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第7話

 今朝はやけに気分がいい。こんなに気分がよく目覚めたのはいつぶりだろう。

 奏はゆっくりと身体をベッドから起こす。

 いつもなら起き上がれなくて苦労するくらい身体が重く、朝から憂鬱になっているというのに。身体が軽く感じるというだけでとても幸せな気分になる。


 昨日はついに別の世界へやって来てしまった。経緯はどうであれ、これからはここで生活していかなければいけない。

 無事にこちらの世界の人たちと交流できたかといえば、不安しか感じないようなゼクスとの会話を思い出して、奏は少しばかり気が重くなる。

 昨日は中途半端に会話を打ち切ってしまっている。まだ早朝とはいえ、ゼクスが昨日の続きを話すために部屋までやってきそうな予感がする。


「おはようございます。カナデ様」


 奏が目覚めたことに気付いたのか、侍女のリゼットが声をかけてきた。昨日部屋に案内された際に紹介された女性だ。

 初対面から好意的で気さくに声をかけてくれるリゼットを、奏はすぐに好きになった。


「おはよう」


 奏は慣れない呼び方に苦笑しつつ挨拶を返す。

 そんな奏の様子に気付きつつも、笑顔を返してリゼットはテキパキと奏の着替えを手伝い始める。


「これ本当に着るの?」


 リゼットに用意されたドレスを見て、奏は顔を盛大に引き攣らせた。

 どこのお嬢様と言わんばかりの装飾を施されたドレスは、シンプルな服装を好む奏には正直辛すぎる。

 これを着るのが目の前にいるリゼットなら、可愛らしい容姿によく似合うと思うが、自分が着ると思えば、なんの拷問なのか、と思ってしまう。

 絶対に似合わない自信がある。というか笑われたくないからやめて欲しい。成人しているのにフリルに埋もれたようなドレスは痛すぎる。


「似合うと思いますよ」

「いやいや、似合わないから! もっと大人しい感じのないの?」

「ここにはございません」


 リゼットが満面の笑みでフリルのドレスを手に迫ってくる。奏はジリジリと後退する。


「取りあえず、昨日の服を着るよ」

「そんな! あんまりです!」

「な、泣くほどって……」


 断固とした拒絶をすると、嫌々と首を振ってリゼットが半泣き状態になる。しかし、そんなに期待をされても痛いドレスは着られない。


「明日! 明日ならドレス着てもいいから!」

「本当ですか! 絶対ですよ!」

「大人っぽいやつでお願いします……」

「わかりました!」


 泣き顔から一変したリゼットに詰め寄られる。奏は約束したことを物凄く後悔する。嫌な予感しかしない。可愛い子に弱い自分の性格を恨む。


「朝食はゼクス様と一緒にされますよね」

「え? なんで?」

「聞いていませんか? ゼクス様は一緒にとおっしゃっていましたが……」


 奏はブルブルと首を横に振る。普通に国の王様と朝食をするとは思ってもみなかった。これが普通なのだろうか。


「王様は庶民派なの?」

「ゼクス様は身分に関係なくお優しいですよ」

「へぇ、意外。俺様っぽいのに」

「どういう意味ですか?」

「う~ん。結構強引な感じが……」


 間違った印象ではないと思うけれど、まだ知り合ったばかりだから断言はできない。身分に関係なく優しいと、何だか慕われている様子に余計なことは言えない。


「ゼクス様に何かされました?」


 恐る恐るといった様子でリゼットが聞いてくる。心当たりがありそうだ。


「何かされた訳じゃないけど、いちいち近いというか……」


 ゼクスの距離が初対面にあるまじき近さだったため、奏は戸惑いが大きかっただけなのだが、リゼットは理解したというように頷き、恐いことを言い出す。


「*****様を逃がしたくないという気持ちが、態度に現れてしまったのですね!」

「ええ!? 逃がさないって怖いじゃない」


 奏はブルリと震える。いきなりストーカーに遭遇したなんて思いたくはない。


「ゼクス様はカナデ様にメロメロだという噂がありますから」

「昨日会ったばかりなのに! どうしてもうそんな噂が流れるの!?」

「それは昨夜……」

「いやいや、言わなくていいから!」


(昨夜って! いったいどうなっているの!)


 たった一晩で流れるような噂の原因など知りたくはない。奏はリゼットの言葉を遮ると、何気なさを装って部屋を出ようとする。


「どこへ行く気だ?」

「へ?」


 笑顔でリゼットを誤魔化しつつ、部屋のドアを開けると機嫌が悪そうな声が頭上から聞えてくる。

 本当にゼクスが部屋までやってきた。思わず部屋のドアを閉めようとすると、強引に身体を割り込ませてゼクスが部屋に侵入してくる。

 ゼクスは反射的に逃げようとする奏の腕を容赦なく掴む。


「ゼクス様! おはようございます!」

「おはよう。朝から騒いで悪いな。カナデはこのまま連れて行くから後は頼む」

「はい! お任せください!」


 奏を逃がさないように捕らえているのに、何事もなかったように会話を続ける二人。奏は恨めし気に二人を見つめる。


「体格差に任せて押さえ込むなんて卑怯!」

「ん? 手加減してくれたのか?」

「手加減するのは王様でしょ!」

「何を言うかと思えば……。カナデは優しいな」


 話がかみ合っていない。奏の頭は疑問で一杯になる。


「理解不能」

「説明不足だったな。朝食のときにでも昨日の続きを……」

「朝ご飯は食べない派だから!」


 実際は朝から食べられないことが多いというだけなのだが、そんなことより逃げ出すことが先決だ。

 奏の思わぬ返答に驚き、押さえ込む力を抜いたゼクスから強引に逃げ出す。

 咄嗟に捕まえようと伸ばされた手を振り切って、奏は部屋から飛び出して行く。ゼクスの目の前で扉を勢いよく閉める。


「こら! どこへ行く!」

「カナデ様~!」


 二人の慌てふためく声が部屋から聞こえてきたが、奏はそれを振り切るように足早に駆け出す。


(嘘! なんでこんなに身体が軽いの!)


 奏は二人から逃亡をはじめてすぐに身体の感覚の違いに歓喜する。

 昨日は思った以上に疲れていたからか、普通に過ごせることにそれほど嬉しさは感じなかった。重かった身体はここへ来る前に解消されていたし、イソラが言うように療養に適した環境ならいつもより元気であることは予想できたからだ。

 けれど、普通以上に元気が漲ってくるのはどういうことだろう。無理をしないなら、生活するのに支障がないという程度なのかとあまり期待はしていなかった。


「もしかして全力で走るとか? できたりする?」


 奏は自分の考えにゴクリと喉を鳴らす。本当なら嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。


 追ってくる二人の声が遠くから聞こえてくる。二人を撒くために、適当に廊下の角を曲がり続けたおかげなのか、二人の声が近くなってくることはない。


 奏は一歩を慎重に踏み出す。

 さらに一歩。もう一歩。一歩、一歩、一歩──。


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