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第37話

 美味しい食べ物と楽しい街並み。珍しい品々が所狭しと並ぶ店を、奏は心行くまで見てまわる。どれもこれも見たことがないものばかりで、いつまでも飽きそうにない。


「あの店って……」


 奏は気になる店を見つけた。今まではリゼットが用意してくれていたが、選べるものなら自分で選びたいと思っていた物が置いてある。


「下着屋ですね! 行きましょう!」

「フレイ! 行ってくるね!」


 さすがに下着選びまでフレイを付き合わせるわけにはいかないと、奏はフレイを置いて行こうとする。


「おい、待て!」

「え、フレイもお店に入るの?」

「馬鹿か。外で待っているに決まっているだろ!」


 フレイは顔を赤くして抗議する。


「護衛の俺を置き去りにしてどうする。慌てる必要はないから落ち着いて行動しろ」

「ごめん、すぐに戻ってくるから」

「俺のことは気にするな」


  フレイには悪いが、買い物を楽しむのは久しぶりだから、時間の許す限り楽しみたかった。

 奏はいそいそと下着屋へ入っていく。


「いろいろな種類があるね」

「ここは品揃えが豊富なのですよ」


 奏は下着を手に取り驚愕する。


(紐パンじゃない!?)


 リゼットが用意する下着は必ず紐パンだ。これが世界の常識ならば仕方ないとこれまで我慢してきたが……。


「リゼット! どうして紐パンを持っているの!?」


 リゼットは紐パンを物色中だ。定員も巻き込んで念入りに選んでいる。


「これならカナデ様に似合いそうですね」

「色が白いですから、よく映えますよ」


 リゼットと店員がにこやかに紐パンを勧めてくる。


「カナデ様はどちらがいいですか?」

「紐パンの二択!?」


 どうやらリゼットは紐パン以外を選ぶつもりはないらしい。両手に紐パンをもって、奏に選択を迫る。


「私はこれがいい!!」


 奏は近くの下着をガッと掴むと、リゼットの目の前に突き出す。普通の下着が履きたい執念でリゼットに迫る。


「あら、カナデ様は大胆ですね! それは一部が透けているのですよ?」

「は? 透け?」


 奏は慌てた。よく見ずに掴んだけれど、リゼットがいうように確かに透けている。とくにヤバイ箇所が……。


「じゃあ、これは……」


 と別の下着を手に取るが、


「それはスリットが入っていますね。カナデ様にはお薦めできません」


 リゼットに眉を潜められる。


「普通の下着はないの……」

「ですから、これが一番普通なのですよ」


 リゼットが両手持っている紐パンをひらひらと動かす。

 奏はガクリと首を垂れる。


「……どっちも素敵です」

「では購入しましょう!」

「毎度有難うございます!!」


 定員の喜びの声が店内に響き渡った。


◇◇◇


「なにか疲れてないか?」


 嬉しそうに下着屋へ入っていった時とは違った奏の様子にフレイは怪訝そうな顔をする。


「この国の女性の積極性を垣間見ただけだよ……」


 紐パンの一択を迫られた疲れで奏は遠くをみる。紐パンが普通であることに理解は示せそうにない。


「カナデ様は奥ゆかしいのですね!」

「冷えは女性の敵ということを知らしめたい!」


 心もとない下着に物申す。すぐに脱げそうな下着は奏にとっては敵だ。


「今日は暑いくらいだぞ?」


 初夏を思わせる気候で過ごしやすいことがセイナディカの特徴だ。日本のように四季はなく、気温も大きく変わらず一定を保つ。

 ただし、短期間ではあるが雨季があり、その時ばかりは気温はぐっと下がるという。

 過ごしやすい気温と舐めていたら冷えには対処できない。女性というのはそういう生き物であることを奏は力説したかった。

 そんな奏の主張は晴天の空を見上げているフレイには通じていない。

 ボーッと太陽の光を浴びているフレイ。奏は話しをまともに聞いてくれないフレイに意地の悪いことを言う。


「フレイは案外ああいうのが好きだったりしてね」

「ああいう?」

「透けているとか、スリット入っているとか」


 イヤらしい下着の構造を教える。フレイの目が動揺で左右に揺れる。


「な、何の話だ!?」

「下着の話だけど」


 動揺するフレイにしれっと奏は答える。


「……カナデ、買ったのか?」


 想像でもしたのか、フレイの顔が赤く染まっていく。


