第46話
「カナデ様。ゼクス様。起きてください」
リゼットの呼びかけに奏は、ぼんやりとした意識が浮上する。近くで温かい何かがもぞもぞと動くと少しずつ覚醒しはじめるが、なかなか身体は動こうとしてくれない。
起きようと思う心とは裏腹に、近くの温もりが手放しがたくて、奏はその温もりにしがみつく。
「これはゼクス様を称賛すべきか、カナデ様に感謝すべきか、迷う状況ですね」
「寝過ごしたか?」
「ゼクス様、おはようございます。日は暮れておりませんから大丈夫ですよ」
「もうそんな時間か」
ゼクスが首を回して欠伸をする。リゼットが微笑ましそうに奏の寝顔に視線を向ける。
「残念ですが、カナデ様を解放してください」
「離れないのはカナデだが?」
奏はゼクスにくっついて幸せそうな寝顔を披露中だ。
「まんざらでもない顔をしていますよ?」
「気持ちよく眠れたからな」
「ダンスの成果はどうですか?」
「カナデにいつ足を踏み砕かれるか心配だな」
ゼクスはダンスの成果をリゼットに報告しているようで、奏のダンスセンスの無さを扱き下ろしていた。
「……王様が振り回すからでしょ」
奏は二人の会話中もまどろんではいたが意識はあった。なんとなく会話を聞いていただけだったが、ゼクスの意地悪な言葉に思わず反論してしまう。
「で、カナデはいつまで俺にしがみついている気だ?」
「あ!」
奏はゼクスの腰の当たりに無意識にしがみついていた。指摘されてギョッとする。ゼクスに慣れるために強制的に触れあっていたが、ここまで慣れるのはどうなのか。
「王様は抱き枕!」
「なんの言い訳だ。押し倒しただろうが」
恥ずかしさを紛らわすように言えば、ゼクスが気怠げに髪を掻き上げ、リゼットが喜びそうな一部間違った解釈を口にする。
案の定、リゼットが歓喜の声をあげ、奏に迫る。
「カナデ様、やりますね!」
「リゼット! 誤解だよ!」
奏は顔を赤くして狼狽える。
「少し睡眠不足で、俺がカナデを抱き枕にした」
ゼクスが笑いながらも訂正をいれてくれるが、奏は憤死しそうになる。
「微笑ましいですね」
リゼットは笑顔だ。誤解でもなんでもいいらしい。
「それにしても久しぶりだな、リゼット」
「それほどでもないですよ」
「で、そっちの成果は?」
「何の話でしょうか」
リゼットはとぼけるつもりらしい。数日も奏をゼクスに任せっきりで一体どこで何をしているやら。
「リゼットはまだ忙しいの?」
「ゼクス様が至らなくてすみません」
神妙な顔でリゼットがゼクスに責任をなすりつける。
「俺に責任を押し付けるな」
「臨時侍女ですよね」
「兼任した覚えはない」
リゼットとの会話に疲れたのか、ゼクスがこめかみを揉んでいる。少しでもゼクスに休息を与えられたと思ったのに、これでは台無しだ。
「まあいい。あと数日はダンスの特訓だからな」
「ええー! まだ続けるの?」
ゼクスはしつこくダンスのクオリティを追求しようとする。奏はうんざりとして顔をしかめる。
「ステップを覚えてない」
「まだ、そんなに初期段階ですか?」
リゼットの声は呆れている。二人はそろって肩を竦めた。リゼットの思うように事が運ぶわけはない。
「カナデが俺から逃げるからだ」
「王様が強引にするから!」
奏は自分のせいにされて憤慨する。
「ゼクス様はカナデ様に何をしたのですか?」
「ちょっとした荒療治だ。成果はあった」
「そうですね! カナデ様があんな風にゼクス様にしがみつくとは思ってもみませんでした!」
「やめてよ。恥ずかしいでしょ!」
ゼクスの近くにいるのがなんだか心地いいとか、離れがたいとか、奏はいつの間にかそんな気持ちになっていた。人間慣れの生き物とはいえ恐ろしい。
「ゼクス様にならカナデ様を取られてもいいです」
「リゼット、何を言い出すの!?」
「それなら貰おう」
「王様まで!?」
最近のゼクスは奏をからかうことでストレス解消している気がした。それでゼクスの疲れがいくらかでもマシになるなら我慢しないでもない。
「いい加減に『王様』と呼ぶのはよせ。ゼクスだ。ほら呼んでみろ」
「な、呼ばないよ!」
「もう一度しつけが必要か?」
「ふふ、今度のカナデ様はどうなってしまうのでしょうねぇ」
「洗脳される……」
奏は恐怖を感じて身震いした。