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第67話

「スリーさんって結構意地悪だよね」

「意地悪かな?」

「振り回されてるよ」


 スリーの言葉に一喜一憂している。近づいてきたと思えば遠ざかって、返事に詰まる事ばかり言う。

 独占欲をにじませたと思えば、次の瞬間には突き放される。

 奏はスリーから好意的な言葉を聞いても本気とは思えなかった。ただ惑わされているのかも知れないと思うと距離を縮めようとするスリーから逃げたくなってしまう。

 そして、逃げた奏を追うでもなくスリーは普通の態度に戻るのだ。翻弄されているだけの奏は悔しくなる。


「俺が振り回されている気がするけどね」

「嘘! そんなわけないよ!」

「そう言われても実際そうだよ。俺ってわかりづらいかな?」


 確かにスリーの表情から喜怒哀楽を読むのは難しい。無表情の割にはよくしゃべるので、その口調からだいたいの判断はできるのだが、実際は表情がほとんど動かないのでスリーの気持ちはよく分からない。


「俺はあまり感情が顔にでないみたいだね。仕事中は別人だと言われるよ」


 奏は仕事をしているスリーに遭遇した時のことを思い出した。あの時は睨まれたと思って動揺したが、スリーの言う通り無表情というわけではなかった。


「仕事中のスリーさんは少し怖いかな」

「怖かったの?」


 奏に「恐い」と言われたスリーは少なからずショックを受ける。


「笑顔の一つでも見せないと嫌われる!?」


 スリーが動揺のあまり叫んだ。


「え? 嫌わないよ! 笑顔は見てみたいけど……」

「笑顔……。笑った記憶が薄いな……」

「無理しないで」


 笑顔どころかどんよりと落ち込むスリーを奏は慰めようとしたが、うまくはいかなかった。逆に気を遣わせたのか話を変えられる。


「そういえばシェリル様が部屋にいないね。リゼットも一緒のはずだけど」

「あ、王様もそう言っていたよね。どうしたのかな?」

「まあ、そのうち戻ってくると思うよ。……それまで二人きりだね。俺たちはどうしようか?」


 意味深な発言だ。奏は挙動不審になる。


「え? どうしようって、な、なにが……」

「カナデには伝わっていないようだから、俺の本気を見せようかなと思って。いいよね?」


 そう言ってスリーはソファから立ち上がると、慌てて逃げようとする奏を捕まえて正面から抱きしめてきた。

 部屋に入った時とまったく同じ状況に陥った奏は、逃げようともがくが、ガッチリと押さえられてしまうと抵抗を諦めて大人しくなる。


「こんなふうに抱かれてゼクス王と踊ったの?」


 ゼクスとダンスを踊ったことはスリーに事細かに話してしまっている。今さら何を聞かれても困ることはないが、あの時と違ってスリーは怒っているわけではないようだ。


「あれはリゼットの策略だよ」

「わかっているけど、妬けるね。カナデが王妃にでもなったら手も足も出ないよ」

「王妃ってガラじゃないよ」


 リゼットがゼクス押しだった事は、なんとなく気づいていた。

 ただ当のゼクスがあまり乗り気ではなかったから、強引にゼクスと二人きりになるように仕向けたという顛末だろう。

 結局はリゼットの思惑通りにはいかなかったわけだが。


「ゼクス王が本気になったらそこは関係なくなるよ」

「王様って美形だからね。本気を出されなくて良かったかな」

「ふーん、美形か」


 スリーの声はどこか拗ねているように聞こえた。奏は長身のスリーを見上げて思う。


(スリーさんって近所の優しいお兄さんって感じだよね)


 仕事をしている時はきつい眼差しでいることが多いが、普段はその眼差しも優し気だ。口調も穏やかで、とても強い騎士には見えない。

 もう少し若ければ大学生で通りそうだ。

 ゼクスのような美形ではないけれど、奏はむしろそのほうが落ち着いていられた。

 ただ今は、密着状態で心臓は完全に馬鹿になっている。ゼクスの美形ぶりを目の前にして舞い上がっていた時と違って、好きな相手に抱きしめられているのだからのぼせもする。


(背、高いな。私だって低くないのに)


 奏は女性の中でも高身長だ。リゼットやシェリルの隣に立つと身長差は歴然で、髪を肩口で切りそろえているため、よく男に間違えられる。

 身長はともかくイソラに馬鹿にされるほど肉付きが悪く、女性としてはいかがなものか、というくらい寂しい胸元では男に間違えられたからといって訂正する気にはなれなかった。


