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第87話

 奏は〈ドラゴンの花嫁〉というおとぎ話を聞き終えて脱力した。


「〈ドラゴンの花嫁〉は日本人作だと思うんだよね」


 物語の最初の出だしと締め括りの言葉が、日本の昔話によく使われているからだ。


「日本人作? カナデと同郷の人間が考えたと言うのか?」

「『昔々あるところに』っていう話のはじまり方から怪しんではいたけど、最後もしっかり『めでたし、めでたし』で終わっているよね。セイナディカのおとぎ話がみんなこうなら話は別だけど」


 馴染みの言葉を異世界で聞くことになるとは思わず、仰け反るほど驚いてリゼットを訝しがらせてしまった。


「いえ〈ドラゴンの花嫁〉特有のものだと思います。それから実は〈ドラゴンの花嫁〉には独特の言葉がよく使われています。意味がよくわからないので省くことが多いのですが……」


 〈ドラゴンの花嫁〉を語る上で必要がないという言葉が多用されているようだ。意味がわからないような言葉をわざわざ使うということは何か意図があったのだろうか。


「例えばどんな言葉なの?」

「『ホトケノカオモサンドマデ』、『ハイスイノジン』でしょうか」

「どこでそんな……」

「姉妹の争奪戦を繰り広げる話で使われていますね」


 一体、村の若者たちがどんな戦いを繰り広げたのか、想像もつかないが、壮絶だったに違いない。


 「ホトケノカオモサンドマデ」=「仏の顔も三度まで」で、「ハイスイノジン」=「背水の陣」ではなかろうか。


「それ、諺だね……」


 これで〈ドラゴンの花嫁〉が日本人作と確定した。


「『コトワザ』とは呪文でしょうか?」

「ううん、違うけど、リゼットはそう思っていたの?」

「おとぎ話には不思議な言葉がよく使われているので、その類だと思っていました」


 聞きなれない人からすれば「諺」は呪文と同じように不思議なのだろう。

それにしても、リゼットの記憶力に舌を巻いてしまう。細かいことは忘れたと言いながら、よどみなく語っていた。

 「諺」については覚えるのは難しいだろうし、そもそも覚える意味のない言葉として捉えられていたはずだ。大概の語り手は流していたと思われる。

 リゼットが正確に覚えていたからこそ、〈ドラゴンの花嫁〉のルーツがわかったといえる。


 改めて〈ドラゴンの花嫁〉を聞き終えたゼクスが言った。直感で感じていたことが形になりはじめたようだ。


「異世界人が考えたとすると、この話は史実に基づいていると考えられるな」

「王様もそう思う?」


 ずっと昔に日本人が召喚された証拠だった。それは日本人が再び召喚されるという前提で、確実に何かを伝えようとしていた。


「そうだな。そうなると王家には異世界人の血が混じっている可能性は否定できんな」

「ええ!?」

「王子と結婚したという姉ルカが、王家の先祖である〈ハルカ〉と同一人物だと推測すればだが。〈ハルカ〉という女性は黒髪黒眼であったとも言われている。〈ハルカ〉に妹がいたと聞いたことがないが、案外それに近い人物がいたのかも知れない」


 可能性を上げればきりがない。ゼクスはさして重要視していないのだろう。例え異世界人の血が流れていたとしても、特に問題があるとは思っていないようだ。

 奏もそれについてはゼクスと同意見だった。それよりもっと重要な問題があるからだ。


「史実に基づいているとすると、おかしな点があるな」

「そうだよね。最後はドラゴンがいいとこどりしているんだよね」

「王子はドラゴンを倒していないしな」

「王様! そこは突っこんだら可哀想でしょ! 倒せるわけないんだから!」

「二人とも何を言っているのですか? 〈ドラゴンの花嫁〉ですから、ドラゴンが主役でしょう?」


 リゼットの言うことは最もだ。けれど、一度引っかかりを覚えてしまうと何かが違うと思ってしまう。物語としてはそれでいいはずだが……。


「う~ん。王子はドラゴンを倒せなかったけれど、もし倒せたら、良いドラゴンの出番がなくなるよね。うん? そう言えば、良いドラゴンは、その時まで何していたのかな。リゼット、その辺は話を省いていないよね?」

「はい。良いドラゴンの登場は王子が倒れてからですね」

「主役のはずなのに初登場がそこ? もうほとんど話が終わりじゃない」


 ドラゴンは王子が危機一髪のところで颯爽と登場してヒロイン達を救っている。十分に主役の役割を果たしていた。

 けれど、実施ヒロイン達は戦っているドラゴンを放置して逃げ帰っている。最後に登場してそれでは扱いが結構酷いと思うのは気のせいだろうか。

 しかもドラゴンは命を救ったことを自己申告している。ヒロイン達は命の恩人の安否が気にならなかったのだろうか。


(やっぱりドラゴンのイメージが悪いよね)


 本当に最後の最後で、セラがドラゴンの花嫁になっているからいい話にまとまっているが。


 釈然としない思いでいると、ゼクスが意外なことを言い出した。


「悪いドラゴンは割と最初から登場しているぞ」

「それだと悪いドラゴンも主役ということになるけど……」

「主役なんだろう」

「もしかして、あえて悪いドラゴンを倒させた、とか?」

「そうだろうな。それほど史実が最悪だったのだろう。ドラゴンの悪い印象を払拭できないほどに」


 たしかにドラゴンを勇者に仕立てたいだけなら、倒すべき敵を同じドラゴンにする必要はない。ドラゴンが悪と決定づける何かがあって、良いドラゴンだけ登場させることに無理があったのだろう。


