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第64話

 公爵がよろよろとした足取りで帰っていく姿は哀愁を感じさせた。

 奏はその後ろ姿を見送ると肩を落とす。

 リゼットが最近やけに活発にしていると思ったら、理想の相手を見つけていたという。リゼットに恋人ができたなら嬉しいことだったが、それを本人から聞けなかったことに奏は少なからず落ち込んだ。

 スリーに部屋へと送ってもらっている間、奏はずっと意気消沈していた。


「リゼットの恋人ってどんな人だろう」

「そのうち紹介されると思うよ」

「そうかな。リゼットって秘密主義というか」

「ああ、それは……」


 スリーが言葉を濁した。以前からスリーはリゼットと懇意にしていた。リゼットの恋人の件も何か知っていそうだ。


「スリーさんって何気にリゼットと仲がいいよね」


 奏の責める口調にスリーは戸惑ったようだ。歯切れの悪い答えを返す。


「そうでもないよ。ゼクス王の側近だからね。リゼットと話す時が多少あるという程度だよ」

「公爵とも知り合いだよね」

「顔見知りではあるね」

「リゼットを勧められていたけど?」


 スリーの戸惑いに気づきはしたが、奏は追及することを止められない。


「公爵はリゼットのこととなると……。すまない、嘘を。リゼットと付き合いは長いよ。王の血縁者ともなれば気にしないわけにはいかないからね」

「どうして嘘なんかつくの?」

「リゼットとの仲を誤解しているよね?」

「……そんなことない」


 スリーは最初からリゼットと仲がいい。それは分かっていたことなのに、奏は気になって仕方なかった。仲がいい理由を知ってもそれは変わらない。


 スリーを好きだと自覚してから落ち着かない。リゼットに嫉妬するほど好きになっている。

 奏はスリーを責めるような言い方をしている自分を嫌悪した。気持ちを伝えたわけでもない、スリーの恋人というわけでもない。それなのに独占欲丸出しでみっともない。


「スリーさん。送ってくれてありがとう」


 これ以上スリーといたら何を言い出すか分からない。奏は部屋が見えてきたことを言い訳に会話を切り上げた。

 スリーが何かを言おうとしていたが、奏はそれに気づかぬふりをして小走りで部屋へ入って行く。


「カナデ」

「え?」

「ずっとそう呼びたかった」


 奏はスリーに抱きしめられ、耳元で囁かれるように名前を呼ばれて硬直していた。

 スリーを置き去りにして部屋に入ったと思ったのに、抵抗する間もなく気がつけばそうなっていた。スリーが部屋の中まで追ってきたことには、まったく気がつかなかった。


「カナデ。カナデが神を愛していても俺は……」

「ちょ、ちょっと待って! 誤解! 誤解しているから!」


 奏は慌てて否定した。確かにイソラのことは「愛している」と言ったが、それはあくまでも家族愛であってそれ以上の気持ちはない。命を救ってくれた感謝と親愛を言葉で現したに過ぎない。

