第61話
神が去った。ゼクスは緊張していた身体から力を抜く。
奏は何も感じてはいないようだが、神の力は強大だ。その場にいるだけでも威圧されたほどだ。
それはこの場にいる誰もが感じていた。ゼクスと同じように緊張から解放されて空気が軽くなったのか、宰相が珍しく本音を漏らす。
「神の存在を目の当たりにするとは寿命が縮みましたよ」
「少しくらい影響ないだろう」
「そうですねぇ。長生きの予定なので問題ないですね」
腹黒宰相は本当に長生きをしそうだ。有言実行をモットーに生きているような人物だ。どんな手を使ってでも生き抜きそうだ。
ゼクスにとっては国の重要人物が長生きをしてくれれば言うことはない。たとえ性格に難があるとしても。
「これで問題が一つ片付いたな。異世界からやってくる者がいたとは、驚きではあったが……」
奏が国にとって脅威となりうる存在でないことが証明された。
しかし、神の存在や奏の事情は公表できる事柄ではないため、表立って生贄である奏の立場を変えることはできない。
奏の対応を思案するゼクスに宰相が今まさに思いついたというように手を打つ。
「そういえば、異世界から来訪者には別称があったと思い出しました」
「そんなものがあるのか?」
「召喚の儀式ついて文献を漁っていたときに見ましたね」
宰相が得意げに言う。
「どうせ覚えていないだろう」
「よくぞ気づきました!」
本気で頭が痛い。ゼクスを悩ます人材は多岐にわたる。その筆頭が宰相である。
「別称など必要ないだろう」
「つまらないことを」
宰相が嘆く。本格的に探し出そうと目論んでいそうだ。
「好きにしろ」
「そうしましょう」
宰相は鼻歌まで歌い始めた。ゼクスは処置なしと遠い目をする。
◇◇◇
イソラの介入で奏の立場は一変した。それまでの重苦しい空気は部屋からなくなっていた。
「さてと、カナデ様の正体も判明したことですし、そろそろお開きにしてもいいでしょうね」
「そうだな。が、その前にカナデの今後についてだが……」
「シェリル様の通訳でいいでしょうね」
「無難なところだな」
「あ、生贄じゃないの?」
ゼクスが納得したとしても、それだけでは済まないこともある。奏は召喚されたと思われている。シェリルがいたとしてもそれは変わらないのではないだろうか。
「カナデはセヴィーラではないからな。表向きはセヴィーラで生贄のままとするほかないが」
「セヴィーラ?」
「ああ、生贄として召喚された者の総称だ。今度はしっかり理解できるようだな」
翻訳機能は本来の役割を果たしているようだ。イソラが調整してくれたようだが確認がとれて良かった。
これからは知る必要なないと翻訳されなかった事柄がすべて理解できるようになる。
それは心苦しいと感じていた奏の気持ちを軽くさせた。与えられるばかりで何もできなかったこれまでとは違う。
「言葉もそうだが、シェリルは力が制御できていない」
「そっか。力が強すぎるのも問題だよね」
シェリルは召喚されたばかりだ。言葉も分からない世界に一人で放り出されたら辛いだろう。
シェリルが言葉を理解できないことは不都合ではあるが、本来召喚とはそういうものなのかも知れない。神の力を得られた奏が特異な存在なのだ。
今後、奏の存在が力強い味方としてシェリルに与える影響は少なくないはずだ。
「シェリルは王様を見張っていたはずだけど、どうしているか知っている?」
「入れ知恵をしたのはカナデか!」
ゼクスはやはり鋭かった。奏は誤魔化しきれず引き攣った笑いを浮かべた。