第83話
やはり少し休んだぐらいで取れる疲れではないようだ。ゼクスはぼんやりとした頭を振った。隣でもぞもぞと動いているシェリルを抱き寄せると大人しくなった。
「起きているならカナデの部屋に戻るぞ」
「……もういいの?」
「問題を解決しないとまともに休めそうにない」
最近は眠りが浅い。それほど神経質な性格ではなかったはずだが、頻繁に起きる地震に身体が反応してしまうようだ。
シェリルとこうして休んでいる間も一度、小さな揺れを感じた。もうあまり時間はないだろう。
「それにしてもよく言葉を覚えられたな」
「苦労したわ」
「そうだな。お陰で自覚できた」
ゼクスが意味深に微笑むとシェリルの顔が赤くなる。白い肌が桃色に染まる様はゼクスの眼の保養となる。
うっとりと見惚れるような笑顔を見せつけられたシェリルは、動揺して瞳を揺らしている。
「カ、カナデのところに行くのでしょう!? 早く起きて!」
「照れているのか? 可愛いだけだぞ」
「もう! そういうこと言わないで!」
ベッドに半身を起こしただけのゼクスは寝起きの色気を纏っていた。自覚なく色気を放つゼクスは、シェリルに触れようと手を伸ばしたが逃げられる。さっさと寝室から抜け出されてしまった。
足早にカナデの元へ向かうシェリルの後を追うために、ゼクスはベッドから重い身体をノロノロと起こした。
◇◇◇
「あ、シェリルが帰ってきた」
「まだ今日ですねぇ」
シェリルが一人で戻ってきた。奏とリゼットはニヤニヤとした笑顔でシェリルを迎え入れた。
強引にゼクスに連れ去られたわりには、早く戻ってきた理由を知りたくてうずうずする。明日にならないと戻らないと思っていただけに非常に気になった。
「シェリルは王様をどうしたの?」
「ど、どうって何!?」
「あ、間違えた。王様はどうなったの? あれ? これも違うか……」
「カナデ様! 二人の関係は進展したのですか!? が正解ですよ!」
「あ、それそれ。で、どうなの?」
話があると言いながら、ゼクスは結局何も話さずにシェリルを連れ去って行っただけだ。
待ちぼうけをくわされた奏が、シェリルに事情を聞きたくなるのは仕方ないだろう。
ただ、獲物を前にした狩人のように目を光らせてしまったのはご愛敬だ。少しリゼットの影響がないともいえないが。
しかし、シェリルを追いかけてきたゼクスに追及の手を阻まれる。
「シェリルに詰め寄るな」
「王様、いたの?」
まあゼクスがシェリルを追ってこないはずはないのだが。
「邪魔されたとでも言いたげだな」
「えーと、それは王様だと根掘り葉掘り聞けないから」
「何を聞くつもりだ……」
ゼクスは頭痛がするというような顔をしている。ただいつも疲れているゼクスだからそう見えただけかもしれない。
「王様がシェリルを連れ去ったわけとか、どうして明日じゃないのか、とか?」
「カナデは意外と下世話だな」
「そうかなぁ。そこは男女のあれこれが気になるお年頃なので」
ゼクスとシェリルの恋の行方は非常に気になる。出会いの異常さのわりに展開が早すぎるというのも拍車をかけた。
「俺もお前たちのあれこれが気になるぞ? スリーがお前をどんな風に口説いたか。面白い話が聞けそうだな」
「お、思い出させないでー!!」
調子に乗ってゼクスを挑発し過ぎて逆襲にあった。奏はスリーとのあれこれを思い出して身もだえた。
「ううう……。王様のいけず、少しくらいいいじゃない」
「リゼットの前で、その少しを話したら何倍にも膨れ上がるだろうが」
「失礼ですねぇ。二倍くらいにしておきますよ。さあさあ、白状なさってください!」
「……シェリルがいいと言えばな」
「な、どうして私に振るの!?」
ゼクスにそっくり丸投げという荒業を出されて、シェリルが気色ばむ。シェリルにキッと睨まれているゼクスは知らん顔だ。
「……そんな眼をしても、可愛いだけだぞ」
「はっ! いま、ゼクス様は可愛いと言いましたか!?」
リゼットの指摘にゼクスはしまった、という顔をする。無意識に言ってしまったらしい。珍しく顔を赤くして手で口元を覆う。
「ゼクス様! 結婚ですか!? しますよね!?」
「気が早い!」
「否定しないのですか!?」
「リゼット、落ち着け!」
興奮しているリゼットをゼクスが宥めすかす。ゼクスが少し口を滑らせただけでこの騒ぎだ。
「王様が渋るからだよ。情報は小出しにしないと」
「次は善処しよう」
「えー、次があるとは思えないけど」
もうリゼットの中では、ゼクスの結婚は決定事項になっているはずだ。
奏に手遅れを指摘されたゼクスは嘆息している。はっきり否定しないから仕方ない。
今度はシェリルがリゼットを必死に宥めている。ゼクスは思案でもしているのかシェリルの慌てぶりを放置している。
(王様が否定しないってことはひょっとして……)
二人は予想以上に進展しているかも知れない。奏が思わずにやけそうになっていると、シェリルが決定的な爆弾を落とした。
「まだ返事をしていないわ!」
シーンと場が静まり返った。
「ちゃんと求婚しているじゃないの、王様は」
「うっ、うっ……」
「正直に言ったらリゼットも大騒ぎしなかったんじゃない? って、リゼット泣いちゃったよ」
いち早く状況を把握した奏が冷静にゼクスを責めた。ただ、口で言うほど悪くは思っていないので、ゼクスに向ける視線は優しくなってしまう。
「すまん」
「王様の結婚って一大事でしょ。リゼットにはちゃんと報告しないと。あ、シェリルからいい返事もらえたらね!」
「ああ。振られなければな」
「えー、それはないでしょ」
シェリルの困った顔を見ていればわかる。ゼクスに応える気持ちは十分ありそうだ。
ただ、気持ちを固めるには時期尚早なのかもしれない。知り合って間もない二人だ。急ぐ必要はないだろう。