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第74話

 店主の変態発言は、リナルトの拳によってもう一度封じられた。その店主は苦悶の表情を浮かべて、リゼットの近くで転がっている。

 視線がリゼットから外れていない。恐ろしい執念だ。言葉のかわりに視線はギラギラとしていて、その視線を向けられていない奏でさえ、気持ちの悪さに辟易した。


「リ、リゼット。アダマンティンを選んでくれ。お前に見つめられていれば、いつでも昇天できる」

「選ぶのはカナデ様ですよ」

「そ、そこの少年が選んでどうする。俺は女性の美しさがわからない変態に指輪など作らない!」


 また性別を間違えられた。本物の変態に勘違いをされたあげく「変態」と言いがかりをつけられた奏はショックを受ける。


「女性になんてことをいう!」


 奏が涙目になると、リナルトの鉄拳が店主の腹にめり込んだ。通算三度目となる攻撃に店主が呻く。


「お、女? そ、そんな棒状体型の女がいてたまるか!」


 店主は痛みのためか若干声が震えている。それでも力を振り絞って声を上げていたが、リゼットの一睨みで黙った。


「カナデ様に対する暴言は許せません! 謝罪しなければ二度と発注はいたしません」

「わ、悪かった! た、頼むから、俺の愛を疑わないでほし……」


 今度はリゼットの足が店主の腹に炸裂した。店主は悶絶している。


「リゼ……、蹴りはやめてくれ。リナルトだけが俺を……、ぐはぁ!」


 店主が呻きながら床を転がった。気持ち悪い発言をリナルトは見逃さなかった。縋りつかれそうになって店主を蹴り飛ばしている。

 あまりに過激な行動に奏は驚きを隠せない。リゼットまで参加している。一体どうなっているのだろうか。

 しかし初来店では口を挟むこともできない。奏はただ成り行きを見ているだけだ。


「おい! 俺が好きで殴っているような発言はやめてくれよ! エルさんができないから仕方なくやっているんだよ!」


 リナルトはわなわなと震えて声を荒げた。一応店主だからと気をつかって接していたようだが、それも怒りのために完全に忘れている様子だ。


「……リナルト、済まない」

「エルさんはユージーンの溺愛をやめてくださいよ! 変態息子の教育はちゃんとしてください!」


 リナルトに説教をされて、エルと呼ばれた壮年の男性は瞠目する。どうやら店主であるユージーンは彼の息子のようだ。

 息子を「変態」と呼ばれたが、否定できる要素が全くないのか、反論はなかった。


「リナルトさん。ユージーンさんの変態はもう矯正不可能ですよ?」

「……わかっていますよ! お客様の迷惑にならないように黙らせてきたけど、でも俺はこんな暴力はもう嫌なんですよ!」


 リナルトは完全に切れていた。


「普通は兄弟子を殴るとかありえないんだよ! それに俺に対して変態発言は我慢がならない。さすがに気持ちが悪い!」


 リナルトが常識人というリゼットの紹介はかなり的を射ている、と奏は思った。

 知らず知らずのうちに始まってしまった修羅場を、奏は冷静な目で見ていた。リナルトは暴力的なわけではないのに理由があってそうしているのだろうが、第三者として意見を言わせてもらえば──、


「リナルトさんが店主になれば?」


 一番の解決方法ではないだろうか。常識人が店を運営するべきだ。そうすればこれほどまで気を遣わずにすむだろうし、そもそも接客をしないように対応すればいい。

 リナルトが従業員であるから強い発言権を持たないのだ。立場を逆転さえれば問題解決は早い。


「……それは、そうだな」


 意外にもユージーンが奏の意見に賛同した。リナルトは考えも及ばなかったという顔をしている。


「やっぱり息子に店を継がせないとダメかな?」


 奏は店の経営については素人だ。ついうっかり口出しをしてしまったが、関係者だけではもう収集がつきそうもないので意見を言わせてもらう。


「いや。リナルトも親父の弟子だから継いでも問題ない。本当は独立していてもおかしくないんだ」

「どうして独立しないの?」

「親父に頼まれたからだろうな。リナルトは独立しても十分にやっていけるだけの腕がある」


 独立できるだけの腕があるにも関わらず、あえて独立しない理由がリナルトにはあるのかもしれない。

 それは十中八九、ユージーンのことが心配だからという真相のような気がする。


「リゼットの言う通り、俺は自分を制御できる自信がない。リナルトが止めてくれないと。リナルト、お前が必要な俺を許してくれ……」

「だから、そういう気持ち悪い言い方はやめてくれ!」

「感謝しているだけだぞ」


 ユージーンが変態であることは、誰もが認めるところであるらしいが、言葉の使い方がおかしいだけで本当は意外にまともではないか、と奏はユージーンと会話していて思う。

 もしかしたら、リゼットはそれに気づいていたから「慣れれば面白い」と言ったのかも知れない。


「ユージーンさんは、リナルトさんが大好きですよねぇ」

「そうなんだ。俺のような変態にも優しい。好きになるのは当然だと思うぞ」

「変態って認めちゃうんだ」

「男に告白されるとかあり得ない……」


 ユージーンは自分の性格を隠すつもりはないようだ。自由といえばそれまでだが、好かれているリナルトは哀れだ。

 ユージーンは自覚のある変態だが、自主的に他人に迷惑をかけないようになるとは思えない。リナルトの災難は独立でもしない限り続きそうだ。


「リナルト、独立するか?」

「……あんた、一人でやってけるの?」

「親父もいるから」

「エルさんはアテにならないよ。独立するなら、あんたもだよ」

「リナルト。俺を捨てないでくれよ」


 誤解を生みそうな発言だ。案の定リナルトが抗議する。


「だから! なんでそういう言い方する!」

「必要なんだから仕方ない」

「……俺が店主なら考えてやってもいい」

「わかった。お前の手足となってやる」

「本当にやめてくれ。なんで普通に言えない……」


 リナルトがユージーンに絡めとられた瞬間だった。これがいいことなのか悪いことなのか、奏にはわからなかったが、互いに納得できたのなら幸いだろう。


「問題も解決したところで! カナデ様、素材を選びましょう!」

「あ、そうだった。どうしよう、時間がないよ!」

「大丈夫です! 素材さえ選んでしまえば、あとはユージーンさんが最短で仕上げてくれます!」

「……任せてくれ」


 ユージーンに拒否権はなかった。

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