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第4話

 身体がポカポカと温まり、奏は目を覚ます。


「ここは……」

「ようやく目覚めたか」

「え?」


 ぼんやりした視界に一人の男が飛び込んでくる。

 まだ目覚めたばかりで状況を把握できていない奏に、男はのんびりとした調子で声をかける。


「茶でも飲むか?」


 男は急須から湯呑にお茶を注ぐと、奏の前にズイッと押し出す。


「水がよかったか?」


 奏が湯呑に手を伸ばす前に、今度は水の入ったペットボトルが目の前に置かれる。

 喉が渇いていた奏は、遠慮なくペットボトルに手を伸ばす。


「ありがとうございます」


 喉を潤すと随分と落ち着いてきた。寝起きの感覚を引きずってはいたが、身体の不調はあまり感じることはない。多少だるいといった程度だ。


「俺のことは覚えているか?」

「……え~と、自称神様?」


 目の前にいる男に見覚えは全くなかったけれど、声に聞き覚えがあった奏は、目覚める前のことを思い返していた。

 死ぬかも知れない、と思った時、突然現れた男にどこかへ連れて行かれたことは、何となく覚えている。


「自称かよ。まあいい。信じるも信じないも好きにすればいい」

「そうですね……」


 投げやりな男の言葉に思わず同意を示したものの、自分でもどう考えたらいいのかまとまらず、奏は目の前の男を眺める。


 歳は三十代後半といったところだろうか。肩につく長さの茶色の髪で、スッキリとした目鼻立ちをしている。鋭い目つきがやや怖さを感じさせる。


 奏が想像する神とはイメージがかけ離れている。近寄りがたい雰囲気とか、人間らしくない美しさとか、神にはそんなイメージを持っている。

 印象的な琥珀色の瞳が、唯一神様と言われれば神様らしい特徴かもしれない。

 身長は座っているのでよく分からないが、身体は鍛えていそうだ。それは運ばれた身としては恥ずかしい感想である。

 そして、自称神様は妙に色気のある男だった。


「コタツは身体を温めるには丁度いいだろう」


 確かに二人はコタツに向かい合わせで座っている。

 何故コタツなのだろうか、と奏は一瞬考えただけで、それを口に出してはいなかった。

 そういえば意識が戻るまで声を出していない。それなのに普通に会話が成立していることが不思議である。


「えっと自称神様。考えている事がわかるとか?」

「イソラと呼べよ」


 「自称神様」と呼ばれるのが嫌なのだろう。奏は素直に名前を呼ぶ。


「イソラさん」

「さんはいらないぞ?」

「年上の人を呼びすてはないです……」


 明らかに年上の男性を呼び捨てにできない。奏がそう言うとイソラの口角が上がる。


「俺は変質者じゃなかったか?」

「うぐっ」


 意外に根に持つタイプなのか、意識も朦朧(もうろう)としていた中で思ったことを揶揄されて、奏は言葉に詰まった。


「全てが分かる訳じゃないが、口がきける状態じゃなかったからな。会話ができるなら必要ないことだ」

「今は会話できますけど……」


 あまり考えを読まれることは嬉しくない。意思疎通ができるようになったのなら止めて欲しい。

 そんな気持ちでジッと窺うと、イソラは視線を下に反らす。


「……もうしない」


 考えている事が分かるように何かしたらしい。イソラは少しバツが悪そうだ。


「お手数をかけました」

「突然どうした?」


 驚いたイソラの視線が奏に向く。奏は不安そうな顔をするイソラに考えていることを明かす。それから感謝していることも。


「どうして生きているのか分からないですけど、生きていけるとは思えない……。助けてくれようとしてくれた事には感謝しています」

「諦めるっていうのか?」

「諦められなくて迷惑をかけていると思っています」


 今こうして会話するほどに回復しているのはイソラのお陰である。

 何をしてくれたのかは分からないが、イソラが奏の求めた助けに応じてくれたから、こうして死を前にして穏やかでいられる。それだけで救われた。


「諦める必要はない」

「どうしてそんなこと言えるの……」

「俺は助ける気でいるが、諦められたら助けようがない」

 

 イソラはすっかりしょげてしまった奏の頭を撫でる。


「ここではない世界でなら、あまり不自由なく暮らしていくことはできる」

「え? どういう……」

「詳しいことは話せない。ただ、そこでなら病気は落ち着くはずだ」

「治る?」

「いいや、それはない。影響しないということだ」


 奏は意味が分からず、イソラの次の言葉を待つ。説明を促すように見つめる。


「身体にとって負担が少ない。後はそこで体力をつければ回復する見込みもでてくるだろう」

「その世界に行ったとして、また帰ってくることはできる?」

「お前次第だ」


 「諦めなければ希望がある」と言うイソラに、奏はすぐに頷くことはできなかった。


「もちろん不安はあるだろう。だが、俺が提示できる選択肢は他にない。療養と思って行ってみたらどうだ?」

「療養……」

「あれだ! 温泉へ湯治に行く。あー、湯治って通じないか……。じゃ、高原に静養に行くみたいなものだ。今時、高原はないか……」


 何故かどんどん自信なさげに説得をはじめるイソラを見て、突然笑いがこみ上げてきた奏は肩を震わす。

 そんな奏に更なる説得を試みようとして言葉が見つからず、イソラは黙り込む。


「……ふふ。イソラは面白いこと言うね」


 ついに我慢ができなくなり奏は笑い出す。イソラはどこに笑いのツボがあったのかわからずに面食らっている。


「元気が出てなによりだ……」


 イソラは釈然とせず顔をしかめた。そんなイソラを尻目に奏は笑顔を見せる。


「うん。行ってみるね」

「そうか」


 奏はイソラの提案を前向きに考えてみることにした。

 死に際に命を助けてくれた恩人のことなら信じていいかも知れない。


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