第65話
奏は落ち着くためにソファへ座ったが、スリーが当然のように隣に座ると距離をとるようにじりじりと端へ移動した。
三人が座れるほど余裕のあるソファであるが、スリーは奏に密着しそうな程近い場所へ座るのだ。奏はスリーのあからさまな態度に照れると同時に困惑していた。
「あの、スリーさん。どうして突然名前なんて呼ぶの? 嫌がってなかった?」
「嫌がるわけないよ! あの時はどれだけ誘惑に屈しそうになったか……。立場が邪魔しなければとっくに名前を呼んでいたよ!」
「立場って、もしかしてセヴィーラと関係しているの?」
「そうだよ。カナデにはもう話しても平気だね」
スリーはそう言ってセヴィーラの護衛について語りはじめた。
奏はセヴィーラとしての役割を果たす必要がなくなった。表向きはこれまでと変わらないようだが、スリーからすれば天と地程の違いがある。
奏がセヴィーラである間は、近づきたくても名前を呼びたくても許されることはなかった。スリーはセヴィーラの護衛として距離をおかなければならなかったのだ。
セヴィーラには必ず一人以上の護衛をつける。その人数はセヴィーラの態度次第で変わるが、奏はセヴィーラとして召喚された当初から冷静で、それほど心配はなかった。そのため護衛の人数は最小限で済ませることになった。
ゼクスがもともとセヴィーラを生贄にしないと決めていたことも大きな要因であった。
本来の護衛としての役割より厳しい制限はなく、スリーが奏と会話する程度のことなら支障はなかった。
実際スリーはゼクスに咎められたことはなく、むしろ距離を縮めることを容認されていたようだった。
ところが、奏にセヴィーラとしての役割を課すどころか、セヴィーラの重要性を説くこともしないゼクスに反発した貴族たちによって、奏が命の危険にさらされ始めると、護衛であるスリーにはより重い制限が課されることとなった。
セヴィーラを護衛する者はセヴィーラとの接触を一切禁じられている。
その理由は、護衛として影から支えること、その時がきたらセヴィーラと運命を共にすること。
そして、生贄となるセヴィーラが逃げないように監視することが重要な任務だからだ。
セヴィーラの護衛は単なる護衛ではなく、すべてを、それこそ命をも捧げる役割を課されていた。
馴れ馴れしく名前を呼ぶなど言語道断。セヴィーラに存在を知られることは、命令違反として処分されてもおかしくなかったのだ。
しかし、命令違反を犯してでも確認をとらなければならない事情ができてしまった。
奏を守護する存在がいることをゼクスから聞いたスリーは、守護の力がどの程度のものなのか知る必要があると感じて、奏に接触することにした。
ゼクスは半信半疑であったようだが、ある意図を持ちながら接しようとすると奏から遠ざけられてしまった。いくら奏と会おうとしても会えないという事態に焦りを感じていた。
それだけではなく、命を脅かそうと考えていなかったゼクスが遠ざけられて、暗殺者は何故か接触可能な範囲まで近づくことができたということもあった。どこまで奏が守護されているか判断がつかない。
そこでスリーは試すことにした。奏と一度会ってはいたが、きっと覚えられてはいない。知らない相手から話しかけられたら警戒するに違いないと思った。
そして実際に接触すると、奏が警戒していても何も起こらないということはわかった。奏の意思が反映されてはいないようだった。
だとすると何がきっかけとなるのか。それがわからなければ対処のしようがない。
スリーは本気で奏を害するつもりで殺気を放った。奏自身は放たれた殺気に反応はしなかったが、気がつけば奏は目の前から消えていた。
何が起こったのか。しばらくの間、茫然としていたスリーだったが、冷静になって周りを見回すと、どうやら城の外まで飛ばされたのだと理解した。
奏を害そうとすると飛ばされるようだ。暗殺者はこうして排除されていると証明された。
ただそうするとゼクスが奏に会えない理由がよくわからない。
奏が時々ゼクスの強い視線から逃れるような態度を示すことがあった。奏の意思が反映されないと考えてしまうことは早計かも知れなかった。
とりあえずは様子見で落ち着くことになった。
ところが、スリーが意図して奏に近づいていたことが知られ、問題となってしまった。初対面こそ不可抗力とみなされたが、それ以降については許しがたい行為であると判断された。
ゼクスには貴族の戯言など無視するように言われていたが、これ以上はゼクスの立場を悪くすると、奏から距離を置くことにした。
それからスリーは影から奏を見守っていくこととなる。時には暗殺者を排除することがあったが、概ね平和に時間は過ぎていった。