第81話
奏はすべてをシェリルに話して許されたことで、心が少しだけ軽くなっていた。疎ましく感じていた時とは比べられないほどシェリルを溺愛して、毎日甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
そのシェリルといえば、信じられない速度でセイナディカの言葉を覚えていき、奏を驚かせていた。
「シェリルって天才!?」
「まさか! 語学が得意なだけよ」
語学が得意と謙遜しているが、それだけではないはずだ。でなければ、たった数日で今まで全く聞いたことがない言語を覚えられるわけがない。
奏はシェリルの凄さに脱帽する。英語すらまともに覚えられない奏とは大違いだ。
「シェリル様は素晴らしいです。もう言葉を覚えてしまうとは!」
「そうだよね。私は全く覚えられないよ」
セイナディカの言葉すべてが日本語として翻訳されてしまうため、奏が言葉を覚えることは困難なのだった。
けれど、そういった理由がなかったとしてもシェリルと同じように言葉を覚えられるとは思えなかったが……。
「これで王様と仲良くなれるはず……」
意外と頑固なゼクスが、言葉を覚えたシェリルにどう翻弄されるか見ものだと奏はほくそえんだ。
ニヤリとする奏を不思議そうに見ていたシェリルだったが、ゼクスの来訪を知ると嬉しそうに瞳を輝かせる。
(噂をすれば王様が!)
いいタイミングでやってきたゼクスに、さらに奏はにやけてしまう。驚いたゼクスを早く見てみたい。
「カナデ、話がある。少しいいか?」
「シェリルに会いに来たんだよね」
「何故だ?」
奏はリゼットの気持ちがよくわかった。残念な人を見るような眼でゼクスを見る。
リゼットも同じように感じたのか、奏よりあからさまに残念がっている。その視線は心なしか冷たい。
ゼクスは二人のそんな視線にさらされても何も感じていないようだ。
「私はゼクス様の教育を間違えたのでしょうか……」
ゼクスはリゼットの呟きを無視してソファに身体を沈めた。ドカッとやや乱暴にシェリルの隣に座ると、シェリルがビクッと反応する。
「……悪い。少し疲れているようだ」
「ゼクス。働きすぎよ。少しは休んで」
「ああ」
ゼクスはシェリルに生返事を返す。それを聞いてシェリルが憤慨する。
「今すぐ寝室へ行って!」
「……」
「話をするだけなら、休んでからでもいいでしょ!?」
半ば凭れかかるようにソファに沈んでいたゼクスは、ガバリと身体を起こした。唖然としてシェリルを見つめる。
「言葉が……」
「ゼクス! 聞いているの!?」
「き、聞いている。言葉を話せるようになったのか?」
「覚えたのよ! そんなことより休息をとることが先よ! そんなに疲れているから人の話をまともに聞くことができないのよ!」
ゼクスが驚きのあまり固まった。理解が追いついていない様子だ。
シェリルが涙目になって黙り込んでも、まだ茫然としている。シェリルに怒られたということに気づいているかどうかも怪しい。
「わ、私がゼクスを心配するのは迷惑なの……」
ゼクスを怒鳴りつけて興奮していたシェリルだったが、ゼクスの反応の悪さに徐々に顔色を悪くしていく。
(王様はちょっと驚き過ぎじゃない?)
確かにゼクスが驚く様を見たいとは思っていたが、なんだか期待していた反応と違う。このままだとシェリルが可哀想だ。せっかくゼクスのために言葉を覚えたようなものなのに。
シェリルがゼクスを叱る姿を、ニヤニヤしながら傍観している場合ではないかもしれない。
そろそろ助け船を出すべきか、と奏が考えていると、固まっていたゼクスがようやく覚醒する。
「そうか、覚えたのか! 心配させたな。すぐ休むからシェリルも来い!」
「え?」
ゼクスは笑みを浮かべるとシェリルを抱き寄せた。突然のことにシェリルは抵抗もできず、ゼクスに連れ去られた。
「……ねぇ、リゼット。これってどういうこと?」
「ああ! ゼクス様がようやく自覚を!」
「ええ? あれで?」
何だかよくわからない怒涛の展開だった。奏もあまりのことに困惑する。
ゼクスがやっと休む気になってくれたのはいいのだが、シェリルを連れて行く必要性があったのか疑問で、それが寝室ともなるとシェリルの身が心配である。
「本当に休むだけかなぁ」
「ゼクス様は野獣になるのでしょうか!?」
「それはまずくない?」
「ああ! シェリル様が危ない!」
「どんな妄想しているのかな、リゼットは……」
なにがゼクスの琴線に触れたかはわからない。シェリルが言葉を覚えただけで、まさかこんな展開になるとは……。
ゼクスとシェリルが仲良くなればいいという程度の考えでいたので尚更だ。
奏は隣で妄想を展開中のリゼットを放置して、シェリルの無事を願うのだった。