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第58話

「生贄は却下だ!」

「いいじゃん生贄!」

「我儘いうな!」

「なんで!」

「お前みたいな凹凸のない体型は食えるところがないだろうが!」


 イソラの言葉に奏は断固抗議する。女らしさに欠けると指摘されて不愉快だ。


「酷い! 嫁になれって言ったくせに!」

「ああ!? いますぐ犯されたいのかよ!」

「変態! イソラの変態!」

「変態がどうした! 俺の嫁になるっていうのはそういうことだ!」


 不毛な言い合いの最中に放たれたイソラの直接的な言葉に、奏は動揺して眼を泳がせる。

 生贄にさせる気のないイソラの提案だったが、奏は本当に意味で実感していなかった。イソラは命の恩人であって、そういった色気の介在する関係ではないからだ。

 実際プロポーズされたはずなのに甘い雰囲気は微塵もなかったので油断していた。


「今すぐ俺に抱かれるか、日本に帰るか、セイナディカに残るかの三択だ」

「それ二択の間違いでしょ」

「ふーん、二択か。いまどれを省いた?」


 考えるまでもなく選択しなかった一択は、日本に帰るということだった。意識してのことではなかったし、イソラは分かっていて意地悪な三択をしたのだ、と思っていた。

 奏は二択と主張したことで、イソラと深い関係になってもいいと仄めかしたようで思わず赤面する。


「い、一択! 一択だから!」

「おまえ初めてだよな? 優しくしてやるな」


 イソラに断言された。否定はできないが何故ばれたのか。


「違うよ!」

「初めてじゃないのかよ」

「は、初めてだけど、って違うってば! そうじゃなくて残るって言っているの!」

「だから生贄は却下だ。強引に抱かれたいならそう言えよな」


 イソラがニヤリと笑う。奏は抱き上げられて足をばたつかせる。


「イソラ? どこへ行くの?」

「邪魔の入らないところに決まっている。それとも視線があるほうが燃えるっていうならここでしてもいいぞ?」

「な、な、なに言っているの!?」


 どんどんエスカレートする内容に奏は泡を食うばかりだ。イソラに部屋から連れ出そうとされるが、抵抗できない。

 イソラがどこまで本気かわからないが、このままでは貞操が危ない。奏は助けを求めるように視線を彷徨わせる。


「やだやだ。離してイソラ!」

「カナデ様を離せ!」


 奏が本気の抵抗を見せると同時にスリーが動いた。イソラから奏を奪うと背中へ隠す。


 イソラが舌打ちする。簡単に奏を奪われて苛立っているようだ。


「それで? 奏をセイナディカに残して生贄にするか?」

「そんなことはしない!」

「奏はその気だぞ?」


 イソラが忌々しそうにスリーを睨む。

 奏はイソラに攫われる前にスリーに助けられ、ホッとしたが、二人の一食触発という空気に縮こまる。


「カナデ様。神と恋人で結婚の約束を交わしたの?」

「約束なんかしてないよ! イソラは過保護だから……」

「カナデ様を犯すといっているけれど?」

「冗談だと思うよ!」


 奏はあせって否定はするけれど、スリーは信じてはくれない。

 どうにかして誤解を解こうと考えるが、それをイソラがあざ笑うように邪魔をする。


「冷たいな。俺がいなくて寂しかったくせに」

「寂しくなんてなかったから!」

「嘘つけ。俺の胸で泣いただろう」

「あれは追い詰められていたから……」


 しどろもどろの言い訳に信憑性などない。スリーの胡乱な視線が突き刺さる。


「……痴話喧嘩じゃないの?」

「付き合ってもいないよ! 本当にイソラとはなんでもないの!」

「結婚しない?」

「しないよ!」

「それじゃ、俺のそばにずっといてよ。生贄にもならないで」


 スリーが甘い言葉と共にギュッと抱きしめてくる。奏は高鳴る鼓動を止められなかった。

 スリーに「もう会わない」と言われた時に何故あれほど悲しかったか、今になってわかった。あの時すでに好きになっていた。帰らなければいけないと気持ちに蓋をしていただけだ。

 スリーのいるこの世界に残ることができるならどんなにいいか、と何度思ったことだろう。この先のことはまだどうなるか不安は残るけれど、スリーに必要とされて心から嬉しいと奏は歓喜する。


「ごめん、イソラ。セイナディカに残るよ」

「生贄はやめるよな?」

「ううん。生贄にはなるけど食べられない方向でなんとかしようと思う」

「はぁ。まったく言うこと聞かない奴だな。ドラゴンなんて相手にして喰われないようにするって、俺は力を貸せないぞ」


 イソラが渋い顔をして言った。神の力では解決できないことなのだ。


「えーと、話し合いで解決できないかなぁって」

「はあ? 会話が成立するわけあるか!」

「無理かな」

「見たこともない生物のことなんか知るか!」

「イソラも知らないなら、会話できるかも知れないじゃない?」


 可能性については否定できない。生贄を要求するというなら知能は高いはずだ。


「生贄を要求する時点で、会話云々以前に喰われるのが落ちだ」

「でもおかしいよね。会話できないならどうして生贄を要求できるの?」

「たしかにそうだな」


 イソラも言われるまで気づかなかったらしい。そう言えばどういう経緯で生贄を捧げるという事態になったのか。

 ゼクスは言っていた。生贄を捧げたからといって襲われない保証はないと。


「ゼクス王。生贄を要求されたというのは?」

「……まだ覚醒前だ。要求はされていない」

「王様、それはどういうこと?」


 要求をされていないのに生贄を捧げるという。筋が通らない。


「伝承では生贄の要求があったとされている。眉唾だったがドラゴンの巣を調べて生贄にされたとされる人間の痕跡を見つけた」

「痕跡?」

「大量の人骨が発見された」


 人骨と聞いて奏はゾッとする。楽観的に考えてはいないつもりだったが、平和な国で育った特有の甘えを痛感した。


「覚醒が近いのだろう。ここ最近の地震はすべてその前触れだ。スリーに確認をさせたが近隣の被害は甚大だ。いずれにしても対応を迫られるだろう。奏の存在は隠したが、シェリルが召喚されたことで表沙汰になった。貴族どもを黙らせておくことは限界だ」


 かなり深刻な事態だ。ゼクスが王でなければ、奏はとっくにドラゴンへ生贄として差し出されていた。

 イソラもそれを感じたのか矢継ぎ早にゼクスへ質問を投げかける。


「奏の存在を隠した理由は生贄にしないためか?」

「そうだ。うるさい貴族を黙らせるために行ったことだ。失敗は前提条件だった」

「生贄を要求したとされるドラゴンがまだ生きているのか?」

「不明だ。ただ、覚醒したドラゴンが人間を見逃すとは思えない」


 実際のところすべてはドラゴンが覚醒しないことには、はっきりとしないのだ。本当に生贄を捧げなければならないのか。どれも伝えられてきた以上のことは分からないようだ。


「今から五百年前のことらしいが、捧げた生贄が辿った末路は伝わっていない。生贄にされた人間が逃げ帰ってきたという話も伝わっているが、事実の確認ができない以上は眉唾だ」


 生贄の末路と聞いて奏は身震いした。静まり返った部屋でそれぞれが思案に暮れていた。

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