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第80話

 女性たち三人の盛り上がりを尻目に、フレイはそっと部屋を抜け出した。奏に空気扱いされたことが堪えたわけではない。それは断じて認めない。


「ずいぶん早いな」


 部屋の前にはスリー・リーゼンフェルトが待機していたことをフレイは失念していた。脱力した姿を見られたようだ。


「俺は茶を入れに邪魔しただけだ。長居する意味ないだろう」


 実際は、居たたまれなくなって抜け出したのだが、馬鹿正直に告げる気はない。そもそも同じ騎士団だが、ほとんど接点がない相手に言うことではない。


「様子は?」

「あれだけ泣き笑いしたわりに元気だったな」

「そうか」


 フレイがリゼットの策略に乗せられて酷い目に遭っている間に、当たり前のように奏を護衛しているスリーにフレイは複雑な気持ちでいた。

 あからさまではないが、スリーの奏に対する視線が変わっていた。

当初から奏を気にしている風ではあったが、それが恋愛対象として見ているかといえば決してそうではなく、どちらかと言えば監視をしているようだった。

 奏は全く気付いてはいなかったが、フレイはスリーが影から奏を見ていることに気づいていた。

 気のせいというには不自然なくらいスリーの視線は奏を追っていた。それに一度気づいてしまえば、奏の行く先々でスリーの存在が目についた。

 それが今では堂々と奏を護衛しているときた。どう考えても監視対象ではなくなり、別の感情が芽生えたとしか思えなかった。

 すでに奏に振られてはいるが、すぐに気持ちがなくなることはない。

フレイは奏のそばにいられるスリーを苦々しく感じた。奏が選んだ相手がスリーだと認めたくはなかった。

 フレイはそれ以上考えまいと息を吐き出す。

 それよりも気になった事がある。今はそのことに意識を向けるべきだ。


「シェリルといったか、彼女は何者だ?」

「シェリル様と呼べ。彼女はセヴィーラだ」

「セヴィーラはカナデじゃなかったのか?」

「事情が変わった」


 異世界から召喚された者をセヴィーラと称する。そのくらいのことは騎士なら当然知っていることだ。ただ、セヴィーラと呼ばれる存在の召喚理由については知られていない。

 奏に関しては、表立ってその存在を明らかにはしていない。奏の特徴的な容姿からフレイが勝手にセヴィ-ラと判断しただけだ。

 奏の指導官に抜擢されたわりには事情を知らされていない。フレイは一介の騎士に過ぎず、そういった事情を知る必要がないことを理解はしていた。

 スリーはやはり王の側近だからだろう。フレイの知らない事情をすべて知っているようだった。

 どんな事情があってセヴィーラの交代があったのか興味があるが、それをスリーが話すとは思えない。

 フレイは部屋で奏から蚊帳の外にされたことを思い出して溜息をついた。奏に八つ当たりをするつもりはなかったが、それでも奏の事情とやらを知らないばかりに、彼女達が話している内容が全く理解できなくてイラついた。

 近くにいるのに何もわからない。そのことがこんなにも不愉快に感じるとは。

 騎士としては、余計な詮索をしないことが当然なのだろうが、フレイは納得できそうもなかった。そのくらいに奏を大事に想ってきたからだ。例え一番近くにいることを許されなかったとしても。

 そうして爆発しそうな感情を押さえ込んでいると、スリーに呼ばれる。


「オーバーライトナー」

「なんだ?」

「近々騎士の招集がある。カナデを近くで守る気があるのなら口利きをするが」

「遠征でもあるのか? それにカナデを守るってどういうことだ?」

「ここで内容を明かす気はない。だが、その遠征にカナデも同行する。それから招集は精鋭のみとだけ言っておく」


 そんな招集の仕方は聞いたことがなかった。

 たしかに精鋭を招集するならフレイは外される可能性が高い。実力主義の騎士団で精鋭とされるほどの強さはまだないからだ。


「どういうつもりだ? あんたはカナデの護衛だろう」

「カナデは守るが不測の事態に備えたい。それにカナデの不安は少しでも減らしたい」

「カナデが不安って、いったいどういうことだ? そもそもカナデを同行させるような遠征の意味がわからない……」


 騎士が遠征することはよくあることだが、それに奏が同行するとなるとただの遠征には思えない。セヴィーラの交代といい、何かがとんでもないことがおきているとフレイは直感する。


「俺がいてカナデの不安が解消されるとは思えないな」

「不愉快なことにそうでもない」


 珍しく感情を露にしたスリーにフレイは驚いた。


(……不愉快か)


 フレイの知るスリー・リーゼンフェルトと言えば、常に冷静沈着で恐ろしいほどの強さを持つ国の英雄だ。

 常に眼光が鋭く、近づき難い雰囲気を纏っているが、部下には慕われているようだった。

 時折見かけるスリーは無表情でいることが多く、そこから考えを読むことは難しい。

 第二騎士団は遠征任務のため、あまり城にいることがない。だから第一騎士団のフレイがスリーについて知っていることは少ない。

 奏を介して知り合い程度の間柄となったが、その印象は今も変わらない。

 ただ、奏やリゼットといる時は、詐欺を疑う程に性格が豹変していて驚いたものだが。

 今までスリーから特定の感情をぶつけられた事はない。「不愉快」と言われて心当たりがないでもないが、それをスリーに確認するには勇気が必要だった。


「……あんたが不愉快に思う理由は嫉妬したからか?」

「そうだ」

「それでも俺にカナデを守れと?」

「俺の嫉妬など些細なことだ」

「ずいぶん余裕だな」


 嫉妬したことを隠しもしない。それほど奏を想っていて、どうしたら恋敵と呼べる相手をそばに置くことを許すのか理解に苦しむ。

 とっくの昔に振られているとはいえ、奏に好意を残しているフレイの存在は気になって仕方ないだろうに。


「……余裕か、そんなものあるわけがない」


 先の戦争で活躍した英雄が余裕のなさを露呈する。正直以外だった。


「カナデはあんたを好きじゃないのか?」

「恋人になっても不安はある」


 ついに決定的な事実を突き付けられた。

 フレイは耐え難い苦痛を感じたが、それを表情にだすことはなかった。


「カナデを守る。だが、あんたに言われたからじゃない」


 奏を守ることには否はない。はるか上の立場から物を言われることは不快だったが、実力の伴わない騎士をわざわざ口利きしてくれるというのなら我慢もしよう。


「そうか」

「カナデを危険にさらすな」

「ああ」


 行動の読めない奏が恋人ならば、さぞや不安だろう。たいして親しくもないフレイに弱音を吐くほどに事情は複雑そうだ。

 それでも恋人となったからには覚悟を示せ。そうでなければ認めはしない。

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