第47話
ゼクスとのダンスの特訓は順調だった。軽やかにステップを踏めるようになったかは定かではないが、ゼクスの足を踏むような失態はまだ犯していない。
「上達したじゃないか」
「私にかかればダンスなんてこんなものでしょ!」
「調子に乗るな。これはついてこられないだろうが!」
ゼクスは奏をターンさせると大きく足を踏み出した。奏はそのステップについていけずに、久しぶりに振り回される。
「私はダンサー目指しているわけじゃないよ!」
そんな難しいステップ踏めるかと奏はゼクスに噛みつく。調子に乗ったことは認めるが、ゼクスの要求は高すぎる。
披露する場所もないのに、そんな高度な技術を覚えてどうしようというのか。
「つまらんな」
「王様、楽しいのはわかるけど」
「ゼクスと呼べと何度言えばわかる」
「何度でも拒否する」
このやり取りも何度目になるかわからない。一国の王を相手にずいぶんな物言いをしていることは棚に上げて、名前を呼ぶことだけは拒否する奏。ゼクスは不満げに鼻を鳴らす。
「俺だけに酷い仕打ちだな」
「王様だけ特別なんだけど?」
奏だけの特別な呼び方だ。だだし、親しみを全く感じさせない呼び方であることは承知している。
「理解できん。お前は恋人になってもその呼び方をしそうで怖いな」
「予定のないことで非難しないでよ」
「俺の心を抉るな」
「えー」
最近になって気づいたことだが、ゼクスは奏を本気で口説いているわけではないと感じる。どこか言葉遊びをしている風だった。
それにリゼットとあまり変わらない雑な扱いをされている。奏のポジションは、妹当然のリゼットと同じだ。
「王様が本気ならとっくに名前を呼んでいるけど」
「どうだか」
ゼクスは納得していないようだが、奏にはそれがポーズだと分かっている。ゼクスには決定的に熱が足りない。だから口説かれていても奏の心には響かない。
「もう一曲くらいいけるだろ」
「王様はダンスの特訓と称して、息抜きしているでしょ」
「いいじゃないか」
「認めているし」
この切り替えの早さもゼクスが本気と感じられない一因だ。いつまでも無意味な会話を続けなくて済んで、奏は助かっているが。
「ねぇ、王様。リゼットはどこで何をしているの?」
「さあな。リゼットは秘密主義だ」
「それはまずくないの?」
リゼットを放置するのはどうかと思う。何をしでかしてもおかしくない。ゼクスはわかっているはずなのに冷たい態度だ。
「そのうち嫌でも何をしでかしたか、分かる時がくる」
「過保護はやめたの?」
「リゼットに何を言っても無駄と悟っただけだ。誰かのおかげで歯止めがきかん」
「私のせいにしないでよ」
「俺はカナデとは言っていない」
言っているようなものだ。奏は自分のせいではないと思いたかったが、思い当たる節があり過ぎて反論する声は弱い。
「寂しいのはわかるが、しばらく放って置け」
「でも」
「それより集中しろ。一曲踊りきれた試しがないだろう」
ゼクスは何かを知っていて隠しているのではないだろうか、と奏は疑っている。あれだけの過保護ぶりがそんなに簡単に変わるわけがない。
けれど、今は追及してもゼクスは答をはぐらかしそうだ。
リゼットは、朝になるとどこかへ出掛けていって、夕方になると帰ってくるが、ほとんど会話できていない。
ゼクスといるときは紛れていた気持ちも、やはり一人になると寂しさを感じてしまう。
リゼットがいないうえに、フレイはいつ帰ってくるかもわからない。スリーに至っては、接触禁止令の期間を過ぎているのに顔さえ合わせていない。
「元気を出せ。リゼットはそのうち帰ってくる」
「うん」
「リゼットに訓練の成果を披露しないとまずい」
「王様はどこを目指しているの……」
ゼクスの励ましは、奏を脱力させただけだった。