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第94話

 それから間もなくして、料理長から食材の調達ができたと嬉しそうな報告がきた。忙しい料理長と予定を合わせるのはなかなか難しいと思っていたが、翌日には顔を合わせる機会を作ることが出来た。

 今日は食材の吟味をして、出来ればカレーを作りたいと奏は考えていた。


「辛みのある食材はこれだ。とりあえず思いつくものを三種類は用意できたがどうだ?」


 料理長がさっそく食材を披露する。その表情はご満悦だ。

 それにしても敬語を使っていたときとのギャップは凄い。こういう砕けた喋り方をするとは意外だった。こういってはなんだが、まるで別人である。


「うん。辛いね。あ、これならいいかも。料理長はどれが一番辛いと思う?」


 奏は一つずつ食材を確かめる。少しかじって辛みを確認したが、辛みの具合はどれも同じぐらいで差がなく、料理長に判断してもらうことにする。


「カナデ様。俺はアリアスという。料理長は固く苦しいからそう呼べ」

「あ、うん」


 アリアスはどことなく俺様が入っている気がした。命令口調がやけに板についている。沢山の部下を持っているからか、上に立つ者の風格を感じる。


「あ、私も呼び捨て──」

「止めろ。ゼクスに知られたら事だ」


 呼び捨てを希望したが、瞬時に却下された。自国の王を呼び捨てにしていることは突っこんでいいのか悩む。


「王様と仲良し?」

「ゼクスから何も聞いていないのか……」


 アリアスが驚いている。そして一緒に厨房までついてきていたリゼットをチラリと見てから口を開いた。


「ゼクスの兄だ。血のつながりはないが」

「へ?」

「面白い顔をするな。説明は面倒だから適当にリゼットに聞いておけ」


 驚けば容赦のない突っ込みをされた。血のつながりはないのに、どこかゼクスを彷彿とさせる。意思の強そうな瞳もゼクスによく似ていた。

 当然、血のつながりはないというから容姿に似たところはない。温かみのある淡い金髪と薄い紫色の瞳のアリアスは、落ち着いた大人の雰囲気で頼りがいがあった。


 ゼクスの義兄ということは、特に隠している素性ではないのか、案外あっさりとしている。

 もうこの話は終わりという態度で、アリアスが食材を吟味していく。


「こっちの黄色いやつが一番辛いな。赤いやつは辛みの中に甘味もあって悪くない」

「そ、そう? じゃあ、その二つを使ってみようかな」


 奏は、ゼクスと血がつながらない兄の存在に驚きを隠せないままでいいたが、アリアスはリゼットに説明を丸投げして知らん顔だ。好奇心はうずいたが、今はカレーを作ることに集中する。


「次はどうする」

「とりあえずは刻んで煮てみるとか?」

「……お前、本当に料理できるのか?」


 奏の怪しい返答にアリアスは訝しんだ。


「未知の食材を料理できるか自信はないよ。いろいろと試行錯誤するしかないでしょ」

「なるほど。お前は指示だけしろ。あとは俺がやろう」


 アリアスは奏に任せることを諦めたようだ。奏としてはそのほうが助かるが、釈然とはしなかった。気がつけば呼び捨てどころか、お前呼ばわりされている。


「辛みの分量は?」

「少しずつ入れて。味を見ながら調整する。辛すぎてもダメだから」


 アリアスが手際よくカレーの材料を刻み、鍋へ放り込んでいっている。流石は料理長だけあって技術は凄い。あっという間にカレーもどきが出来上がってしまった。

 カレーに必要な調味料がいくつかあったことが大きいとはいえ、驚きの早さだ。


「スープカレーっぽいけど、ターメリック的なものがないから、色が赤いのは仕方ないとして、最初の試作品としてはよくできたよね。後はご飯があれば……」


 カレーの仕上がりに手応えを感じた。けれど、まだまだ改良の余地がある。

 アリアスが厨房の奥へ引っ込んでいく。大きな麻袋を担いだアリアスが戻ってくる。


「これを確認しろ」


 アリアスが麻袋を開けると、薄いオレンジ色の小さな実が大量に入っていた。形は丸く可愛らしい。大きさは、ちょうど米くらいだ。


「うーん。これはどうだろう」

「違うか?」

「……とりあえず煮てみる?」


 アリアスが「またか」という顔をする。そう思われても何か調理してみないことには、判断できないのだからしょうがない。


「これって普通はどう使うの?」

「この実を挽いて粉にして使う。実をそのまま使うことはない」


 お菓子の材料として使うというから、どちらかというと小麦粉に近いようだ。


「少し硬いかな。煮る前に水に浸す必要があるかも。あ、その前に研がないといけないかな」

「研ぐ?」

「あ、それは私が……」


 説明するより実践するほうが早そうだ。ところがアリアスは難色を示す。


「お前に任せられないな。不安だ」

「そこまで信用ないかな。調理するわけじゃないから、黙ってみていてよ」

「信用できん」


 アリアスはそれでも渋っている。


「これでもジーンさんには手際を褒められたんだけどな……」


 懐かしのジーンを思い出して思わずつぶやいてしまう。ジーンは容赦なくこき使ってくれたが、腕はいいと褒めてくれた。


「ジーンを知っているのか。あいつの料理人としての腕は確かだ。よし、やっていいぞ」


 ジーンは料理人ではないのだが、腕はアリアスのお墨付きであるらしい。

 アリアスの許可を得たところで、米もどきと水を器に入れて研いでみた。しかし何の変化もなかったので手を止める。


「それで終わりか?」

「研ぐ必要はないみたい。だから五分待ってみる」

「だから?」


 アリアスが不思議そうに言った。言葉のつながりがおかしいと思ったらしい。


「どの位水に浸しておけばいいかわからないから、五分で様子を見ようかなと……」

「水に浸すか、面白いな」


 そういった工程を必要とする料理をしないようだ。アリアスは興味深げだ。次に奏が何をするのか楽しみで仕方ないのだろう。

 その五分の間、水に浸している米もどきをジッと観察している様子が微妙に笑いを誘った。餌を前に「待て」と言われた犬のようだ。


「うん、少し柔らかくなったかな」

「で?」

「後は炊くんだけど」


 流石に米の炊き方はアリアスでも知らないだろう。奏は鍋を用意すると米もどきと水を適量入れた。全くの目分量だったが、最初からすべてうまくいくとは思っていない。


「アリアス、火をつけて」

「わかった」


 アリアスは細長い棒状の石を棚から二つ取り出すとその二つを打ち付けた。ボッという音と共に片側の石に火が着いた。

 それを円状に並べられた石に近づけると勢いよく燃え出す。火力は十分だが強すぎる。


「もう少し火を抑えられないかな?」

「調整が必要なのか」


 アリアスは「ちょっと待っていろ」というと厨房を出ていってしまう。火力の微妙な調整は難しそうだ。カレー作りより難航しそうな予感がした。

 アリアスが戻ってきた。手は黒い厚手の手袋で覆われている。アリアスは円状に並んでいる石をいくつか外しはじめる。


「火石の数を少し減らす。火力を抑えられるはずだ」


 セイナディカでは火力は一定に保たれるため、鍋の位置をずらして調整しているという。今回も同じようにすると思ったのだが、アリアスは時間がかかると判断して、別の方法を考えたようだ。


「どうなるか楽しみだね」

「そうだな。ま、失敗しても次がある」


 米もどきが炊き上がるのを待つ。出来上がりが失敗でもアリアスが言う通り何度でも試せばいい。

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