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第60話

 イソラは奏に見送られてセイナディカを後にした。後ろ髪を引かれる思いではあったが、これからは奏が自力で頑張るほかない。


 奏に呼ばれた。とても小さく縋るような声だった。奏は呼んだという自覚がまったくないようだったが、それほど追い詰められていたということだ。


 久しぶりに会った奏は怯えていた。眼が合った瞬間に泣きだしてもおかしくはなかった。

 どれだけのことを我慢してきたのか。イソラに奏の苦痛は計り知れなかった。


 呼ばれて出向けば奏は尋問をされている最中で、思わず怒りに力を振るいそうになったが堪えた。状況を把握するまでは、と。

 そして探って行けば、どうやら神の加護を奏に与えたせいで悪戯にドラゴンを刺激してしまったことが判明した。

 ドラゴンについてはそれほど多くのことを知っているわけではない。

 ゼクスが脅威を感じるだけの力を有していることは、遠くからでも感じられたが、どれほど危険なのか判断がつかなかった。

 とにかく神に匹敵するほどに力を持つ存在ということだ。


 ゼクスが言うまでもなく予断を許さない状況であった。


(未来を見通すことは俺にさえできない)


 奏を送りだす世界については十分調べる時間はなかった。奏の命はつきかけていて時間をかけてはいられなかったのだ。

 すぐにでも異世界へ渡らせる必要があった。だが、人を一人だけとはいえ世界を渡らせる力はイソラにはなかった。

 異世界へ奏を送るだけの力を持つ神がいないこともなかったが、その神の助力を請うている時間はなかった。

 それがどういった采配なのか、恐ろしい偶然でセイナディカで召喚が行われていた。それに気づいた時、イソラはすぐに決断を下した。これを逃せば奏を生かすすべが失われてしまう。


 奏を異世界へ送ったことに後悔はなかった。

 しかし、異世界人である奏を生贄にする目的で召喚したにも関わらず、大事にしてくれていたゼクスに対しては申し訳なさを感じていた。


 国を憂えて意に添わぬ召喚をしたゼクス。命を削ってまで行使したというのに、生贄にする予定の奏を差し出しもせずにいた。

 ゼクスに対する貴族の風当たりはかなりのものだったはずだ。

 ゼクスはまだ若い王だ。実際に会ってみれば若さに見合わない胆力を持っていた。

 未来を楽観視していたわけではないが、ゼクスにとってみればイソラの言い訳は看過できることではなかっただろう。かなり怒りを抑え込んでいたことが窺えた。

 国の滅びが未来の出来事だと安易に言うべきではなかった。遠い未来であろうが国の滅びをちらつかせられて不快に思わないわけがない。


(本当は俺が原因を排除できればよかったんだろうな)


 イソラが神として力を振るえばいいという問題ではなかった。

 神の力は強大だ。それゆえに厳しい制約がある。その中でまた力を振るえば何が起こるかわからない。奏に施した小さな加護でさえ制約に抵触すれば力を歪まされた。


 奏を異世界へ一人で渡らせる不安はイソラに力を使わせることになった。人一人を守護するだけなら平気だろうと高をくくっていた。その力は世界への干渉を禁ずるという神々の制約を侵す事態になったようだ。

 十分な加護をつけたはずが、機能は曖昧な条件で発動するようになっていた。命を守るという最低限の条件は辛うじて保たれていたが、それ以外については出鱈目であった。

 本来ならいくらゼクスの勘が鋭かろうが、奏がどれだけ適当に嘘をついていようが気づかれることはなかったのだ。


 奏を異世界へ何の加護もなしに放り出すことは危険を伴っていた。

 一度世界を渡ってしまえばイソラは手出しができない。命は助かるがその先の保証がまるでない。召喚に割り込んだことさえ危険と隣り合わせだったのだ。

 それでもそうするほかに道はなかった。奏の寿命はつきていない。救うべき命と思ったからこそイソラは行動した。

 国の命運のために使われていいはずがない。イソラにとって奏の命は決して軽くはない。


(やはり国を滅ぼすというわけにはいかないだろう)


