第88話
「はじまりは各地で起こった大量殺戮事件だった」
奏はゴクリと唾を飲み込んだ。リゼットが恐怖したというから覚悟をしていたつもりだったが甘かった。
それにしてもゼクスは容赦がない。「善処する」と言いながらいきなりこれだ。
「犯人は不明。近隣国では次々と人々が殺されていった。町や村が数多く消滅した。そして、ついに我が国にも魔の手が伸びた。次に襲われる場所を特定することは不可能で対処することはできなかったようだ」
ゼクスが痛まし気に表情を曇らせる。大昔のこととはいえ、実際にあった出来事だからだろう。
「調べていくうちにわかったことは、その殺戮者は何かを追っているということだった。襲われる場所が特定できなかった理由は、殺戮者が目的の場所をまっすぐ目指してはいなかったからだ」
それはランダムに襲ったということだろうか。知能犯だったのかも知れない。
(うう、それにしても追ってくるって怖すぎる……)
何を追っているにしても、徐々に近づいてくることを想像すると身の毛もよだつ。
「それから間もなくして王城が襲われた。その頃、近隣国から大使が訪れていた。どうやら犯人はこの大使を追っていたらしい。犯人は大使を殺害すると去って行ったが、運悪く居合わせた多くの人々は大使とともに殺された。その中には大使をかばった王族が含まれていた」
それは復讐だったのだろう。犯人の目的は果たされたが、結果多くの人々の命も理不尽に奪われた。
「犯人はドラゴンだった。大使を殺害した後、飛び立っていく姿が目撃されている。そして、ドラゴンはある国を壊滅させた」
国を壊滅させるなど想像もつかない。
「今はデスバリ国といったか。俺は訪れたことはないが、そこ頃の爪痕はまだそこかしこに残っているというな」
一応は復興したということだろうか。
「ドラゴンはその国にどんな恨みがあったのかな……」
「詳しいことは分からないが、ドラゴンを使役して戦争に使っていたようだ。大使を追っていたドラゴンだが、目撃者によれば満身創痍で殺戮を行っていたらしい」
セイナディカはまったくのとばっちりではないか。たまたま大使が訪れたばかりに大変な目にあわされてしまった。
しかも賠償を要求しようにも原因の国はドラゴンに滅ぼされてしまっている。
「どうして生贄って話がでてくるの? セイナディカは悪くないじゃない」
「当時の王族は殆ど殺害されたが、生き残りの王子がいたようだ。生贄はその王子の一存だったという。ある時、我が国にドラゴンが再び現れた。大量殺戮を行ったドラゴンとは違ったようだが、ドラゴンに恐怖を抱いていたセイナディカは生贄を捧げることでドラゴンの怒りを買わない努力をしたようだ。そこに至るまでの経緯は伝わっていない。ただ生贄を捧げたからなのか、ドラゴンは大人しくなったようだ」
それはただの偶然ではないだろうか。ドラゴンが生け贄を捧げられたから大人しくしていたとは思えない。
やはり片側からしか見てない事実だけでは、生け贄については判断できそうになかった。
「うん。やっぱりドラゴンと会話をしてみないと!」
「そうなるか。……まあ無理ということもなさそうだ」
「え?」
「殺戮を行ったドラゴンは人型だったのだろう。最後に目撃されるまで犯人がドラゴンであることが分からなかった。ドラゴンは人型になって会話も可能ということだ」
「む、それは考えなかった」
奏は唸った。ドラゴンが人型になるという部分は普通に受け入れてしまっていた。奏の中では常識で疑問の余地はなかったのだ。
「だが、会話が可能と仮定はしたが安心はできないぞ」
「それは出たとこ勝負で!」
〈ドラゴンの花嫁〉を創作した人の意図は不明だが、ドラゴンを悪いものだと捉えていなかった。
それは奏に少しだけ希望を与えていた。