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第53話

『……カナデ。カナデ! カナデ、起きて!』


 奏は突然耳元で大きな声をあげられて意識を取り戻した。重い瞼を必死でこじ開けてみれば、シェリルの顔が至近距離にあった。

 奏の心臓は激しく音を立てる。シェリルの存在を拒否するように。


「わたしはどうしたの?」

「倒れたのですよ」


 部屋のベッドに寝ている理由が思い出せずにリゼットに問えば、そんな答えが返ってきた。

 奏は暗がりに引きずり込まれるような感覚を思い出して一瞬震えたが、それを悟らせないように話題を変える。


「王様は大丈夫なの?」

「軽傷ではありませんが、大人しくしてさえくれれば大丈夫です」

「大人しくしてないの?」

「すると思いますか?」

「無理だろうね」


 ゼクスは常日頃から忙しい。怪我をしていても大人しくなるとは考え難い。リゼットはそれを承知していて小言をいいながらも容認しているようだ。

 けれど、シェリルは不満なのか目を吊り上げて抗議してくる。


『カナデ! 彼を止めて!』

「そう言われても……」


 ゼクスはやはりリゼットのイトコというだけあって人の言うことなど聞かない。奏が何を言っても無駄なのだ。

 シェリルには悪いが好きにさせておくのが賢明だろう。

 それに今はゼクスに近づきたくない。気持ちの整理をつけるまでは。


「シェリルが王様を気にするのはわかるけど、本人が大丈夫だっていうなら放って置けばいいよ」

『そんな……』


 奏は悲しそうな顔をするシェリルに罪悪感を覚える。

 言葉の通じないシェリルは自らゼクスを止めに行くことさえ出来ない。それをわかっていて協力をしない理由は、自分を優先しているためだ。

 言い訳する気はないが、心が痛まないわけではない。


「ゼクス様はご自分の体調をきちんと管理できるので心配いりませんよ。倒れるまで仕事をするほど愚かではありませんから」

「そうだよ、シェリル」


 奏はリゼットに追従する。リゼットの言葉をそのまま伝えた。これでシェリルに納得してもらわなければ困る。ゼクスのことはあまり考えたくない。


『本当に?』

「大丈夫だから。心配ならシェリルが王様を見張っていればいいよ」

『それはいい考えね!』


 シェリルを遠ざけるためとはいえ、我ながら酷い提案をしたものだ。シェリルが浮かべる満面の笑みを奏は暗い瞳で見つめる。


「リゼットも心配でしょ? 行ってきたらいいよ」

「え?」


 奏は一人になりたくて、リゼットをゼクスの元へ行かせようとする。その意志はあからさますぎた。

 リゼットが困惑している。


『カナデは一緒に行かないの?』

「行かない」


 シェリルを拒絶する言葉に遠慮はない。


「リゼット。シェリルを連れて行ってよ」

「でも、カナデ様は……」

「部屋にはいるから」


 ゼクスが怪我を押して動いている。奏は逃げ出すことはおろか、自由に行動することも制限されているはずだ。

 リゼットが奏を一人きりにさせたくないわけは、ゼクスに言明されているからなのだろう。


「逃げたりしない。王様にそう伝えて」

「……わかりました。伝えます。ですが、その前にシェリル様に召喚に関する説明をしてもらえないでしょうか?」

「いいけど、シェリルと二人にしてもらえるかな」


 リゼットが一緒にいては色々なことが誤魔化せなくなる。シェリルと二人きりなら不都合なことを話さなくて済むはずだ。

 けれど、リゼットは難色を示す。


「ですが、カナデ様は詳しいことを知られていませんでしょう」

「一度に説明しても理解はできないよ。召喚された理由は追々でいいでしょ」

「そうですね。では先にゼクス様の様子を見てまいりますので、その間にカナデ様が知ることをシェリル様にお話しください」

「わかったよ」


 奏は冷静にいられる自分に驚いた。召喚について、不意打ちのようにリゼットに聞かれて、ボロを出さずにいられたことは奇跡的だ。

 リゼットがいうとおり、奏は詳しいことを何も知らない。

 召喚に関することは、リゼットの言葉をシェリルに通訳するだけだが、できるはずがないことだ。

 ゼクスがどういう意図で、奏に召喚理由を話さないまま放置していたかは知らないが、どんな説明をされたところで奏が理解することはない。

 シェリルに言葉が通じないように、召喚に関することだけは奏に通じないのだから。

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