「悪いドラゴンは、良いドラゴンの弟という設定だったな。兄が狂ってしまった可哀想な弟を助けるために、やむを得なく手を下す。同情心を煽る構成だな」

「うん。悪いドラゴンの印象が変わるよね。仕方なかったって感じで」


 良いドラゴンに視点を当てるより、悪いドラゴンのイメージを払拭させたかったというなら、良いドラゴンの登場が限定的な理由が納得できた。

 裏を返せば〈ドラゴンの花嫁〉は悪いドラゴンを主役とした物語なのだ。


「これはもう印象操作といっていいだろう。かなり時間をかけた計画だが。おとぎ話であることも計算のうちなら凄いことだ。小さい頃に聞いたおとぎ話に悪い印象はあまり持てないはずだからな」


 ただのおとぎ話にそんな意図が隠されていたとは驚きだ。


「これでドラゴンを意図的に物語に登場させていない理由がわかったな」

「そうだね。確実に〈ドラゴンの花嫁〉だけを広めたかったんだろうね」


 ドラゴンが登場する物語が多ければ多いほど、その印象も多種多様になってしまう。それが悪いわけではないが、〈ドラゴンの花嫁〉の作者はそれでいいと思えなかったのだろう。多くの物語と共に埋もれさせたくない理由があったのだ。


「そういえば、王様はどこにおかしな点があると思ったの?」

「セラがドラゴンの花嫁になったことに違和感を覚えた。確かにセラを攫ったドラゴンと助けたドラゴンを比べるべくもないが、明らかに人間ではないドラゴンと結婚など、よく決断できたものだ」

「ゼクス様、それは穿ちすぎでは?」

「おとぎ話として考えるならそうだが、作者の裏の意図を知ってしまえば、そういう見方をしておかしくはないと思うが」


 ゼクスも奏と同じようなことを考えたらしい。セラとドラゴンの結婚がこの話の最後の印象を左右している。悪いドラゴンの印象がガラリと変わり、物語の印象がよくなった理由はこの出来事のお陰だ。


(言い方は悪いけど、全部セラのお陰だよね)


 おとぎ話として聞いていれば何の問題もない話だ。けれどよくよく考えていくと、主役のはずの良いドラゴンは、実は気づき難いところで問題発言をしている。

 それは、セラを助けたことをネタに、セラではなく、ルカを花嫁にしたいと強要していることだ。

 伴侶が見つからないと狂ってしまうという事情はわかるが、セラに惹かれていながら、セラが弟の伴侶候補という言い訳をして、ルカを花嫁にすることを望んだのだ。

 そして、王子の怪我を直して駆け引きに利用したのかも知れない。王子がルカを好きになっていなかったら、ルカはあっさりドラゴンに差し出されてはいなかっただろうか。

 セラが命の恩人であるドラゴンに恋心を抱いて、わざわざルカ達を追いかけてこなければどうなっていたか。


(なんか、ルカが生贄っぽい……)


 嫌な考え方だ。セラがドラゴンの花嫁にならなければ、結局はルカがドラゴンの花嫁にならざるを得なかった。一度はルカも覚悟を決めようとしていた。そうしなければドラゴンは狂っていたから。

 ドラゴンが如何に脅威か、悪いドラゴンの所業ではっきりしている。良いドラゴンも紙一重の存在なのだ。


(頭が沸騰しそう)


 キリがない。奏は一旦このモヤモヤを置いておくことにした。


 奏が考えに没頭している間もゼクスとリゼットの会話は続いていた。


「リゼットならドラゴンと結婚できるか?」

「そんな恐ろしいことを言わないでください!」

「そうだろう。だからこそ、セラの決断が不自然だ。ドラゴンの脅威を知っている者は決して花嫁になどならない」


 ゼクスとリゼットの話を聞いていると、二人はドラゴンに脅威しか感じていない。良いドラゴンを印象付けた〈ドラゴンの花嫁〉を、それはそれは楽しそうに話していたリゼットは、どこに行ったのだろうか。


「リゼットはドラゴンにいい印象は持っていないの?〈ドラゴンの花嫁〉は好きそうなのに」

「私が〈ドラゴンの花嫁〉を好きな理由は、王子様との結婚に憧れているからです。ドラゴンなど二の次です!」


 それこそ意外だった。リゼットの好みは兵団の猛者のはずだ。決して王子様のような見目の良い相手ではないはずだ。

 それにしてもリゼットがここまでドラゴンに拒絶反応を示すとは思ってもみなかった。


「リゼットは小さい頃に聞かされた王家の伝承のせいでドラゴンが怖いのだろうな」

「そう言えば、おとぎ話とは真逆だっていっていたけど、どういう話?」

「楽しい話ではないぞ。リゼットが震え上がるほどだからな」

「それは聞きたくないね。でも、聞いたほうがよさそう……」


 王家の伝承ということは、ドラゴンの生贄に関する話だ。リゼットを恐怖に陥れるような怖い話を本当は聞きたくはないが、ドラゴンといずれ対峙するのなら、聞いておかないとまずい気がする。


「王様、お手柔らかにお願い」

「善処する」


 これから先は楽しんではいられそうもない。奏は神妙な顔でゼクスに手を合わせるのだった。

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