第43話
すっかり雨もあがった。いい加減帰らないとリゼットが心配するだろうということで、奏はスリーと温室を出たのだが──、
(どうして手を繋ぐの!?)
二度目に偶然会った時もそうだが、スリーの行動はいつでも唐突で、奏は呆気にとられる。
温室を出た瞬間に普通に手を取られた。拒絶するほど嫌というわけではないけれど、緊張感に奏はぎくしゃくとしてしまう。
「ここはあまり知られていない場所なんだよ」
「そうなの?」
「先代の王が大事にしていた場所だから、庭師の好意で解放されるまでは王の許可がなければ入ることは許されていなかった」
「綺麗なところなのに」
「庭師もそう思ったんだろうね。今では恋人と一緒に過ごす場所として知られるようにはなっているかな。まあ、それでもごく少数しか知らないけれどね」
そんな場所をスリーは当然のように知っている。恋人と来たことがあるのだろうか。
「俺は温室より木々に囲まれたこの場所が好きだから、よく来るんだよ。恋人と来たことはないからね」
考えていることを見透かされたようで奏はドキリとする。スリーの言葉は、行動と同じように心臓に悪い。狙っているなら質が悪すぎる。
「ここが初めてだと迷いやすい。カナデ様が嫌でなければ手はこのままで」
「……恋人はいないの?」
「いないから心配しないでいいよ」
「してない」
「あれ? 本当に?」
「本当に!」
奏がムキになると、スリーは「残念だ」というように肩を竦める。無表情が笑っているように見えるのは、きっと気のせいだ。いや、絶対気のせいだ。
スリーと話しているうちに中庭まで戻ってきた。どこをどう歩いていたのか、緊張していた奏にはわからないが、一人では戻ってこられそうになかったので、安堵に胸をなでおろしていると──、
「そこの二人!! 離れなさい!!」
「!」
リゼットの怒号が響いた。二人は繋いだ手をバッと勢いよく離す。
「スリー様!! 私の許可なくカナデ様に触れるとは万死に値します!!」
「え、いつから許可制に?」
スリーはリゼットの迫力に恐れをなしたものの、納得がいかず果敢にもリゼットに疑問を投げかける。
そんなスリーを完全に無視したリゼットが奏に宣言する。
「カナデ様!! もう遠慮はしませんからね!!」
「遠慮していたことないじゃない」
マイペースを崩さないリゼットに遠慮の文字などなかったはずだ。
「連行してください!!」
「「え?」」
仁王立ちして怒りをまき散らしていたリゼットがそう命令すると、どこからともなく騎士達が現れて奏とスリーを拘束する。
真面目にリゼットの命令に従っているのかと思いきや、ニヤニヤと笑っていることから察するにリゼットの独断らしい。
「副団長悪いね!」
「リゼットちゃんには逆らわないことですよ!」
「カナデ様は微妙だよなぁ」
「副団長って少年趣味?」
「二股ですか!? 見損ないましたよ!」
なにか失礼な言葉が聞こえたが奏は無言を貫く。リゼットの視線が怖い。こういう時は余計なことは言わないに限る。
「二股? 気づきませんでした……」
「リゼット!?」
そんな事実はないのに、誤解されるような言い方をされてスリーが慌てる。騎士達の拘束を解こうとして暴れるが、いくらスリーが強かろうが複数で押さえられては動けないようだ。
「カナデ様に誤解されるでしょ!?」
「私のことはどうでもいいと?」
「なに言って……」
リゼットが悲しそうな顔をする。迫真の演技にスリーは嫌な予感がして冷や汗が止まらない。リゼットを黙らせたくても、騎士達に押さえつけられていてはどうにもできない。
「……どうすればいい?」
「カナデ様の目の届く範囲に近づかないで下さい」
「そんな横暴な!」
「私がカナデ様を探していると知っていましたよね?」
「あ、しまった!」
奏はリゼットの顔が般若のようになるのを見た気がしたが、瞬きをした一瞬で慈愛に満ちた表情に変化していて首を捻る。
見間違いかとも思ったのだが、スリーに告げた次の言葉を聞いて見間違いではなかったことを悟る。
「残念です。スリー様はカナデ様と接触禁止にします」
「なぜ!?」
「私が認めないからですよ」
「わかった。カナデ様の目の届く範囲には近づかない……三日ぐらいは」
スリーがリゼットの顔色を窺っている。
「ご冗談を! 私が生きているうちに会えるとお思いで?」
「……せめて期間を決めてくれない?」
「ひと月です」
「もう少しなんとかならない?」
「な・り・ま・せ・ん!!」
リゼットの宣告にスリーはうなだれてしまう。スリーは決して悪くない。それなのにスリーは一切言い訳をしない。
奏はたまりかねてリゼットに恐る恐る声をかける。
「あのね、リゼット」
「なんでしょうか?」
「それって月の半分くらいにならない?」
「スリー様に優しくすることはありませんよ」
「そういう訳では……」
ではどういう訳なのか、とリゼットの眼が語りかけてくる。奏は自分でも理由が分からず言葉を濁す。
「まさか『会えないと淋しい』なんていいませんよね!?」
それは少し違うのだけれど、リゼットにうまく説明できる自信がなくて、奏は曖昧に頷いた。
スリーが驚いたように息をのんだ気配がする。
奏は恥ずかくて視線をスリーに向けられない。
「これだからカナデ様は……」
「ダメかな?」
リゼットが嘆息する。奏は期待をするようにリゼットを見る。
「仕方ありませんね。カナデ様に免じて許しましょう」
奏の期待の眼差しにリゼットが折れた。奏は嬉しくなり笑顔を浮かべる。
「リゼット、ありがとう」
「いいえ、それだけあれば十分ですから」
「?」
「カナデ様が気にすることではありませんよ」
リゼットの言い方は気になるが、取り敢えずは期間が短縮されたので奏は安堵する。
奏が原因でリゼットの怒りを買ってしまったスリーには申し訳なさしかない。
スリーは決して言わないだろうが、奏が泣いていることに気づいて、誰も近づかないようにしてくれていた。
最初は気づきもしなかった。けれど考えてみれば、まるで泣き終わるのを待っていたようなタイミングでスリーは現れたのだ。冷静になれば、どれだけ気遣われていたのか、分からないはずがなかった。
(酷い顔していたよね……)
スリーに泣いていたと知られて恥ずかしい気持ちはあったが、奏は見守られていた事実に苦しかった胸が温かくなっていくのだった。