第75話
指輪作りに必要な素材を選ぶ。たったそれだけのことなのに、素材にそれほど詳しくない奏は苦戦して、綺麗に並べられている鉱物を見つめて唸る。
見事にグラデーションのような順番になっている色合いが絶妙で、ユージーンの金属愛がものの見事に表現されている。加工前の自然物だというのに、どうしたらこんな微妙な色合いを当然のように配置できるのか不思議である。
「右端の素材が一番黒くて綺麗だね」
「これの強度は弱い。お前の色ならそれが一番いいとは思うが勧められない」
「う~ん。強度は大事だと思う。スリーさんは騎士だから」
「お前の男はスリーというのか。……どこかで聞いた名前だ」
「スリーって、スリー・リーゼンフェルト? 英雄じゃないか! そんな人が恋人? なんて羨ましい」
奏とユージーンは素材選びに夢中だったが、リナルトは英雄の名前を聞いて目が点になっている。そして若干の本音が漏れている。
「騎士なら強度は大事だな。しかし、その色は譲れない。ならどうするか……」
「これ絶対似合うと思う。どうにかなる?」
「要望には全力で応える。それが俺の仕事だ」
「頼もしいけど、リゼットが嫌がっているから、やめてあげて」
指輪のことはユージーンに任せておけば大丈夫そうだが、素材選び中もリゼットに抱き着こうとして逃げられている姿は、まともなセリフとは正反対だ。
仕事中は変態発言を控えようと頑張っている反動なのか、今度は行動が変態じみている。リゼットの確保が難しいと悟ると、今後はリナルトを捕まえてようとしている。とにかく自分の好きな相手を構っていないと気が済まないらしい。
リナルトは、気持ち悪く追いかけてくるユージーンから逃げ惑っている。
「リナルト、五月蠅い、集中できない!」
「あんたが追い回すからだろ!」
ユージーンの理不尽さにリナルトが突っかかる。油断したところをユージーンが襲い掛かり、リナルトがついに捕まった。
「閃いた! これならいけるぞ! さすがリナルトだな!」
「はぁ? ……おい、どさくさまぎれにくっつくな!」
妙案が閃いて狂喜乱舞したユージーンは、リナルトの首根っこを掴んで引き寄せると耳打ちする。
「でな、これをこうする」
「そんなことできるのか?」
「やれるはずだ。そうなると……」
「これって、なんかいい感じだな」
二人は真剣に何かを話し合っている。妙に距離が近いのは、リナルトが嫌がってもユージーンが離さないからだが、リナルトは腰が引けていても嬉しそうだ。
「本当に仲がよろしいですねぇ」
「うん。指輪も何とかなりそうかな」
奏は二人を微笑ましく見守った。そんな目で見られていると知ったら、ユージーンはともかくリナルトは絶望しそうだが。
何とか話もまとまりそうな雰囲気になり、奏は安心しかけたが、肝心なことが抜け落ちていたと気づいて動揺する。
「ど、どうしよう! 私、スリーさんの親指のサイズ知らない!」
「ああ、それならわかるぞ」
「ユージーンさん、本当?」
「英雄なら一度見かけたことがある。いい身体だと思って、隅々まで観察した記憶があるな」
「……あんたの気持ち悪い趣味もたまには役立つんだな」
ユージーンの趣味は人間観察。とくに好みの身体を見ると観察せずにはいられない。そのため実測しなくても、ありとあらゆる身体部位のサイズがわかるという。
それもピッタリと当ててくるあたりがとても気持ち悪くて仕方ない。リナルトは常日頃から思っていることを暴露した。
実際はすごい特技だ。ただそれは、ユージーンだからなのか、気持ち悪さが先だってしまっていた。
奏はユージーンの趣味に助けられたが、微妙な気持ちになる。このことは決してスリーには言わないでおこう、と固く誓う。
「あの、それじゃ、お願いします」
「任された! 出来上がりは一週間程度を考えていてくれ」
「カナデさん、申し訳ないです。少し時間が必要になってしまうけど、必ずいいものを届けるから」
リナルトは恐縮しきっているが、一週間なら早い仕上がりだろう。もともと期間が決まっているわけではないので、急がせるつもりはない。
「カナデ様、素敵な贈り物になりそうで、良かったですねぇ」
「うん」
どんな指輪が出来上がってくるのか楽しみだ。