第91話
スリーに贈り物を渡すことができた安堵から身体の力が抜けた。奏は脱力してソファに身体を投げ出した。
スリーの前でだらしない恰好をするのはいかがなものかと思うが、緊張感やら達成感やらで一仕事終えたように身体が強張っていた。
そんな奏を見てスリーがくすりと笑う。
「そんなに緊張したの?」
「セイナディカの風習って色気がありすぎるよ……」
恋愛初心者にはハードルが高い。療養するために異世界に渡って、いまさら恋愛に現を抜かす日がこようとは。
「カナデは恋愛に積極的な気がするけど」
「え? そんな行動した覚えがないよ」
「そうかな。俺を抱きしめ返してきたり、瞳を褒めて口説いてきたりしたと思うけど。それに俺のためにご令嬢と戦ってくれるんだよね」
奏はいろいろ思い出して顔から火が出そうだった。恋愛に積極性を発揮した結果というわけではないので居たたまれない。
(あれはスリーさんが王子様みたいになったからで!)
日に照らされて、スリーの瞳と髪が変化した。いつもと違う雰囲気に奏は見惚れて、気がつけば何かに操られたようにおかしなことを口走っていた。制御不能に陥ったといっていい。
「あれはスリーさんが全部悪いよね! 突然王子様みたいになって反則だよね! 見惚れても仕方ないよね!」
「王子様で反則ってよくわからないね」
「髪は金色でキラキラしていて、瞳はルビーみたいに綺麗で吸い込まれそうだった。今みたいな感じに……。あ、ダメ! こんなの見たらまた操られちゃう!」
「俺にそんな力はないよ」
「なんでだろう。王子様なスリーさんには逆らえないっていうか……」
ハッと気づけば、王子様化したスリーが眼前に迫っていた。
(あれ? なんかさっきからスリーさんに突っこまれてない?)
奏は心の中で、スリーに文句を喚いていたつもりだったが──、
「カナデにそんな風に思われていたなんて驚いたね。俺は王子様ってガラじゃないよ」
「え、もしかして聞こえていた?」
「カナデは普通に話していたと思ったよ」
心の声はすべて洩れていた。
「……やっぱりスリーさんは私を操っていると思う」
「どうして?」
操られているとでも思わないと、この状況で逃げ出さないでいる自分はかなりどうかいている。
スリーが至近距離で見つめている。睫毛まで金色に輝いているのが見て取れるほどの近さだ。恋人になった今でもまだ慣れない距離だ。
「カナデは俺を煽っているの?」
「そんなつもりは……あるのかも」
全面的に否定し切れない。耳元でスリーに囁かれて、吐息が耳をくすぐっているというのに、もっと触れあいたい、と思ってしまった。
今までのように慌てて逃げ出さない奏に気分を良くしたスリーが、顔中至るところに唇を這わせてくる。くすぐったさに奏が身をよじらせると唇を塞がれた。
「っ、あ……」
息をつくと声が漏れそうになる。奏は流石に我に返ったが、スリーはもっと深く唇を合わせてくる。
心地よさに弛緩した身体を苦しいくらい強く掻き抱かれた。
「カナデ、今日は本当にどうしたの?」
積極的すぎる奏にスリーが疑問を抱くのも無理はない。スリーに迫られると、嫌だと思っていないのに本能的に逃げていた。
今はその本能が鳴りを潜めている。スリーの赤い瞳に奏は完全に捕らわれてしまった。
「スリーさんは私のどこがいいの?」
前々から思っていた疑問が口を突いて出てきた。美人ではないし。男に間違えられることもしばしばだ。どこに好かれる要素があったのか知りたかった。
「……難しい質問だね。どこがというよりは、必死に生きようとしているカナデを守りたいと思った。カナデが聞きたい答えとは違うかも知れないね」
スリーから抽象的な答えが返ってきた。確かに聞きたかった答えとは違うが、スリーの本心は奏に愛されているという実感を与えた。
最初からスリーは奏を守ろうとしていてくれた。これから何があっても守ってくれるという安心感は、逆に奏の心を大きく掻き乱す。矛盾している感覚に襲われて慄く。
「スリーさんは私を殺す気?」
「穏やかじゃないね。本当に今日のカナデはいつもと違うよ」
「胸が苦しいよ。好き過ぎてどうにかなりそう……」
そう言った瞬間、スリーに唇を奪われた。それまでの優しい触れあいではない。激しく貪られる。口腔を内側から蹂躙されて、奏は息を乱した。
「……これ以上、煽らないでくれ」
燃えるようなスリーの瞳とぶつかった。奏は息を飲む。スリーは苦しそうだ。必死に衝動を堪えているように見える。
噛みつくようなキスが何度も奏を襲う。
息も絶え絶えになった頃、背中にまわされていたスリーの手がある意図をもち動いていることに気づいた。奏を宥めるように触れていた手が徐々に前に移動していく。
プツ。
奏の騎士服のボタンが外された。その動きには躊躇いがない。奏が無抵抗でいると、すべてのボタンが外されてしまった。
騎士服の下は薄い下着で素肌が透けて見える。スリーの不埒な手が奏のささやかな胸に触れた。
下着の上からとはいえ、スリーに胸を触れられて奏の身体は震えた。拒絶したように反応してしまったが、触れられた喜びと興奮で震えたのだ。
「どうして拒絶しないの?」
どうしてと問われても困る。答えなど聞かなくてもわかって欲しい。ここまでされて抵抗しない意味を。
奏は潤んだ眼でスリーを見上げる。そんな奏に吸い寄せられるように、スリーの唇が奏の首筋に近づいていく。今にも触れそうになった瞬間──、
「カナデ様。リナルトさんがいらっしゃっていたようですが……」
いきなり扉が開けられ、リゼットが部屋に入ってきた。
「……出直してまいります」
ソファでスリーに抱かれている奏と目が合うと、リゼットはそそくさと目を反らした。後退って部屋を出ていく。
(ぎゃああー! リゼットに見られたぁー!)
奏は、ボタンが外されて前が全開になってしまっている騎士服を慌てて掻き合わせると、ソファにうつ伏せに丸まって羞恥に身を震わせた。
冷静になって、とんでもないことをしでかしたと、スリーに顔を向けることも出来ない。
(ソファで何をしようとしていたの!?)
人を好きになると馬鹿になる。理性も飛ばしてしまうとは、なんて恐ろしい病なのか。
「カナデ。リゼットを呼んでくるから、その間に少し落ち着いて」
スリーが宥めるようにポンポンと肩を叩いてくる。奏はスリーから顔を隠したまま微かに頷いた。