第63話
「王様? それでシェリルは?」
奏は黙り込んでいたゼクスを訝しんだ。何度か声をかけても返事がない。怪我の具合でも悪くなったのかと心配になってきた時、ようやくゼクスが返事をしてくれる。
「ああ、リゼットと一緒にお前の部屋にいるはずだ」
奏は安堵した。ゼクスに無理ばかりさせている自覚がある。そのせいで体調を崩したというわけではないようだ。
「やけに気にするな」
「へ?」
「シェリルを追い出したな?」
奏はギクリと顔を強張らせた。身に覚えがありすぎるが、何故ゼクスにばれたのだろうか。
「焚き付けた理由は察しが付くが、あまり邪険にしてやるな」
「もうしないよ。王様は何でもお見通しだね」
「鎌を掛けただけだ。シェリルは俺に怯えていたはずだ。何を吹き込んだか知らないが、率先して出向くわけがない」
耳が痛い。ゼクスは責めている様子ではなかったが。
「謝って仲良くするよ」
「そうしろ」
奏はシェリルに対する態度の悪さを後悔していた。シェリルは何も悪くない。あれはただの八つ当たりだ。
宰相が浮かれた様子で部屋から出ていった後、しばらくゼクスと話していたが、今後のことについては後日ということで解散することになった。
「スリー。カナデを送れ」
「了解しました」
「え? 一人で平気だよ」
「黙って送られろ。これ以上世話をやかせるな!」
「え? なんで怒るの?」
ゼクスに怒鳴られて奏はたじろいだ。
「いいから行け!」
「な、なんなの。行けばいいんでしょ!」
ゼクスが強引に部屋から追い出そうとする。何を怒っているのか見当もつかなかったが、触らぬ神に祟りなしと奏はそそくさとゼクスから離れる。
「カナデ様。少々よろしいか?」
ゼクスに怒られて、仕方なく部屋を出ようとする奏に声をかけてきた人物がいた。フェルデ公爵だ。
「あ、はい」
最初に紹介されてから一度も声を聴いていない。それこそいるかいないかわからないくらいの存在感のなさだった。
不機嫌そうにしていたから、途中で口を挟みそうなものなのに終始一貫して無言を貫いていた。何を考えているか全くもってわからない人物であった。
「リゼットに兵団の男を勧めたというのは本当か?」
恐ろしく個人的な質問だった。召喚偽装について、何か咎められるのではと身構えていた奏は、すぐに返事を返せなかった。
「カナデ様! 返答はいかに!?」
公爵が詰め寄ってくる。奏は公爵の剣幕にタジタジとなった。
リゼットとの会話を呼び起こす。記憶によれば確かにそれらしいことを言った気もする。
「リゼットの理想に見合うような人がいるかも知れないって言ったかな」
「なぜ兵団を!?」
「騎士団にはいないって言っていたから」
「おお! なんということだ!」
公爵は叫ぶなり倒れた。床にはいつくばって呪いの言葉をブツブツ呟きはじめる。奏は思わず公爵から眼を反らした。
公爵とリゼットがどういった関係なのか分からないため、弁解のしようもない。
「公爵。リゼットがまた何かしましたか?」
「兵団の男を追いかけていると噂が!」
「それはまた……」
困っている奏に助け船を出したスリーだったが、公爵の言葉に微妙な顔をする。噂については知らないが、公爵が言うなら信憑性は高そうだ。
「ゼクスがついていながら、どうして止められなかった!?」
そう言われてもゼクスには無理だろう。甘やかしている自覚もなければ、身を挺してまで止める気もない。もはや野放し状態だ。
「公爵。リゼットを止められる人間は世界広しといえど、カナデ様しかいませんよ」
「そのカナデ様が勧めてくれたおかげで! リゼットの婿がむさ苦しい兵団の男になってしまう!」
「カナデ様が勧めなくても自力で兵団にたどり着いたと思いますが……」
騎士団を網羅してさえ理想の相手を見つけられなかったのだ。リゼットのことだから、奏が言わなくてもいずれ気づいたはずだ。少しばかりその時期が早まったというだけで責められても困る。
「公爵はリゼットとどういう関係?」
「父親ですよ」
「そうなんだね」
それなら公爵の乱心ぶりはある程度理解できる。多少引いたが。
奏はリゼットが兵団と関わりあっていたことすら知らない。ましてや理想の相手を見つけたなんて情報は初耳だ。
リゼットの理想はかなり高い。兵団で見つけられるか怪しいと奏は踏んでいたが、どうやらそうでもなかったようだ。
しかし、リゼットにとっての行幸は、公爵にとっては悪夢なのだろう。
奏は公爵に同情したが、リゼットが理想の相手を見つけてしまった今となっては、もはや手遅れだ。
「可愛いリゼットに粗野な男など似合うものか! なぜ騎士団ではない!?」
「強くないから?」
「騎士団が弱いわけなかろう!」
「ドラゴンを倒せるくらい強い人はいないみたいだし」
「そんなもの倒せる輩などいるわけがない!」
公爵がもっともなことを言う。けれど兵団にはどうやらリゼットのお眼鏡に叶った強い猛者がいたようだ。
「スリー・リーゼンフェルト! 貴様ならドラゴンを倒せるだろう!?」
「どうでしょうか。試したことがないので」
「それならいますぐ試せ! そしてリゼットの婿になれ!」
「嫌ですよ」
スリーはにべもなく断った。公爵が目を剥く。
「リゼットが可愛くないのか!?」
「それとこれとは別ですよ。可愛くても結婚は遠慮します」
「貴様以外に希望が持てないのだぞ!」
公爵は本音が漏れていることに気づいていない。スリー以外でドラゴンを倒せそうな人材は騎士団にはいないと言い切っている。
兵団がよほど気に入らないのか、騎士であるスリーに白羽の矢が立ってしまった。
「リゼットのことは諦めたらどうです?」
「そんな! 無理だ! なんとかならんか!?」
すがりつくまなざしを公爵に向けられたスリーが言った。
「なりませんよ。俺はリゼットの好みではないと思いますし、それに身分差はどうするんです?」
「容姿は我慢してもらうほかないだろう! 身分はどうにでもなる! どうにかしろ!」
「リゼットに妥協は無理ですよ。諦めが悪いと嫌われてしまいますよ?」
「ぐっ。痛いところを突きおって!」
公爵はリゼットに弱いのだろう。スリーが言うまでもなく、公爵も分かっていると思うのだが、どうにも我慢ならない様子だ。
スリーも公爵の葛藤がわかるだけに強く言えないようで困り果てている。ただ、リゼットの婿候補だけは冗談でもやめて欲しい、と懇願していた。
「そういえば、リゼットは強面の人がいいって言っていたような? あ! 凄まれたら泣きそうな感じって!」
奏はスリーが公爵を宥めている間に、リゼットの好みをようやく思い出した。もう少しというところで思い出せず悶々としていたので、ずっと気持ち悪かったのだ。
スッキリとしたところで、リゼットのために公爵を説得しようと奏は口を開きかけたが、公爵の魂の抜けた表情を目の当たりにして言葉を飲み込んだ。
公爵はリゼットの理想像を聞いて打ちのめされたのだった。
「カナデ様。お引き留めしてすみませんでした……」
「い、いえ」
「リーゼンフェルトにも無理をいったな……」
「心中お察しいたします」
公爵はつきものが落ちたように穏やかな表情を浮かべていた。リゼットについてはもう諦めようと達観したのだろう。
奏はトドメを刺してしまった気がして申し訳ないと心の中で公爵に謝るのだった。