 奏の命を繋ぐためといいながら保証はなかった。奏には時が解決するだろうと告げたもののイソラに自信があったわけではないのだ。

 奏に命を諦めて欲しくない。悲観したまま異世界へ行っては意味がない。


 イソラは嘘をついた。いや実際は嘘とは少し違うが、日本に返してやれることを当然のように語った。

 奏が日本にもう一度帰ることができるかどうか、その未来はイソラには見通せない。

 もしこのまま、異世界で暮らすことになるなら、その世界を滅ぼしてしまうわけには当然いかない。


(このまま奏を置いて戻ってしまってもいいのだろうか)


 イソラは自問する。


 一度は奏を神の世界へ連れて行くことを考えた。伴侶として。

 奏に対して恋情を抱いたことはない。奏を抱きたいと思えないが、連れ帰るなら自分の伴侶として印をつけなければならなかった。

 それは義務というわけではなく、愛したいと望む気持ちが少なからずあった。

 しかし、生贄に反対するイソラの説得にも折れない奏を、強引だろうが攫っていくのが一番いいと考えはじめていたが、奏の騎士に邪魔をされた。


 奏を見る眼が他とはまるで違う。奏に好意を持っていることは明らかで、最初からそれは感じていた。

 だが、その好意は立場を逸脱するほどの想いではないようだった。それにもかかわらず、いきなり態度を一変させた騎士に少しばかり苛立ちを感じた。


 奏はその時、まだ心に決めた相手がいなかった。淡い恋心は芽生えているようだったが、護衛の騎士は奏と関係を深めてはいなかった。

 今なら別れても悲しい気持ちはすぐに忘れることができるだろう。

 そんな目算があってイソラは早急にことを進めたかったのだが、一番厄介な相手に火をつけてしまったようだ。

 そして奏自身も自分の気持ちに気づいたのだろう。最後には照れながらも騎士からの想いを受け止めていた。


(あの男に任せるほかないか)


 娘を嫁に出す心境だ。イソラは独身だったが、まさか結婚もしていないうちにそんな疑似体験をする羽目になるとは思いもしなかった。


(まあ、仕方ないさ)


 異世界での生活は奏の意識を良い方向へ変えていったようだ。命を諦めかけていた当初の奏とはまるで違う。


 奏の変化にすぐに気づいたイソラだったが、異世界へ来ることになった経緯を誰にも言っていないと知った時は少なからず驚いた。

 確かに言う必要はなく口止めをしていた。だが、追い詰められてどうしようもなくなったのなら言えば良かったのだ。そこまでして守るような秘密ではない。


 言えないという奏の気持ちは理解できるが、イソラは苦笑するほかなかった。

 どうやら奏はよほど大切にされていたようだ。だから心配させるようなことを口にしたくはなかったのだ。


 この世界でなら日本に帰ることが叶わなかったとしても、奏は幸せに生きていくことができるだろう。


(それでも帰りたいと願うなら……)


 例え何があろうともその願いをイソラは叶えるつもりだ。


 奏を日本へ帰らせる手段は、別の神の力によるところが大きい。イソラはその力を借りて、一度だけは奏に世界を渡らせることが可能となっている。


 そして、それはイソラの力をかなり削ぐこととなる。

 空間転移の力を持つ神の力を借りられたとしてもイソラの力が足りない。だから一度きりの片道切符なのだ。


(あの男が奏を帰らせるとも思えないけどな)


 無表情で何を考えているかわからない男だったが、イソラが敵ではないと知った後も奏を守るように警戒していた。

 いや、そんな生易しいものではなかった。激しく威嚇されていた。

 決して、奏を離す気はないだろう。嫉妬深そうだ。そんな性格にゼクスは気づいて、奏にイソラを勧めるようなことを言ったのだろう。

 どちらにしても奏が日本に帰る可能性は少なそうだ。


「元気で養生しろ」


 奏の未来に差す影はそれほど大きくはない。ドラゴンついては奏の考えに賭けるほかないだろう。

 イソラは奏の幸せを願ってやまなかった。

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