第70話
「さて、カナデ様。首尾はどうでしたか?」
「何の話?」
「またまた。とぼけても無駄ですよ。スリー様の浮かれ様は尋常ではありませんでしたよ!」
「え、そう?」
奏はスリーの浮かれている顔が想像できなかった。
「昨日はいつも通りの無表情で帰って行ったけど」
「そうですね。相変わらず無表情でしたけど、今朝スリー様からカナデ様への贈り物を預かりました!」
奏は、やけにご機嫌なリゼットから、スリーのプレゼントを手渡される。綺麗に包装された包みをほどいていく。
「あ、これって……」
見覚えがある。何度かスリーから貰ったことがあるキャンディーだ。
有名店の人気商品で入手困難なキャンディーのはずだ。もしかして夕方に別れたその足で買いに行ったのだろうか。
「あれ? まだ何かあるみたい」
すべての包装を剥がしてしまうと、もう一つ小さな包み紙を見つけた。その小さな包みを開けると、
「イヤリングだ」
奏は、別の贈り物を見つめて頬を染めた。
「ほほう。スリー様は独占欲が強いのですね。意外性があっていいです」
「独占欲?」
「独占欲の強い殿方は、恋人に耳飾りをよく贈りますね」
セイナディカには特有の文化が意外に多い。これもその一つだろう。
「贈り物に意味があるの?」
「ちなみに首飾りを贈る殿方は危険です。監禁されかねません。独占欲を超越しています。それから腕輪は浮気者が贈ります。論外ですね。あとは指輪ですが、これを贈られたら覚悟を決めてください」
「え、覚悟?」
「そうです。婚姻を迫られます」
指輪の意味はどの世界でも同じらしい。
けれど、リゼットの言い方ではあまりいい意味には取れない。他の贈り物にしても何故か悪い印象ばかりだ。
「贈り物は貰わないほうがいいのかな?」
「いいえ。そうではありませんよ。確かに耳飾りは独占欲という意味ですが、スリー様が贈られた物をみてください。スリー様の瞳の色をしているでしょう?」
奏はイヤリングをしげしげと見つめた。小さな赤い石が五連ならんだシンプルなイヤリングだ。スリーの瞳の色とリゼットはいうが、スリーの瞳の色は濃い茶色で赤ではない。
その疑問はリゼットの次の言葉で解消される。
「隠された意味があるのですよ。普段の瞳の色ではなく、光に照らされたときだけに変わる瞳の色合い。それを知るということはそれだけ近い距離にいるというわけです。自分の瞳の色と同じものを恋人に贈るということは、さらに距離を縮めたいという気持ちを相手に伝えているのですね」
距離をさらに縮める。奏は昨日のことを思い出して赤面する。近いどころか、ゼロ距離になったことが走馬灯のように脳裏をよぎり、奏は身もだえる。
「なんていうか、セイナディカの人は瞳にこだわりがあるみたいだね」
「そうですね。カナデ様は光の中で色合いが変わらないようですが、セイナディカでは普通なのですよ。スリー様はあまり変化しませんが、ゼクス様はすごいですよ! あれは反則ですね!」
ゼクスの瞳の色合いを思い出したのか、今度はリゼットが身もだえている。リゼットが褒めちぎるのは珍しい。ゼクスがどんな変化をするのか、奏は興味を持つ。
「そう言えば、スリーさんは髪の色も変わっていたけど、それも普通なの?」
「髪ですか? スリー様の髪が変化するところは見ていないですね。とても珍しいのではないでしょうか」
髪の変化は珍しいらしい。奏もスリーの変化した髪の色を見たのは一度きりだ。
「あれ? でも今までは普通だったのに」
「そうですよね。さすがに髪の色が変化すればすぐに気づくはずです。どういうことでしょうね。スリー様ならそういうこともあるやもしれません」
リゼットの見解はスリーならあり得るということだった。個性的なリゼットからよもやそんな風に思われているとは。奏はスリーが気の毒になる。
確かにスリーは普通とは違うが、リゼットに言われるほど変わっているようには思えなかった。
「金色に光ってすごく綺麗だったよ」
「ほほう。それは一見の価値ありですね。カナデ様はそんなスリー様の魅力に抗えなかったというわけですね!」
「うう、否定できない。あれで余計なことを口走った気がする……」
告白する気はなかったのに気づけば気持ちを伝えてしまっていた。本当にスリーの魅力に逆らえなかったといっても過言ではない。
