第39話
スリーに迷惑をかけてしまった。そのうえ事情も知らないのに慰めてもらって、奏はいたたまれない気持ちで一杯になる。
けれど、何も聞かないスリーの優しさに救われた。ちゃんとフレイに向き合おうと決意する。
答えは決まっている。それなのに今さら迷いが生まれてしまう。
フレイは呼び出しに応じてくれるだろうか。本当は自分から会いに行こうと思っていた。けれどリゼットに止められ、伝言を届けてもらうだけにとどめた。
奏は不安で胸が苦しくて堪らなかった。
「待たせたか?」
「ううん」
自室ではリゼットがいるからと、早朝のあまり人気がない中庭へフレイを呼び出した。
いつもと違う空気は奏をさらに緊張させる。
「昨日は悪かった。追い詰めるつもりはなかった」
「それは私が悪いから。……卑怯だったと思う」
フレイに指摘されなければいつまでも逃げ続けていた。こんな自分をさっさと見限って、相応しい人を恋人にすればいい。そんな傲慢な考えがあったのかも知れない。
フレイの気持ちをないがしろにしていた。好きな相手から別の女性を勧められて、フレイは一体どんな気持ちだったのだろう。
「はっきりしなかった俺も悪い」
「私って鈍そうに見える?」
「見えないな。だからこそ逆にわかりやすかった。意図的に恋愛話を避けていただろう?」
「当たり。フレイには嫌われていると思っていたから油断したのかな」
初対面ではほぼ無視する形になっている上に、二度目は会ったことを忘れかけていた。憎まれ口を叩きながらもこんなにも大切な存在になるとは想像もつかなかった。
そのうえ、好きになってくれるなんて……。
「嫌ったことはないが、最初は面倒だったな」
正直に気持ちを吐露するフレイ。奏は苦笑いで答える。
「フレイは隠さないね」
「二度会うことはない。俺にとってはそういう相手だったからな」
「それなのに、ほとんど毎日一緒にいることになって大変だったよね」
「いつの間にか当たり前になっていたな」
出会ってまだそれほど月日はたっていない。それなのに随分と濃密な時間をフレイとは過ごした。
当たり前の日々。それもあとわずか。
「答えはわかっている。それでも言っていいか?」
「いいよ」
お互いにけじめをつけないと先には進めない。
「カナデ、好きだ!」
ストレートな告白はとてもフレイらしくて、奏は決まっているはずの答えを告げたくない気持ちにさせられる。
「率直なフレイが好きだよ」
「それは友達としてか?」
フレイも答えを分かっているのだ。だから決して辛そうな顔をしたりしない。
「そうだよ。大切な友達として好き」
奏にとってのフレイは友達だ。異性として好きになることはない。
「……その気持ちが変わることはないんだな?」
「ないとは言い切れない。でも待たないで……」
奏は我ながら酷いことを言っているとフレイから顔を逸らす。期待を持たせるようなことを言っておいて、フレイに選択することさえ許さないのだから。
「待てない。心配しなくても忘れてやる」
「さすがフレイ。男前だね!」
「振ったことを後悔しろ!」
もう後悔しているとは言えない。
「訓練は続けるか?」
「続ける。でも、フレイはどうするの?」
さすがに振った相手を、いつまでも付き合わせるのは躊躇われる。騎士団長に相談すれば、指導をしてくれる相手はすぐに見つかるはずだ。
「指導役を降りるつもりはない。団長命令だからな」
フレイはキッパリと答える。奏はフレイに気まずい思いをさせたくなくて逡巡する。
「……それでいいの?」
「騎士団は公私混同しないのが鉄則だ。あくまでも建前だけどな。俺のことは気にするな。……それともなにか、俺では問題があるとでも?」
「……問題なんて! お願いします!」
奏は訓練場でフレイが自己紹介をしてすぐ後の出来事を思い出していた。
険悪な雰囲気を醸し出していたフレイに、指導をしてもらえないかもしれないと焦っていた。団長命令だから仕方ないといいつつ、指導をしてくれる意思を示してくれたフレイに飛びつくようにして答えを返した。
それほど昔というわけではないのにひどく懐かしく感じる。
「あの時と同じだ。素直に指導されておけ」
「明後日からでいいかな?」
「明後日? なぜだ?」
「なんでもいいから明後日で!」
きっと明日はフレイに見せられない顔をしている。だから明後日と指定する。
「ああ、明後日な」
「フレイはもう行って」
一人になりたい。奏は無理をして顔に笑顔を貼り付けるとフレイに手を振る。
「カナデは?」
「中庭ってあんまり来たことないから、ちょっとゆっくりしたい」
「帰りに迷うなよ」
そう言うとフレイが背を向ける。奏はフレイを見送ると笑顔を崩した。