第95話
米もどきが炊き上がった。奏は鍋の蓋をあけて、すぐに失敗を悟り落ち込む。
「水が多かったかぁ。おかゆみたい……」
鍋の中はオレンジ色のドロドロ状態だ。炊いたというより煮込んだといったほうが近い。
「それにしてもすごい色だね」
「そうだな」
鍋の中を覗き込んだアリアスも渋い顔をしている。派手派手しいオレンジ色が食欲を失せさせた。
それでも味をみてみないことには、これが本当にご飯の代用になるかわからない。
奏は恐る恐る鍋からおかゆ状のご飯を匙ですくうと口に含んだ。派手な色合いからは想像もつかないさっぱりとした甘みが口の中に広がる。
この味には覚えがあった。奏は歓喜する。
「ご飯の味がする!」
まごうことなきご飯の味だ。見た目はあれだが、味に問題はなかった。あとは水分調整をすれば良さそうだ。
ところが、その後、何度か試したが思うようには出来上がらなかった。水分を少なくしたところ、今度はモチモチになり過ぎてしまった。
これはこれで、つけば餅になりそうだと喜んだが、その後はどんなに水分を少なくしようが変わりがなかった。モチモチ感が半端なくてどうにもならない。
「いっそのこと水なしとか?」
そんな馬鹿なことはないだろうと頭を悩ませる。
苦悩しているとアリアスが盲点をつくことを提案してくる。
「水に浸すのを止めたらどうだ?」
「あ! なるほど、水を吸い過ぎたからだ!」
米もどきが固いから、柔らかくしてから炊かないといけないと思い込んでいた。あくまで米ではなく、米もどきだ。米と同じ工程で炊く必要はなかった。
奏は、米もどきをサッと洗うだけにして、もう一度炊きはじめた。火の調整と時間は今までと同じにする。例え失敗したとしても、浸していた時との違いをはっきりさせておきたかった。
「あ、なんか違うかも。艶がでたような? 色は今まで通りだね」
炊き上がりを確認する。今までとは違う手応えを感じた。
奏はご飯を一掴みすると口へ放り込んだ。噛むとほんのりとした甘みと歯ごたえがある。モチモチ感は薄れて丁度いい具合だ。
「やったー! ご飯が! 美味しいご飯が炊けた!」
奏は喜びのあまりアリアスに抱き着いた。
アリアスは奏に抱き着かれて驚いたようだったが、喜びを噛みしめる奏を微笑ましく見つめるとポンポンと頭を叩いて、同じように喜びを分かち合う。
「良かったな。これでお前の小食も改善されそうだ」
「うん。ご飯が食べられるなんて幸せ……」
これまでの苦労が報われた瞬間だった。何度諦めかけたことか。
「でも、カレーは完成してない」
ご飯とカレーはセットだ。忘れていけない。カレーは最初の段階でほぼ完成といっていいできばえだが、まだ満足できる仕上がりではない。
「ご飯がオレンジ色だから、できればカレーは緑色にしたい」
「なぜだ?」
「料理に彩は大事でしょ」
「そうか?」
アリアスは首を捻っている。どうりでセイナディカの料理は彩を無視した奇抜な色合いが多いわけだ。
セイナディカでは彩は考えられていないということだ。見た目より内容重視なのだろう。
「緑色となるとやっぱり葉物野菜中心かな」
「野菜か。どんなものがいい?」
奏は唸った。どんなものといわれても知らないものは答えられない。
「とりあえず緑色の野菜を用意してね」
「……わかった。明日までに用意する」
奏が「とりあえず」と言う言葉を使うとアリアスは微妙な顔をする。何度も言うものだから多少は慣れたようだったが、心中は複雑といったところだろう。
料理に真摯に向き合っているアリアスからすると、奏の適当ぶりが気になって仕方ないようだ。
奏は適当にしているつもりはまるでなかったが、セイナディカの料理や食材については手探り状態なのだから、アリアスにはしばらく我慢して付き合ってもらおう。