 それなのにスリーは大きく誤解している。好きな人にそんな誤解をされては堪らない。


「誤解? 笑顔で神に愛していると俺の目の前であれだけ見せつけていたのに?」


 スリーは悔しそうに言葉を吐き出した。


「スリーさんは私の言葉を信じてくれないね……」


 嘘をついていたツケだろうか。スリーは奏の言葉をなかなか信じてくれない。自業自得だとはいえ悲しい。

 奏は自分を抱きしめるスリーを遠くに感じた。こんなに近くにいても遠い。


 奏は温もりに触れたくてスリーの背中にそっと腕をまわす。鼓動を確かめるように、たくましい胸に頭を押し付けると力強く抱きしめ返される。


「すなない、嫉妬した。やっと名前を呼べるようになったのに情けないね」

「本当に誤解だよ。信じてくれる?」

「ん? 信じてほしいの? どうして?」

「どうしてって……。す、す、すす……。無理、まだ無理!」


 奏は気持ちを伝えたいと勇気を振り絞ったものの、途中でスリーに悪戯を仕掛けられて断念した。


「カナデ。可愛い」


 耳元で囁かれた。スリーの唇が耳を掠めていく。スリーの短い髪が耳に触れるほどの近い距離に羞恥が増す。


「ス、スリーさん! もう、もう離してぇ!」

「離したくないな。ねえ、スリーって呼んで?」

「え、呼べないよ!」

「じゃ、離さないよ」


 奏はスリーから距離を置こうと抵抗するが、逃げようとすると腰に腕をまわされた。スリーにガッチリと捕らえられて奏は身動きが取れなくなる。


「スリーさんの意地悪!」

「カナデが可愛いのが悪いと思うよ」

「可愛くなんてないよ」

「そんなことないのに」

「言われたことないよ……」


 可愛いなんて言われたことがない。人生で一度も言われたことがなかったと気づいて、奏はガクリとうなだれた。


「俺がこれからいくらでも言うから落ち込まないで」

「揶揄わないでよ」

「揶揄ってなんかないよ。カナデは可愛い。俺は本心しか言わない男だよ」


 スリーはそういうと不意打ちで奏にキスをしてきた。軽く触れただけのキスだったが奏は動揺する。

 ずっと抱かれたままで心臓はもう限界まで鼓動を速めている。奏はパニック寸前だ。


「二度目だね」

「あ!」


 言い合いになって喧嘩別れしてしまった時、スリーはカナデの唇をさらりと奪っていった。その時のことは、動揺していて記憶は彼方に飛んでいたが、忘れていたわけではない。


「ごめんね。嫌だった?」


 好きな人からキスされて嫌なわけがない。それでもすぐに認めてしまうことには少し抵抗がある。とにかく恥ずかしくてどうにかなりそうだったから。


「嫌じゃないなら良かった」

「え!?」

「顔を見れば分かるよ」

「え、え? そんなにわかりやす……」


 奏は途中で言葉を途切れさせた。これでは認めたようなものだ。赤い顔がますます赤くなって熱い。


「誘っているの? その顔は反則だよ」

「な、誘ってなんかいないよ!」

「そう? 俺は誘って欲しいけど」


 スリーは残念そうに言った。密着状態で誘惑などしたら確実に襲われそうだ。


「スリーさん、離して……」

「わかったよ。残念だけど嫌われたくはないからね。言う通りにするよ」


 スリーは渋々と奏を離した。


◇◇◇



 奏の柔らかな身体が離れていく。


(名残惜しい。けれど仕方ないね)


 抵抗らしい抵抗もせず、スリーの腕に納まっていた華奢な身体の甘やかさがまだ足りない。


 一度は諦めようとして、諦めきれなかった。これからは近くにいられるのだ。少しくらいの我慢は許容するべきだ。嫌われては元も子もないのだから。


 奏が抱きしめ返してくれた喜びでスリーは有頂天になっていた。奏が困っている事を分かっていて、つい手を出してしまった。

 柔らかい身体が逃げないように腕に力を入れた。けれど決して抱きつぶさないように加減をしつつ堪能した。

 恥ずかしさに俯こうとする奏の耳に囁き、キスをして驚かせ、真っ赤になった奏の愛らしさに心を奪われた。

 意地の悪い事を言われて動揺する奏が恐ろしいくらいに可愛くて、ついつい加減を忘れてしまった。

 真っ赤に染まった奏の頬が嫌がっていない証拠で、スリーはますます愛しさが募っていた。


(あれで可愛くないなんて、どうしてそう思うのか不思議だよ)


 スリーの心を奪っていった奏は、自分の魅力にまったく気づいていない。ともすれば卑下する傾向にあった。

 確かに女性にしては背が高く、ほっそりとした肢体は女性らしさにかけてはいるだろう。

 肩までしかない短い髪も奏の性別を勘違いさせる要因であった。セイナディカの女性は長い髪が主流だからだ。

 それでも奏を魅力的な女性としてみる男は確実にいた。


(オーバーライトナーは、まだカナデを諦めてはいないだろうね)


 第一騎士団の中でも、とりわけ独身女性の人気を集めている男が恋敵では安心できない。

 それでなくとも奏は恋愛に疎いわけではなさそうなのに、かなり迂闊に男を近寄らせている。屈託のない笑顔を振りまいて騎士団の男達を確実に魅了している。

 それにも関わらず、自分には魅力がないと信じきっているから質が悪い。


(もう少し自覚してもらわないと)


 男ばかりの騎士団に出入りしている時点でスリーの心配は尽きない。

 今まで誰にも奏を奪われなかったことは奇跡的だった。

 奏が意識的に恋愛を遠ざけていなかったら、とっくに誰かに奪われていたことは火を見るよりも明らかだ。


 奏を他の男の眼に触れさせないようにするには、どうしたらいいのだろうと、スリーは真剣に悩みはじめた。

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