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第69話

 ゼクスは朝から頭痛がした。目の前にはシェリルがニコニコと笑顔を振りまいている。


「ゼクス様、おはようございます」

「ああ……」


 もうどうにでもしろ、という心境でゼクスはリゼットに答えた。

寝起きに何故二人がゼクスの部屋にいるのか、追及しても無駄と悟りの境地に至る。

 理由など聞いたところで、さらに頭痛がするだけだろう。


「で、今日もシェリルを連れまわせというのか?」

「今日は朝の挨拶にきただけですよ。シェリル様も寝起きのゼクス様を堪能したようです」

「俺の寝起きなど堪能できるはずがない」

「何をおっしゃるやら。ゼクス様の寝起きは侍女の間では垂涎ものですよ。拝見できたら、その日は幸福な一日になると言われるほどです」

「意味がわからん」

「色気がだだ漏れだそうです。ゼクス様は人気者ですねぇ」


 ゼクスにはリゼットの言葉がすべて意味不明だった。シェリルをわざわざ連れてくる意味があったのか。

 リゼットの行動は理屈では計り知れない。一体何がしたいのか。


「それだけのためにきたのか?」

「あ、そうでした。ゼクス様にお知らせがありました! シェリル様がよく口にしている言葉の意味が判明したのですよ!」

「なんだ?」

「あれは『王様』という意味だそうです!」

「……」


 どんな重要発表かと思えばそんなことか、とゼクスは嘆息した。シェリルがよく不思議な言葉で呼びかけていることは気にならないでもなかったが、そんな意味なら知る必要はなかった。

 奏といい、シェリルといい、ゼクスを王として敬っていないわりに名前を呼ぼうとしない。ゼクスは流石に気に入らなかった。

 奏は意図して呼んでいるから今さら矯正しようがない。しかし、シェリルならまだ間に合いそうだ。ゼクスは自身を指さしながらシェリルに名前を呼ばせようと迫る。


「シェリル、ゼクスだ。呼んでみろ」

『?』

「ゼクス」

「ゼ…ウス?」

「違う、ゼクス」

「ゼク、ス」


 シェリルは決して頭が悪いわけではない。オウム返しにゼクスの言葉をたどたどしく口にしているだけだったが、徐々にゼクスの名を呼べるようになっていた。


「ゼクス!」

「ああ、しっかり覚えろ」


 シェリルはゼクスの名前を言えたことが嬉しいようだ。はしゃぐあまりゼクスに抱きつこうとするが、寸前で思い止まって悔しそうにしている。


「抱擁すらできないなんて、シェリル様が可哀想ですね」

「必要ないだろう。身体の骨を砕かれてはかなわん」

「ゼクス様はご自分がどんな顔をしているか、鏡で見たらいいと思いますよ。スリー様より残念な発言は今後控えて欲しいですね」

「俺にも分かるように話したらどうだ」

「嘆かわしいです。ゼクス様、本当は頭がお悪いんでしょうか……」


 何故かリゼットに馬鹿にされていた。

 ゼクスはリゼットの真意を計りかねた。そして、理解できないものは理解できないと諦めの境地に至る。


 ゼクスは思考を切り替えた。朝から頭痛のするような会話をするはめになったが、リゼットに聞いておきたいことがあった。呼び出す手間が省けたと思えば少しは頭痛もマシになるだろう。


「リゼット、シェリルの護衛を決めるつもりだが、希望はあるか?」

「そうですね。アスター様などはどうでしょうか?」

「アスター? 何故だ?」

「融通が利きます。それにイケメンです」


 最近のリゼットは奏に影響され過ぎている。新しく覚えた言葉を使いたがって仕方ない。

 ゼクスはかろうじて理解できたが、他で通じることはないだろう。リゼットの相手は普通に会話するにも苦労する。


「顔の良し悪しは関係ない」

「それは私の都合ですが、アスター様ならゼクス様にとっても都合がよくありませんか?」

「確かにそうだが……」


 ゼクスは思案した。騎士団を網羅しているリゼットの意見は的確なはずだが、釈然としない。

 幼馴染みにあたるアスターなら性格も知っているし、能力に問題はない。シェリルを任せることができる信頼に値する人物だが……。


「アスターは任務中だ。さすがに呼び戻すことは難しい」


 スリーが任務から戻ってしまっている。そのうえ、残ってドラゴンの動きを監視しているアスターを戻すわけにはいかない。


「実はもう一人目星をつけています」

「誰だ?」

「ゼクス様です!」

「……いいだろう」

「え、いいのですか?」

「アスターが任務中と知っていただろう。驚くくらいなら最初から進言などするな」


 リゼットは結局ゼクスを引っ張り出したかっただけだ。ゼクスが二つ返事でシェリルの護衛を引き受けると思ってはいなかったようだが、最終的にリゼットの思う様に事が運ぶというのなら、抵抗するだけ無駄なのだ。


 そして一番の懸念は、シェリルがまだ怯えていることであった。

 ゼクスやリゼットには慣れたようだが、それ以外の人間となると少しでも近寄ればシェリルが何をするかわからない。シェリルはそれだけ危険なのだ。


「宰相も同じ意見なのだろう」

「ばれてしまいましたか」


 昨日の別れ際に宰相に言われた言葉をゼクスは思い出した。


(噂は広まりが早い)


 全くその通りだ。昨日シェリルを連れまわしたことで、逃げられない状況を作ったというわけだ。リゼットだけならまだしも、宰相が絡んでいるとなると覆すことは難しそうだ。


「シェリルは何も知らない。拒絶されたら俺はどうにもできんぞ」

「拒絶されないように努力してくださいよ。私の見立てではその可能性は低いですよ」

「それならいいが……」


 ゼクスはチラリとシェリルと見遣る。リゼットと会話をしている間、ずっと大人しくしていたが、視線はずっとゼクスに注がれていた。

 いつか顔に穴が開くかもしれない。情熱的な視線を女性から向けられることは多いが、縋りつかれるような視線で見つめられ、一喜一憂されたことはなかった。

 ゼクスが意識を向けただけで、シェリルは嬉しそうな表情を浮かべる。


(俺の愛妾候補にされたと知れば……)


 宰相の思惑は、シェリルの気持ちなどお構いなしに進んでいくだろう。ゼクスはそれも仕方ないと思えるが、シェリルはそうは思わないはずだ。その時、シェリルの笑顔が消えてしまうことを思うと、ゼクスは残念だ、という気持ちが拭えなかった。

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