第84話
ゼクスの求婚騒ぎが一段落して、リゼットの嬉し泣きが落ち着いた頃、ゼクスがようやく要件を切り出した。
「十日後に遠征する」
「ふーん。ついにドラゴンと会うんだね」
「そうだ。カナデは余裕そうだが恐ろしくはないのか?」
「生贄になる覚悟はできているよ。黙って食べさせてあげる気はないけどね」
奏の目標は、ドラゴンに食べられないように会話を試みることだ。最終的に生贄になるという最悪な事態もあり得るが、それはあまり考えないようにしている。
奏が生贄になることをいまだに反対しているスリーは、その時にどんな行動をするか読めない。特攻も辞さない構えでいることが少し気にかかっている。
心配は尽きないが、そこはドラゴンに会ってみないことにはどう転ぶかわからない。
「カナデがドラゴンの生贄? どうなっているの!?」
「ゼクス様! 聞いていませんが!」
シェリルとリゼットが同時に叫んだ。
「二人は知らなかったみたいだね」
「教えていないからな」
ゼクスはしれっと言った。ホイホイと話せるような内容ではないが、シェリルは当事者だ。話しておいても良かったのではないだろうか。
「カナデが生贄になるといって聞かなくてな」
「え!?」
リゼットが驚き、シェリルが蒼褪めた。ゼクスはまともに説明する気がないのかと奏は呆れた。あれでは二人とも混乱するばかりだ。
「王様! ちゃんと説明してよね!」
「二人とも落ち着け。最初から説明する」
シェリルが言葉を覚えてくれたお陰で、わざわざ奏を介して説明する手間が省けた。ゼクスはシェリルの能力の高さに舌を巻いていたが、それをおくびにも出さず、淡々とこれまでの経緯を語り始めた。そこのは奏さえも知らない内容が多く含まれていた。
「ドラゴンが発見されたのは五年程前のことだ。国境付近の未開の土地を調査中に遭遇した。そこから調査は土地からドラゴンへ移ったわけだが、どうやらドラゴンは深く眠っているようだとわかり、調査は打ち切られた。脅威がないなら下手に刺激をするべきではない、という意見が大半だったからな。それに時期が悪かった。我が国は敵国から攻撃を受けていたからだ」
今でこそ戦争もなく平和そうにみえるセイナディカだったが、ドラゴンが発見される以前は、長く戦争が続くこともしばしばだった。
「そんなに戦争が多かったんだ?」
「そうだ。セイナディカは奪いたいと思わせるには十分に肥沃な土地だからな。近隣のどの国も虎視眈々と我が国を狙っていた。ただし、ドラゴン発見以来どの国も様子を見るにとどまっている。騎士団の強さが広まったということもあるが……」
「スリーさんが活躍したから?」
「ああ、スリーの隊は敵にまわしたくないと思ったな。敵国が攻めてこなくなったのはいいが、ドラゴンについては不明なことが多かった。調査に多くの時間を割くことになった。それに敵国は黙って見ているだけということがなかった。ドラゴンをけしかけて、我が国を壊滅させようという計画があったようだ。それについては計画倒れとなったらしいが。ドラゴンは周りを五月蠅くされて迷惑だったようだな。ドラゴンに手を出せばどうなるかよくわかったことだろう」
敵国がドラゴンを悪戯に刺激した。ドラゴンがセイナディカ国に進軍する際に邪魔になったという極めて下らない理由で。
迂回するという選択肢もあったというのに、わざわざ直進してまでドラゴンを攻撃して、眠りを妨げられたドラゴンの尾の一撃で壊滅したという。
ドラゴンに返り討ちに合った事実は近隣諸国に伝わったようだ。足並みをそろえたように沈黙するに至った経緯などはわからないが、一時的にでも平和となりセイナディカは戦争で失った国力を取り戻しつつあった。
しかし、ドラゴンが目覚めてしまえばどうなるかわからない。
「ドラゴンが刺激され、ときおり目覚めるようになった。ドラゴンが目覚める時、それに呼応するように地震が発生する。最初は半年、それから徐々に間隔が短くなっていった。ここ最近は数週間に一度は発生している」
ゼクスの話にシェリルは息を飲んだ。初めて聞くことばかりで戸惑いが大きいようだ。