「カナデ様。誘っているのでなければ、下着の話はやめておくことを推奨します」

「う、そうだね。二度と言わないよ」


 口は禍の元だ。迂闊なことを言って、またフレイとギクシャクしたくはない。


「そろそろ帰らないといけませんね。ゼクス様が心配しすぎてどうにかなる前に」

「リゼットは王様にどう言って外出許可とったの?」

「『退屈で死にそうです』と言いました」


 ゼクスが気の毒すぎる。王を言葉一つで頷かせるなどリゼットにしかできない。

 リゼットを退屈させると碌な事をしないと学習済みで、抵抗せずに被害縮小を狙っていた可能性はある。ゼクスはそのくらいの計算はしていそうだ。

 まだ日は高いが十分に楽しんだのだから、名残惜しくても帰るべきかも知れない。ゼクスの心労を増やさないために。

 それに夕食にはトバーの串焼きが食べられる。


 奏はトバーの串焼きの香ばしい匂いを反芻していたが、急に身体を強張らせた。嫌な予感がして咄嗟にリゼットを引き寄せる。


「危ない!!」


 警告の声がした瞬間、奏の眼前を凄まじい勢いで走り抜ける人影があった。

 そして、その人影は数メートルも進まないうちに、後ろから追いかけてきた集団に捕まり引き倒される。

 奏はその光景を唖然として見つめていた。リゼットを引き寄せなければ巻き込まれるところだった。


「暴れるんじゃねー!!」

「くそが! 離せ!!」

「てめー!! 逃げられるとでも思ってんのか!!」


 こんな近くで乱闘がはじまってしまった。奏はフレイによって安全地帯まで後退していたが、下手に動くと巻き込まれそうでジッと様子を窺う。


(ギャングの抗争!?)


 柄の悪い男達が暴れまわっている。逃げようとする男を数人の男達が捕まえようとしているが、正直どちらも悪人にしか見えない。


バキ! ドカ! ガツン!!


「お騒がせして申し訳ない!」


 どうやら決着がついたようだ。追われていた男は拳で黙らされたようでぐったりとしている。

 奏は騒ぎを聞きつけた住民に謝罪をしている男達をチラリと見た。

 よく見ればみな同じ服を着ているようだ。着崩しすぎて原型がよくわからないが、黒の制服に見えないこともない。全員が同じ赤い腕章をしているところから彼らが何者か予想できなくはないけれど、あまり信じたくはない。


「兵団が犯罪者を追っていたらしいな」

「あ、やっぱり……」


 街の治安を守る兵団に間違いないらしい。奏は自分の予想が当たってしまって微妙な気持ちになる。

 治安を守るどころか逆に脅かしかねない破落戸集団に見える。制服たぶんを着ていなければ、真っ先に取り押さえられていたのは彼らのほうだろう。


「お嬢さん方、怪我などはないか?」

「寸前で回避したので大丈夫です」


 兵団の男が声をかけてきた。先頭で指揮をとっていた人物だ。彼は比較的ましな恰好だったが、迫力は半端ない。ついでに色気も半端ない。


(ちゃんとボタンをとめて欲しい)


 制服を着崩すのは自由だが、これはいただけない。制服の下から除く白いシャツは、胸元の半ばまでボタンが外されていた。もりあがった胸筋がバッチリ主張している。


「ううっ」

「リゼット!? どうしたの!?」


 リゼットの呻き声に、奏は遠くなりかけていた意識を取り戻す。筋肉フェチではなかったが、それでも眼が釘付けになっていた。


「すみません。連れが調子を崩したみたいで」

「それは済まなかった。お嬢さんには刺激が強すぎたようだ」


 リゼットは奏に縋りついている。震えているのが伝わってきて奏は焦りを感じる。


「お前ら! 速やかに撤収しろ!!」

「了解!!」


 兵団は号令とともに颯爽と去って行った。


「リゼット、大丈夫?」

「すみません。私としたことが取り乱してしまいました……」


 リゼットにも苦手なことがあったようだ。動揺するなんて珍しい。


「は! いけません、トバーの串焼きが私を待っています!」

「え、もう元気になったの?」


 奏はリゼットの変わり身の早さに唖然とする。


「英気を養わなければ、あれには対抗できません!」

「何に対抗する気だ?」


 フレイは呆れ果てていた。何がリゼットを奮起させているのかは謎である。


「……帰ろうよ」

「そうだな」


 今日は楽しく充実した日であったが、とにかく疲れたと二人は思ったのだった。

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