示するのだ。

 アリアスは奏が一人で料理を作ることができないと思っている。けれど、餅に関してはアリアスがいなくても作ることができる。


「アリアスがいなくてもできるから!」

「作れるものか」

「作れるから」

「失敗するだけだ」

「しないから」

「じゃ、やってみろ」


 売り言葉に買い言葉で作ることになってしまった。まあ問題はない。

 ただ、臼と杵はないからどうしたものかと思案する。


(モチモチご飯をつぶせればいいわけだから……)


 いいことを思いついたこれなら道具は必要ない。それにアリアスのせいで怒りに火がついているから丁度いい。ストレス解消にもなりそうだ。

 奏はニヤリと笑った。アリアスがその表情に訝しんでいる。


(アリアスめ、驚け!)


 奏は早速ご飯を炊く準備を始めた。米もどきを水に浸す。こうするとご飯としては失敗作になるが、モチモチ感を出すためには必要な工程となる。

 アリアスは何が始まるのかと興味深げに奏の作業に注目している。


 モチモチご飯が炊きあがった。以前の失敗から、モチモチ感がより増す水分量は把握している。


(いい感じにモチモチしているね)


 奏はご飯のモチモチ感に満足して次の工程に進んだ。モチモチご飯を少し冷ますと綺麗に拭いた調理台の上へ広げる。手を水で濡らすと拳を握った。

 モチモチご飯をめがけて拳を繰り出す。力を少し抑える。加減を間違えると調理台をへこましてしまいそうだ。


ドン! ドン! ドン!


 何度か繰り返したあと、つぶれたモチモチご飯をひっくり返す。また拳を繰り出す。なかなか楽しい。

 奏が満足したころ、ちょうどよくモチモチご飯がつぶれた。手にとるとちゃんと餅となっていた。少し伸ばしてみる。あまり伸びなかったが、初めてにしては上出来だった。

 一仕事終えた気分で奏が息をつくと、黙り込んでいたアリアスがぼそりと呟く。


「お前、恐ろしいことをするな。そんな調理法があるわけない」


 アリアスの言う通り、拳を唸らせる調理法などあるわけがない。

 ただ、アリアスを驚かせるためにしたことだ。本当は木の棒で潰すくらいで十分だったのだ。


「驚いた?」

「おかしなヤツだな。驚かせるためだけにふざけたことをするな」

「怒らないんだ?」

「お前のやることにいちいち怒っていたらきりがない」


 呆れを通り越したらしい。アリアスは肩を竦めると出来上がった餅を味見する。


「面白い触感だな。ただ、このままだと味がなくていただけない」


 触感は気に入ったものの、無味の餅にアリアスの眉が寄る。


「あ、それは味をつけて食べるものだよ。餡子かきな粉があればいいんだけど、どっちもないから何か考えないとね」

「なんでも合いそうだが」

「う~ん。柑橘系の果物があるから小さく丸めて、こっちの飲み物って爽やかなものが多いからそこに入れちゃえばいいかも」

「なんだそれは」


 フルーツポンチをイメージしてみたが、アリアスは想像の範囲外らしく目を白黒させる。


「やってみよう」

「やるのか」

「やる」


 適当に考えたにしては美味しくなりそうな予感がした。実行あるのみだ。


「果物の種類は?」

「なんでもいいよ。用意できるもので」

「飲み物も適当だな」

「そう」


 アリアスは奏のやり方に慣れてきたようだ。厨房にある果物と飲み物のストックをすぐに取り出す。


「果物は小さく切ってね」

「ああ」


 アリアスが果物を切っている間に、奏は餅を小さく丸めていく。沢山作っていなかったのですぐに終わった。

 アリアスも手際がよく、それほど時間をかけずに果物を切り終える。飲み物は作り置きされているものがあり、それを使ってみることにする。


「で?」

「全部を器に投入」

「それで大丈夫なのか?」

「大丈夫」


 不安気なアリアスのかわりに、奏が器に盛りつけをすることにした。果物と餅を入れると飲み物を上から流す。出来上がりはフルーツポンチそのものだ。


「じゃ、試食して」

「ああ」


 アリアスが恐る恐る食べ始める。異世界料理に興味はあるが味については半信半疑といった感じだ。


「不思議な味だが、悪くない」

「そう。良かった」


 奏もパクリと一口頬張る。爽やかな酸味とモチモチ触感が絶妙だった。


「冷やしたらもっと美味しいかな」

「そうだな。暑い時分にはそうするか」


 アリアスが同意する。

 なんだか脱線して出来上がったスイーツに奏は満足した。カレーもいい感じに仕上がったから大満足であった。

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