まるで操られていたようにスリーを口説いてしまった。いまでも信じられない、あり得ない出来事だ。
「ねえ、リゼット。贈り物のお返しは必要かな?」
「スリー様が喜びますよ!」
「どんな物がいいのかな? 女性から贈り物をする場合に意味は違ったりする?」
瞳を褒める口説き文句には男女差があった。それなら贈り物にも意味があるのかも知れない。知らずに贈り物をすることは非常に危険な気がする。
「指輪が無難でしょうか」
「え!? それだと婚姻を迫ることになるんじゃ……」
「それは男性が贈る場合だけですよ。そもそも求婚は男性側からするものですから」
「でも、指輪って重くない?」
お互いに気持ちを確かめたばかりだ、いきなり結婚を想像させるようなプレゼントをするのはどうなのだろう。
「割と一般的ですよ。男性は装飾品を身に着けることがほとんどありません。特に騎士はそういうものを嫌いますね。耳飾りにしろ、首飾りにしろ、戦闘の邪魔になりますから。それから、腕輪は論外です。嫌いな相手に嫌がらせとして贈るのであれば問題ありませんが。しつこい男性を完膚なきまでに振るなら、これほどいい贈り物はありませんね」
リゼットは実践した経験がありそうだ。リゼットほど可愛ければ、しつこく迫る男性が大勢いそうだ。
「指輪も邪魔になりそうだけど」
「他の装飾品ほどではないですよ。指輪なら利き手とは逆の親指にはめますから、それほど邪魔ではないようですよ。指輪なら喜んで受け取るという人は多いですね」
折角だからきちんとした贈り物をしたい。邪魔にならないなら指輪はよさそうな贈り物だ。
「それなら指輪にしようかな。色はやっぱり瞳の色がいいの?」
「そうですね。スリー様に贈るなら、ちょうどいい物があります。少々加工に時間がかかりますが、耐久性もありますし、カナデ様の瞳の色と同じなのでお薦めします」
「高いかな?」
「お金の心配はいりませんよ」
「出来れば自分で用意したいんだけど」
折角の贈り物も国から援助されては贈った気がしない。大事な物だからこそ、自分で稼いだお金を使って贈りたい。
「そうですか。わかりました! お任せください!」
「リゼット、ありがとう」
「では、さっそく行ってまいります」
善は急げとばかりにリゼットは駆けていった。
◇◇◇
「カナデ様! ゼクス様の許可をもぎとりました!」
「王様が怒ってそうで怖いな……」
リゼットが素早い行動に驚く。その日のうちにもう許可が下りるとは。もぎとったということは、ゼクスに無理難題を言ったのだろう。
ゼクスはリゼットを「甘やかす気はない」と言いつつ、相変わらずリゼットには弱いようだ。諦めているだけかも知れないが。
「それでどうするの?」
「ツテがあります。常に人手不足なので喜んで働かせてくれますよ。あ、カナデ様は料理をされたことはありますか?」
「一人暮らしだったから料理はできるよ。でも、こっちとは食材も違うからどうかな。自信ないや」
セイナディカには日本と同じ食材は見当たらない。見た目が似ているから味まで同じということはないのだ。味付けもカナデの口には合わないものが多い。
見た目から味が判断できなくて、口にしてから困惑することも多々あった。不思議な味には慣れてはきたが、料理となると自信は全くない。
「そこは大丈夫です。主に下ごしらえが中心になりますから」
「それなら良かった」
「あとはスリー様をどう護衛から外すかですが……」
「そうだよね。スリーさんに護衛されたままだと困る」
結局、スリーが引き続き奏の護衛をすることが決まった。今朝も挨拶を交わしたあとは部屋の外で待機している。外出をするなら当然スリーはついてくるはずだ。
スリーは贈り物をする相手だ。外出の理由を知られては、サプライズの意味がない。
「やはり足止めはゼクス様にお願いすることにしましょう!」
「王様には後で謝っておこうかな……」
リゼットに無理を言って、忙しいゼクスを煩わせてしまった。
「ゼクス様なら大丈夫です。五日も働けば十分ですから、その程度の日数は誤魔化してくれます!」
「王様に恨まれるなぁ」
五日もスリーを誤魔化す役割を課されたゼクスが頭を悩ませている姿が見えるようだ。
奏は、意気込むリゼットとは裏腹に、ゼクスの機嫌が悪化の一途を辿らないように祈るのであった。