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第89話

 遠征までは十日。時間あるようであまりない。

 遠征に必要なものはリゼットが用意してくれる手筈になっている。そうすると奏はほとんどすることがなかった。

 フレイも騎士団で遠征準備に追われて忙しく、訓練自体しばらくお預けだった。

 ドラゴンと戦う予定があるわけでなし、いまさら鍛えても仕方ないわけで、訓練については休みで問題はなかった。どうせ戦うことになっても、足手まといにしかならないことはわかりきっている。


(暇だな)


 周りは慌ただしい。ゼクスは当然寝る間もないほど忙しい。そしてリゼットも遠征の用意で意外と忙しい。

 暇を持て余しているのは奏だけなのだ。


(そう言えばシェリルは何しているのかな)


 シェリルはきっとゼクスの元にいるはずだが、殺人的に忙しいゼクスが相手をしているかは疑問だ。

 休まないゼクスに強制的な休憩を取らせる要員として、常駐しているらしい。

 結局、何の役にもなっていないのは奏だけだった。


コンコン


 部屋の扉がノックされた。奏は空しくループさせていたネガティブ思考を中断する。応じれば、スリーが怖い顔をして訪問者の来訪を告げた。取り次ぎの確認をしてくる。


「カナデ。鍛冶屋が来ている」

「あ、リナルトさんかな」

「部屋に通すのか?」

「うん。そうして」


 奏がそう言った瞬間、スリーの眉間に皺が寄った。すごく珍しい反応だ。仕事中の怖い顔は通常なので気にしていなかったが、この反応は──。


「えっと、スリーさんには後でお話が……」

「今は駄目なのか?」


 スリーの口調は固い。仕事中のスリーは固い口調が常だが、奏と話すときはもっと砕けている。本当にどうしたのだろう。


「今はちょっと……。リナルトさんを待たせたら悪いよね」


(スリーさんが不機嫌?)


 リナルトが訪ねてきたということは、スリーへの贈り物が出来上がったということだ。スリーが何故不機嫌そうなのか見当はつかないが、リナルトを追い返すわけにはいかない。出来上がりを楽しみに待っていたのだから。


「……同席していいか?」


 それは断固拒否だ。スリーに知られては今までの苦労が水の泡。サプライズは大失敗に終わってしまう。

 けれど、断ることは難しそうだ。


(どうしよう)


 スリーの不機嫌はひどくなっている。内心ひやひやしていると──、


「すまない、カナデさん! あまり時間をかけていられないからいいかな?」


 リナルトが部屋に乱入してきた。少し焦っているようだ。


(ちょっとー!! どうしてスリーさんは剣を抜いているの!?)


 スリーの殺気がリナルトを直撃した。リナルトが悲鳴を上げて、慌てて奏の後ろに隠れる。


「お、俺は何かしたかな!?」


 リナルトが動揺して、奏に助けを求めてくる。ますますスリーの殺気が強くなる。

 ツカツカと奏の側までやってくると、奏の背後に縮こまっていたリナルトを引きずり出す。剣を突き付けてリナルトを斬ろうとする。


「スリーさん! リナルトさんを斬っちゃ駄目!」


 奏はスリーの腕を押さえた。渾身の力で押さえるが、スリーは奏を腕にぶら下げたままリナルトに攻撃を繰り出す。

 振り回されて投げ出された奏がへたり込んでしまうと、リナルトがスリーの攻撃を避けながら猛抗議する。


「カナデさんに乱暴を働くなんて信じられない! 恋人は大事にしろ!!」


 リナルトの抗議は間違っていないが、自分が襲われていることを忘れている。


「……リゼットに言い寄っている鍛冶屋じゃないのか?」

「は? ……まさか、ユージーンと間違えられた!?」


 リナルトが驚愕してピタリと動かなくなった。まだスリーの攻撃は続いている。無防備にも程がある。

 リナルトが斬られると奏は目をつぶって震える。


「すまない。勘違いしたようだ」


 スリーが謝罪の声が聞こえて、奏が恐る恐ると目を開けると、スリーはリナルトを切る寸前で剣を止めていた。かなりギリギリだ。


「ユージーンさんと間違えた?」

「リゼットが辟易していた。まさかカナデを訪ねてくるとは思ってもみなかった」


(あれ?)


 ユージーンがリゼットに迷惑をかけているから怒っているというわけではないようだ。そもそもリゼットはこの場にいない。スリーがリナルトをユージーンと勘違いしていても排除する必要は全くない。


「国の英雄は嫉妬深いんだな。カナデさんほど可愛ければそれも仕方ないか」


 リナルトはユージーンに間違われて攻撃されたというのに、落ち着いてそんなことを言い始めた。

 常日頃からユージーンを相手にしているだけに懐が深いのか、スリーの謝罪をあっさり受いれてしまっている。命の危険にさらされた人とは思えない。


「嫉妬?」

「カナデさんは鈍いなぁ。ユージーンが今度はカナデさんを口説こうとしていると勘違いしたんだよ」


 スリーが不機嫌だったわけだ。ユージーンの素行の悪さはリゼットから聞いているのだろう。

 スリーは護衛として奏を守ろうとしたようだ。個人的な嫉妬も混ざっていてわかりにくいが。


「ユージーンはどこまでも迷惑な奴だな。ああ、カナデさん。早くしないとユージーンが乗り込んでくるかも知れない。のんびりしていられないよ」

「え? 乗り込んでくる? 今度はスリーさんだって手加減はしないと思うよ」

「だよなぁ。そういうことだから」


 リナルトが目配せしてくる。スリーの存在をどうにかしろと言っている。


(ごめんね。スリーさんの同席は認められないよ)