 奏は目の前の騎士を見つめた。ゼクスよりも身長は高そうだ。見上げないと視線が合わない。

 煩い心臓音を無視して、そんなことをつらつらと考えていた奏は、ふとゼクスとの会話を思い出した。

 それは冗談紛れにゼクスが奏を口説いてきた時のことだ。その時はすっかり流していて、その後は気にも留めなかったというのに、何故いまになって思い出すのだろうか。


(スリーさんの眼って濃い茶色なのに光が当たると赤くなるんだ……)


 室内に入ってきた光に照らされて、スリーの持つ色彩が変化していた。濃い茶色の瞳は赤く染まり、同じように茶色の髪は金色に光っているように見える。


「綺麗……」


 奏は思わずため息をついていた。ゼクスのような派手さはないけれど、光の中のスリーに奏は見惚れてしまう。


「カナデ?」


 茫然としているカナデの様子をスリーは訝しんでいる。

 奏はハッとしてスリーから眼を反らした。無意識で口に出してしまったが、かなり恥ずかしいことを言ってしまった。

 スリーはまったく気づいた様子がなくて安堵したが、意識した途端に落ち着かなくなった。

 ゼクスは口説き文句と言っていた。スリーは意味を知っているだろうか。


「……スリーさんの瞳が綺麗だと思ったの」

「それ……」


 スリーが呆気に取られていた。まさか奏に口説かれるとは思っていなかったのだろう。


「カナデの瞳も綺麗だ。俺はこれほど綺麗な瞳は知らないよ」


 スリーはやはり意味を知っていた。口説き返される。


「スリーさん……、意味、知っているの?」

「もしかしてゼクス王に口説かれた?」


 あらぬ疑いをかけられる。スリーはゼクスを気にし過ぎではないだろうか。


「口説かれてないよ」

「本当に?」

「本当に。うっかり褒めたら意味を教えられただけ」


 ゼクスに口説かれたが、それは冗談に過ぎなかった。ゼクスの瞳を褒めたけれど、それは口説き文句と知らなかったからだ。


「意味を知っていて俺に言ったの?」


 「好き」とハッキリ告白できない奏の精一杯の気持ちは、スリーに伝わったようだ。


「あ、私じゃ、スリーさんと釣り合わないだろうけど……」


 いつも迷惑ばかりかけている。きっといろんな方面から役立たずのレッテルを貼られている。それでも受け入れてくれるだろうか。


「こらこら、何を言い出すの。釣り合わないというなら俺だから。セヴィーラ様じゃないけれど、カナデは国の重要人物だよ。一介の騎士じゃ、近づくことは許されない。自覚して欲しいよ」

「でも、スリーさんは称号持ちの騎士でしょ?」

「あれは! 確かに以前の戦争で手柄を立てたけど、セヴィーラ様の護衛には必要だったからだよ。貴族ではない騎士じゃ、認められないと押し切られただけだから!」


 そんな事情があったとは意外だ。けれどスリーは謙遜し過ぎている。公爵でさえ認めているほど強いのだ。きっと固辞するスリーにゼクスが理由を後付けしたのだ。


「王様の側近で騎士団の元副団長で、ドラゴンを倒せそうなほど強いのに」

「いやいや、俺の噂は過剰だから! ドラゴンは流石に倒せないよ!」

「スリーさんなら大丈夫な気がする」

「普通に死ぬから! 本当に勘弁して」

「ふふ、冗談だよ」


 慌てふためいているスリーが珍しくて奏はおかしくなる。いつもはどちらかというと奏が翻弄されることが多いから逆転できて楽しい。


「カナデ、俺をどうしたいの……」

「いつもからかってくるスリーさんが悪いんだよ?」

「俺はいつも本気だからね。カナデが好きで、愛しくてどうしようもない。どうしたら伝わるかな……」


 スリーの気持ちは十分に伝わっている。ただ奏の往生際が悪いだけだ。ハッキリと言われないと不安だから。


「……好き」


 奏は自然と気持ちを言葉にしていた。いつも見守っていてくれたスリーを好きにならないわけがない。

 スリーと視線が絡まる。どちらともなく距離が縮まり、奏は瞼を閉じた。

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