第38話
「フレイ? 誰かと一緒にいるみたい。誰だろう……」
昨日街に出たが比較的おとなしく行動していたおかげで、リゼットから自由を取り戻すことができた奏は、一人で訓練場に向かっている最中にフレイを見かけた。
声をかけようとして、フレイの隣に見知らぬ女性がいることに気がつく。
(わぁ、すごい美人)
女性は華やかな美人だったが、騎士服を着用しているということは騎士だろう。
スラリとした肢体がなんとも艶めかしくて、奏は思わずドキドキしてしまう。女性なのにカッコいい。ちょっと憧れる。
「カナデ? そんなところでどうした?」
声をかけるタイミングを逃していた奏にフレイが気づく。
「訓練場に行く途中だけど」
「なら、一緒にいくか?」
「え、邪魔だから一人で行くよ」
遠慮するに決まっている。フレイと女性の関係は気になるが邪魔するつもりはない。
「フレイ、私からは以上よ。団長には伝えておくわ」
「悪いな。カナデを一人にしたくない」
騎士団の連絡事項を伝えていただけのようだ。女性の騎士がフレイに手を振って去って行った。
奏は名残惜しそうに女性の騎士の背中を見送る。
「女性の騎士に初めて会ったよ。綺麗な人だね」
「そうか?」
「そうだよ。美男美女でお似合いだよね」
奏のその一言はフレイの地雷を踏んだ。フレイの眼が据わる。
「……質が悪いな。お前は俺を揶揄って楽しんでいるのか?」
「え?」
キョトンとする奏にフレイは舌打ちをする。
「あの時! 俺の気持ちは伝わらなかったはずないよな!?」
「あ……」
奏はビクリと身体を震わせ、逃げようとしてフレイに追い詰められる。背中に壁の感触を感じた瞬間、フレイの両腕に囲まれる。
「そんな反応したら肯定しているようなものだ!」
「フレイ……」
フレイの視線が突き刺さり、奏は泣きそうになる。
確かにフレイの言う通りだからだ。
最初こそ、自分の勘違いかも知れないと思った。
けれど、言い訳すればするほど、あの時にフレイから向けられた気持ちは、間違いなく自分に向けられていたと痛感せずにはいられなかった。
はっきり言われないのをいいことに、黙っていればやり過ごせると誤魔化し続けていた。フレイの気持ちをはっきり知るのが怖かった。
「カナデが俺に恋愛感情を持てないなら仕方ない。けどな、俺だけじゃないよな? 最初から誰も好きになるつもりがない。この世界の誰も!」
フレイの怒気で空気がピリピリとしている。奏の身体が硬直する。
「カナデ、答えろ!」
「!!」
奏はフレイに追い詰められた。頤を持ち上げられ視線が交わる。フレイの瞳から獰猛さを感じ取って奏は震え上がる。動いたら何をされるかわからない。
視線を逸らせず固まっていると遠くから奏を呼ぶ声が聞こえてくる。
「カナデ様?」
その声に自然と身体が反応した。頭で考えたわけじゃない。気がつけばフレイの腕から抜け出して駆け寄っていた。
奏は震える腕でスリーに縋りつく。
「どうしたの?」
スリーの困惑した声が聞こえる。奏はその声が遠くから聞こえてくるように感じていた。
◇◇◇
スリーは全身で縋りついてくる奏を受け止めた。なかなか落ち着かない奏を宥めていると鋭い視線が突き刺さってくる。
(フレイ・オーバーライトナーか)
奏が一人ではないと分かっていた。ただ、様子がおかしい気がして声をかけたのだが、どうやら正解のようだ。
奏は動揺している。スリーの声が聞こえていないほどに。
「カナデ様に何を言った?」
「あんたには関係ない」
挑戦的な態度だ。けれど、その視線は不安そうに彷徨っている。
「確かに関係はないが、カナデ様と話したいなら冷静になってからにしろ」
「……言われなくても」
スリーに乱入されたことで冷静さが戻って来たようだ。フレイは一度だけ奏に視線を送ると黙って二人から離れていく。
「カナデ様、彼は行ったよ」
「……逃げちゃった。どうしよう……」
「そうだね。どうしたらいいのか、言わなくてもわかるよね?」
「うん」
奏の瞳が揺れる。スリーは勇気づけるように優しい声を出す。
「彼が意地悪するようなら助けに行くから言って?」
「大丈夫だと思う。ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして」
二人の間に何があったのかは知らない。緊迫した空気を邪魔したというのなら、そうなのだろう。けれど、怯えていた奏をスリーは見捨てられなかった。
スリーは「関係ない」と言われて引き下がれないほど、奏が気になっていることを初めて知った。