 心の中で謝罪する。奏はスリーを容赦なく追い出すことにした。


「スリーさん。もしかしたらユージーンさんが乗り込んでくるかも知れないから部屋の外で見張っていてくれない?」

「だが……」


 ユージーンに懸念はあるが、リナルトと二人きりにさせることにも同意できないらしい。


「俺は仕事でカナデさんに話があるだけですから大丈夫ですよ! それに俺にはすっごく可愛い恋人がいるので! 英雄はユージーを排除してください!」


 煮え切らないスリーをリナルトがいい笑顔で追い出した。


「本当にごめんなさい。スリーさんも仕事なので……」


 スリーがしぶしぶと部屋を出ると、奏はリナルトに謝罪した。


「ああ、英雄はカナデさんの護衛をしているのか。さすがに怖かったよ」


 リナルトが苦笑する。ほとんど嫉妬による犯行ということはとっくにばれていた。護衛がついででは笑われても仕方ない。


「冗談じゃなく、ユージーンが俺を追ってきそうなんだよ。早速で悪いけど、指輪を選んで欲しいんだ」


 リナルトが指輪を納めていた箱の蓋を開けて見せてくれた。そこには二つの指輪が並んでいた。


「二つともユージーンの力作なんだよ。けれど、どちらも選び難くてね。それでカナデさんに選んでもらおうという話に落ち着いたんだ」


 二つの指輪はどちらも同じように見える。漆黒の色合いは美しく、素晴らしい出来栄えだ。自他共に認める変態ユージーンの腕は本物だった。


「手に取って見て。違いが判るから」


 奏の疑問を感じ取ったリナルトが勧めてくる。奏は遠慮なく指輪に触れた。金属の冷たさはあったがそれは一瞬で、奏はしげしげと指輪を見つめた。


(あ、光っている)


 漆黒と思われた指輪は日に翳すと星の光のように瞬いていた。よく見ると幾何学模様のような筋がいくつもある。

 銀色、金色、紫色。それぞれがキラキラと光りを放っている。その美しさに奏は見入った。


「カナデさん。感動しているところ悪いけど……」


 リナルトが申し訳なさそうに眉を下げる。ユージーンが追いかけてこないかそわそわして落ち着かないらしい。


「……急いで選ぶね」


 リナルトの不安が伝わってきて、奏は真剣に指輪を選ぶために目をこらした。急いで選ばなければいけないが妥協をするつもりは一切ない。

 もう一つの指輪を手に取る。こちらも漆黒に見えるが、同じように日に翳すと幾何学模様の筋が光って見えた。この指輪はキラキラと輝く光は放っていない。


(なんだろ。金色に見えなくもないけど、赤色なのかな?)


 不思議な色だった。角度を変えてみると色が違って見える。模様の筋に沿って色の道ができていく。

 奏は面白くて何度も角度を変えては指輪を観察した。結局、金色なのか、赤色なのか、はっきりとしない。


(なんか、スリーさんっぽい)


「リナルトさん、決めたよ。この指輪にするよ」


 奏は、二つ目の指輪をスリーの贈り物にすることに決めた。

 一つ目のキラキラした指輪も捨て方かったが、これはどちらかと言えばゼクスのイメージに近い。ゼクスに贈り物をするなら迷うことなく一つ目の指輪を選んだ。


(でも、スリーさんにこれ贈るのかぁ)


 二つ目の指輪に決めたものの、奏は頭をよぎった恥ずかしい思考に羞恥を覚えていた。


(私の中にスリーさんがいるみたいな指輪って、恥ずかしすぎる)


 それをスリーに手渡しで贈ることになる。先程「後で」と約束をかわしてしまった。自分から言い出した約束を破るわけにはいかない。


「カナデさんは、やっぱりそっちを選んだのか。ユージーンの予想が当たったよ」


 リナルトが気持ち悪そうに顔をしかめる。ユージーンの直感はスリーをつぶさに観察したところからきている。気持ちの悪さは奏も同じだった。


「早速渡してあげたらどう?」

「うん。そのつもりだけど」


 リナルトは訳知り顔だ。この指輪に奏と同じ感想を持ったのだ。


「いいなぁ。俺も彼女から贈り物して欲しいな」


 そう言えばリナルトは「恋人ができた」と言っていた。指輪の発注は一週間ほど前の話で、その時にはリナルトに恋人はいなかったはずだ。


(リゼットが紹介したのかな)


 それにしてもまだ一週間しかたっていない。いくらなんでも早過ぎはしないだろうか。

リゼットの手腕が恐ろしい。本当にリゼットは一体何者なのか。


「さて、ユージーンが英雄に殺されないようにさっさと退散するよ。カナデさん、指輪の調整が必要だったら店に連絡してくれれば、いつでも直すから」

「ありがとう。リナルトさん、ユージーンさんにもありがとうって伝えてね」

「わかった。伝えておくよ」


 リナルトがさわやかな笑顔で帰って行く。結局ユージーンはリナルトを追ってはこなかった。たぶんリナルトの行動が早かったために間に合わなかったのだろう。

 スリーがユージーンと対峙することがなくて良かった。間違いなくユージーンはスリーに排除された。それも過激な方法で。

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