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第68話

 その頃、リゼットとシェリルはゼクスを追いかけていた。

 重要な会議があるとかで奏の部屋で待機していたのだが、退屈になって抜け出してきたのだ。


 あたりを散策していると、ちょうど会議が終わったようで様子を探ってみる。すると、スリーが奏を部屋に送るようだったので後をつけた。どうせ行き先は同じだ。

 二人にばれないように静かに観察していると、今までと違う空気を醸し出していることに気づく。リゼットは何か進展がありそうな予感に笑みを浮かべた。


 しかし、このまま後をつけて奏の部屋に直行してしまうと二人を邪魔してしまいそうだ。

 それならゼクスにシェリルの相手をさせようとリゼットは執務室へやってきたのだが、ゼクスの姿は見当たらない。

 行きそうな場所をしらみつぶしに探してみたが、当てが外れてしまった。


「なかなか捕まりませんねぇ。ゼクス様はいったいどこへ?」

『……』

「どうしましょうか。できればもう少し二人きりにさせて差し上げたいのですが……」


 リゼットの思惑通りとはいかなかったが、国で最強といっても過言ではない騎士が奏を射止めようとしている。

 邪魔するなど野暮なことはしたくないし、奏にはもう少し素直に幸せを受け入れて欲しいとリゼットは思っていた。

 とくに最近は塞ぎがちで、ある時などは悲壮な顔をして泣いていた。詳しい事情を聴くことも憚られる雰囲気にリゼットは何もできず、ただそばにいるだけだった。

 泣かせた人物は特定できていたので、刺し違えてでも抹殺しようかと悩んだものだが、今はそうしなくて良かったと心から安堵している。

 危うく奏を悲しませるところだった。


『あ!』

「シェリル様? あ、ゼクス様ー!! ゼクス様ー!!」


 廊下の角を曲がるゼクスを発見して、リゼットは逃がさないとばかりに声を張り上げた。

 その声が聞こえたのか、遠ざかろうとしていたゼクスが踵を返してやってくる。


「リゼット、何か用か?」

「いえ、特には」


 リゼットはとぼけた。シェリルの相手をして欲しいなどと言ったら怒鳴られる。


 ゼクスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。聞こえていないふりをすれば良かったと顔に書いてある。

 リゼットがどうやってシェリルの相手をさせようかと思案していると、仕事に戻ろうとするゼクスの目の前にシェリルがしゃがみ込んで進路を妨害していた。


「……俺はシェリルに何かしたか?」

「したのでは?」


 シェリルはウルウルとした瞳でゼクスを凝視している。「置いて行かないで欲しい」と言わんばかりで、ゼクスとリゼットは困惑する。


「リゼット、シェリルに説明はしたのか?」

「カナデ様がおおまかな説明をしているはずですが、シェリル様がどの程度理解しているかはわかりません」

「だったら何故こんなところにいる? 奏の部屋で待機しているはずだろう」


 ゼクスの疑問はもっともだったが、リゼットにも事情がある。きっと今でなければスリーは奏を口説き落とす機会を逃しそうだ。邪魔などできるはずもない。

 しかし、ゼクスからすれば無防備に人目のつくところをウロウロされてはたまらないのだろう。護衛もまだ決まっていないのだから不安なゼクスの気持ちはわからなくもない。それでも奏の部屋に戻ることは避けたかった。

 下手をすれば本気でスリーを邪魔しかねない。そんな場面に遭遇してしまったら後悔どころでは済まない。

 それにシェリルは明らかにゼクスを気にしている。ここで引き離すのは可哀想だ。

 そしてこの絶好の機会はリゼットにとっては好都合でしかない。


「シェリル様はゼクス様といたいのではありませんか?」

「何故だ……」

「ゼクス様、やはりシェリル様に何かしました?」

「何かって、とくには……」


 ゼクスにはこれほどまでに懐かれるような何かをした覚えはないらしい。


「とにかくカナデのところへ戻れ」

「承服しかねます」


 リゼットは拒否した。ゼクスにどう思われようと戻るつもりはない。


「おい、俺に仕事をさせない気か?」

「いま戻ると大変なことが起こります! 私が馬に蹴られてもいいのですか!?」


 二人の邪魔をするくらいならゼクスの邪魔をする。リゼットは決意していた。


「は? なぜ馬に蹴られる? まさか、また騎士団に出入りしているのか!?」


 そんな昔のことを持ち出すとは。ゼクスは相当混乱しているようだ。


「いいえ。『馬に蹴られる』は比喩だそうです。カナデ様がそう言っていました」

「どういう意味だ?」

「恋人たちの逢瀬を邪魔する者は、馬に蹴られるという報復を受けるそうです。呪いの一種でしょうか? ゼクス様も注意してください。くれぐれもスリー様の邪魔をしませんように。馬に蹴られないまでも斬られるかもしれません」


 冗談でもスリーが王を斬るような真似などしないだろうが、気持ちのうえではすでに斬っていそうだ。

 リゼットはスリーを散々焚き付けたことを少し後悔していた。ゼクスが王でなければとっくに排除されていてもおかしくない。自覚もなくスリーは周囲を威嚇しているので厄介なのだ。

 とにかく今日だけはあの二人に近づくことはとても危険だ。


「はぁ、仕方ない。宰相に判断を仰げ。許可がなければシェリルは連れて歩けない」


 ゼクスは気づいていないが先程から宰相がこちらをうかがっていた。ちょうどいいので許可を願う。


「はい。ということで許可願います」

「いいですよ。ああ、セヴィーラ様はゼクス様が抱いて歩くという条件はいかかですか?」

「素晴らしいです!」


 宰相は言い提案をしたとばかりに微笑んでいた。素晴らしい条件を提示されてリゼットは喜んだ。これでゼクスとシェリルの仲をさらに深めさせることになる。


「シェリルは歩けるだろう」

「廊下に座り込んだのですよ? 冷えたに決まっています! ゼクス様は冷えてしまったシェリル様を温める義務があります!」


 リゼットは畳みかけるように言った。ゼクスは意外と押しに弱いところがある。余程の無理難題でなければ大概のことは許してもらえる。

 案の定、ゼクスは押され気味になっていた。


「そんな義務あるわけないだろう……」

「ありますよ。王の義務とすることを宰相権限において行使します」

「お前たち、俺が怪我人ということを忘れてないか……」

「「あ!」」


 ゼクスは怪我人とは思えないほど精力的に仕事をしていたので完全に忘れていた。


「まあいい。妥協はしなくもない」


 ゼクスはそう言うと、座り込んでいたシェリルの腰を掴むと立ち上がらせた。片腕を腰に回して、眼を白黒させているシェリルを連れて行く。


「上出来です!」

「やりますねー」


 リゼットは歓喜した。ゼクスにようやく春が訪れそうで安堵した。

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