奏は詳しい内容こそ知らなかったが、落ち着いて耳を傾けていた。
「周期が短くなっているということは目覚めが近いということだ」
「やっぱりドラゴンが目覚めたら問題なのかな?」
「そこはなんとも言えんな。ドラゴンがどういった生き物であるのか詳しく知る者はいない。ただ、敵国の戦力を削ぐ力を持っていることは脅威だ。それでなくとも地震が起こるたびに近隣では被害が拡大している。目覚めれば、それ以上の被害が予想される」
ゼクスの説明でドラゴンの脅威をあらためて実感した。王城にいてさえ地震があれば不安になる。被害にあっている人達の安否が気になった。
ゼクスが騎士団に対応させているようだが、それもきっと長くは続かないだろう。長引けば長引くほど人々は疲弊していく。
そんな中でゼクスは遠征することを決断した。思い切りのいいゼクスにしては後手に回っているようだが、そこは仕方ないことだ。ドラゴンに生贄を捧げるなど、あまり外聞のいい話ではない。例えそれが異世界人であろうと関係ない。
「ドラゴンの生贄については、王家の伝承によるところが大きい。今回は回避する方向でいるが、奏はどういうつもりか知らないが、ドラゴンを説得する気のようだ」
無茶は承知だ。けれど何もしないよりはいい。
「私の知っているドラゴンは会話可能だよ。物語でだけど……」
「物語……」
ドラゴンと会話が可能という前提で話を進めようと考えているが、奏にだって自信があるわけではない。言葉もしりつぼみになっていては、傍から見ても説得力はないだろう。
けれど、ゼクスは奏の言葉尻を捉えて何かを考え込んでいた。
「王様どうかした?」
「……セイナディカには〈ドラゴンの花嫁〉という話が伝わっている。おとぎ話といってしまえばそれまでだが……」
ゼクスもはっきりとしないのか歯切れが悪い。
「何か関係があるかも知れない?」
「ずいぶん昔に聞かされたおとぎ話だが、不思議なことにドラゴンにまつわる話を他に聞いたことがない。王家に伝わる伝承と真逆となる話で、生贄に関係ないかも知れないが……」
「王様が知らないだけじゃない?」
ゼクスは優れた王だが、巷のおとぎ話まで網羅はしていないはずだ。
「いえ、私も〈ドラゴンの花嫁〉以外にドラゴンが登場するようなおとぎ話は知りません」
情報通のリゼットでさえ、ドラゴンの登場する話を〈ドラゴンの花嫁〉以外に知らないという。
「ドラゴンって夢があると思うのに。登場させない理由があるのかな……」
奏でさえ「ドラゴン」と聞けば条件反射でワクワクとしてしまう。
小さい子に聞かせるようなおとぎ話なら、なおさら子供たちが食いつかないわけがない。普通に考えて、ドラゴンが登場する話はいくつも存在していて当然ではないだろうか。
「作為を感じますねぇ」
リゼットの言う通り、故意に〈ドラゴンの花嫁〉を広めたかったような印象を受ける。
ただ、それにしては中途半端さも否めない。
小さい頃に聞いた程度の話など大人になればすっかり忘れてしまう。それをわざわざ掘り起こそうとは思わないはずだ。本当にドラゴンが現れでもしないかぎり誰も気にしないだろう。
と、そこまで考えて奏は気づいた。広めたかったというよりは、必要なときに気づいてもらいたかったのではないかと。
「〈ドラゴンの花嫁〉ってどんな話?」
「二人の姉妹がドラゴンに嫁ぐ話だったか?」
うろ覚えらしいゼクスが首をかしげてリゼットに聞く。
「ゼクス様は適当に聞いていましたね。間違っていますし、端折り過ぎです」
「十年以上も前のことなど思い出せるか」
ゼクスが興味を引く話ではなかったようだ。
「王様は物語の内容をよく覚えてないのに、どこがそんなに気になったわけ?」
「さあな。どこといえる何かはない」
ゼクスは鋭いところがある。直感的に何かを感じたようだ。
「ふーん。また聞けば、はっきりするんじゃないかな」
「そうだな。リゼットは覚えているか?」
「はい。細かいところまでは自信ありませんが」
リゼットはそう言いながらも楽しそうだ。
奏もリゼットの笑顔につられて、〈ドラゴンの花嫁〉という物語を聞く楽しみに浮かれた。