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第76話

 久しぶりにスリーに会えると、奏はそわそわと落ち着きなく部屋の中をうろついていた。その耳にはスリーから贈られた耳飾りが光っている。


「カナデ様。大丈夫ですから落ち着いてください」

「無理。落ち着けない。本当に似合っているの?」

「それをこれからスリー様にうかがうのでしょう?」


 スリーからの贈り物が嬉しくて早速着けてみたものの、似合っているのか自信がなくて奏はリゼットに泣きついていた。

 装飾品はゼクスからも贈られていたが、日常で身に着けることはなかった。

 それにやはり恋人からの贈り物となると意味合いが全く違う。初めてスリーに身に着けているところを見せるわけで、緊張はたけなわになる。

 もう一層のこと外してしまおうか、と弱腰になっていると、スリーが思わぬところから登場する。


「カナデ。何か問題があった?」

「ひょ! ス、スス、スリーさん! どこから入ったの!?」


 背後から気配もなくスリーに近づかれて、奏は飛び上がった。


「窓だけど」

「え、ここ、三階……」

「カナデが慌てているのが外から見えたから」


 「最短距離を選んだ」と言うスリーに呆気にとられる。身体能力が普通じゃないと思考も普通じゃなくなるのだろうか。


「愛ですねぇ」

「なんか違う」

「え、愛を疑われている!?」

「ううん。そうじゃないけど……」


 スリーが過保護になった気がする。仕事とはいえ、あまり無理をするような人ではなかったはずだ。


「やっぱり愛を疑って……」

「カナデ様は寂しかったのではないでしょうか。スリー様が何日も会いにいらっしゃらないから……」

「それが、二日だけの予定が何故か延長して、昨日まで仕事に忙殺されてね。言い訳じゃないよ!」


 スリーは必死に弁明しているが、予定外の仕事にスリーが駆り出された理由は、奏達の画策によるものだ。

 リゼットがひそかに笑いをかみ殺しているが、スリーは気づいていない。


「仕事の事は知っているから。そうじゃなくて、スリーさんが何だか過保護っていうか、心配性になっている気がして」

「そ、そんなことはないよ」


 スリーが動揺して噛んだ。リゼットがすかさず追及する。


「スリー様、いま噛みましたね」

「え、噛んでないよ! 気のせいだよ!」


 大慌てで否定するスリー。


「スリーさんって嘘をつくのが下手だよね。何か隠し事?」


 スリーの行動がおかしい。それは気のせいではなかったようだ。

 奏の姿が見えている場所にいて、たかが数分を短縮するために無理をする理由が、過保護や心配性になったというだけでは説明がつかない。

 スリーは理由もなく無謀なことはしない。それは真面目な仕事ぶりからわかっていた。


「スリー様は隠す気がないのでしょうか。無表情を生かして黙っていれば気づかれないはずなのですが……」

「スリーさんは迂闊なところがあるよね」

「よく口が滑りますね」

「……よく言われるから、それ以上言わないで欲しいよ」


 あまりの酷評にスリーは観念したのか、渋々といった調子で語り始める。


「昨夜のことだけど、シェリル様が襲われてね」

「襲われた!? 大丈夫なの!?」

「貴族のご令嬢だから、あまり大事には至らなかったよ。ただ、ゼクス王が少し怪我を悪化させてしまって」


 襲われたシェリルに怪我はないようだが、シェリルを庇ったゼクスが巻き添えを食ったらしい。

 リゼットの顔が渋面になる。


「どうして貴族の令嬢がシェリルを襲ったの?」

「噂を耳にしたらしくて、彼女はゼクス王と結婚したかったようだよ」

「どんな噂?」

「シェリル様がゼクス王の愛妾になったという噂だよ。リゼットはそのあたりのこと知っているんじゃないの?」

「あれですか……」


 リゼットには心当たりがあるようだ。


「貴族の令嬢はゼクス様が排除したはず……」

「ゼクス王の人気は想像以上だね。簡単に諦めないご令嬢がいたようだよ」

「そうですか。……認識が甘かったようです」


 貴族の令嬢を排除したとは穏やかではない。道理でゼクスの周りに女性の影がなかったはずだ。

 あれほどの美形に噂になるような相手が全くいないことが不自然であった。故意に近づけないようにしていたのなら納得だ。

 けれど、そこまでして女性を排除する理由に見当がつかない。ゼクスは女性が嫌いというわけでもないのに徹底している。


「ねえ、どうして王様はそこまでして女性を遠ざけているの? 結婚したくないわけじゃないでしょ?」

「……ゼクス様は政略結婚を嫌っているのですよ。特に貴族はあからさまですね。ゼクス様に女性をあてがおうとあらゆる手を使ってきます。ゼクス様には害でしかなりません」


 それだけが理由ではない気がした。けれど、それ以上を奏は聞こうとは思わなかった。政治的な理由があるなら追及するべきではない。


「王様が恋愛結婚推奨派なら応援するけど、シェリルを巻き込むのは良くないと思う」

「申し訳ありません。私が余計なお世話を……」


 リゼットが首を突っ込む理由は一つしか思い当たらない。


「ん? もしかして王様はシェリルが好きとか?」

「本人に自覚はありませんが……」


 ゼクスは案外鈍かったようだ。


「へぇ。でもシェリルはどうなのかな?」

「ゼクス様がシェリル様をどう扱ったのかは分かりませんが、いつの間にか随分と親しくなっていましたね。きっと今頃心配でゼクス様に張り付いているはずです」

「よくわかったね。シェリル様は昨晩ずっとゼクス王に付きっきりだったようだよ」


 スリーの説明によれば、ゼクスはシェリルが令嬢に突き飛ばされたところを庇ったらしい。尻餅をつきそうになったシェリルが、ゼクスを下敷きにしないように身体を捻り、間違って肘が折れたあばら骨にあたってしまったということだった。大事に至らなかったのは、シェリルの機転のお陰だという。

 もしシェリルが、そのままゼクスを下敷きにしていたら大参事になっていただろう。シェリルの手がゼクスを直撃していたら、あばら骨どころか身体が粉砕されていたかも知れない。

 それを聞いて奏はゾッとした。そういった不測の事態はいつ起こるか予想ができないから厄介だ。


「シェリルは今どうしてるの?」

「今は寝ているよ。昨晩は一睡もできなかったみたいだね。起きたら護衛がここに連れて来るよ」

「そう。……シェリルは王様としばらく会わないほうがいいかもね」


 シェリルはゼクスを心配して会いたがるかも知れない。けれど、こう何度もゼクスが怪我をするようなら我慢させるほかない。

 せめて怪我が治るまでは様子を見るべきだ。きっとスリーも同じように思ったからこそ、シェリルを奏の元へ連れてくるように指示したのだろう。

 ゼクスのことはもちろん心配だが、シェリルはもっと心配だ。きっと落ち込んでいる。

 奏は自分を優先してシェリルを放置し、冷たい態度を取ったことをまだシェリルに謝ってすらいない。


(シェリルに会ったら真っ先に謝って、それから慰めて、ちゃんと友達になろう!)


 シェリルが起きてくるまで、まだ時間はありそうだ。奏はその間に気持ちを整理しようと決めた。

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