第36話
数日たったある日、リゼットがウキウキとしながら言った。
「カナデ様! 街に出掛けませんか?」
「いいの?」
引きこもってばかりなので外へ行きたい気持ちはあるが、そんなに自由に出掛けられるのだろうか。
奏は確かに自由を制限されているわけではないが、それでも好き勝手出歩くには抵抗がある。何しろ国の重要人物と認識されている。
ただ、いまだにどんな役割を期待されているかは不明のままだが……。
「退屈なので、ゼクス様に強請りました。フレイ様とその他大勢の護衛をつけることで許可するそうです」
「その他大勢? そんなにゾロゾロと歩いたら迷惑にならない?」
「大丈夫ですよ。気配を察知されても誤魔化すことが得意な護衛ばかりです!」
リゼットはごく当たり前のことのように言うが、この国の護衛はおかしい。誤魔化すことが得意とはどういうことだろうか。
リゼットを筆頭に侍女も変わっているから、疑問に思ってはいけないかもしれない。下手につっこめば、知らなくてもいいことを知って後悔しそうだ。
「ゼクス様がご一緒できないのは残念です」
「王様が一緒なんて目立ってしょうがないよ」
たとえお忍びであったとしても、あの美丈夫が目立たないわけがない。女性の目はおろか、男性の目さえ釘付けにしかねない美形ぶりだからだ。
落ち着いて楽しむことはできないだろう。下手すれば、囲まれて身動き取れなくなりそうで恐い。
「迎えが来たようですよ」
「あ……」
フレイが姿を見せた。
奏は数日経っても気まずさを感じていた。動揺する気持ちを隠して接するのが精一杯だ。
そんな奏の動揺を知ってか知らずか、フレイに普段と変わった様子は見られない。
「よく許可がでたな」
「それは当然です。もぎとりましたよ!」
リゼットが張り切って声を上げる。
「なるほど。で、どこへ行く?」
「片っ端から見てまわろうと思っています。カナデ様の体力の続く限り!」
「はは、リゼットについていけるか心配だよ」
退屈とは縁のなさそうなリゼットも外出はかなり楽しみな様子だ。奏をダシに一人でも楽しみそうな勢いがある。
リゼットは奏に付き合ってどこにも出掛けていないから、それも仕方ないのだろう。
「護衛は俺だけってことはないよな?」
「ええ、心配はありません」
護衛は奏の目につかないように配置されていた。気配は感じられなかったが、リゼットが「心配ない」と言うのだから大丈夫そうだ。
「俺は護衛対象が問題だと思うな」
「それはカナデ様の行動が読めないからですね」
二人が結託して奏を扱き下ろす。口を尖らせている奏にフレイが追い打ちをかける。
「珍獣は動きがちょこまかとしているからな。ああ、はぐれないように注意してくれよ?」
「……大人の女扱いをする気はないと?」
「大人の女ね……」
つい数日前に子供扱いされたばかりで奏は憮然したが、フレイに意味深な視線を向けられてドキリとする。
「時間が押しています! 行きましょう!」
微妙な空気がリゼットによって散らされる。狙っていていたかのようなタイミングの良さに、奏は「助かった」と安堵した。
◇◇◇
「わぁ、賑やかだね!」
「ゼクス様はやればできるのですよ!」
街は活気に満ちあふれていた。治安がいいのか、そこかしこで子供たちの笑い声が響いている。そんな様子に奏は頬が緩む。
リゼットが言う通り、ゼクスはいい王様なのだろう。人々の明るい表情はゼクスの善政を物語っていた。
「いい匂い!」
「あれは! めったに販売されないというトバーの串焼き!」
「美味しそうだね」
「ああ、なんてこと! 売り切れ必死のレットが!」
トバーは牛に似た生き物で、臆病すぎて滅多に遭遇できないらしい。臆病なわりに一度暴れはじめると手がつけられないという、捕獲困難さでも有名だそうだ。そのため屋台でも滅多にお目にかかれない絶品グルメなのだという。
それ以上にリゼットが眼を輝かせたのが、レットという食べ物であった。見た目はパイナップルに似ているが味はチョコレートという不思議な果物や、イチゴのような見た目で牛乳の味がする果物をクレープのような薄い生地に挟んだスイーツだ。
売り切れ前にリゼットが死守してくれたお陰で、奏は堪能することができた。「売り切れ必死」というだけあってとても美味しかった。
「やけに詳しいな」
「フレイ様もいろいろとご存じですよね?」
「まぁ、知らないでもない」
フレイが得意げな顔をする。リゼットの目がキラリと光る。
「幻のブラパ焼きは食べたことあります?」
「ああ、売っているやつじゃないが、狩って食べたな」
興味津々に店を物色していた奏は、騎士とは不釣り合いな言葉を耳にして立ち止まる。
「狩る?」
城で訓練している騎士の姿しか見たことはなかったが、まだまだ奏の知らない実態がありそうだ。
「畑を荒らす害獣が多いから、遠征時は発見したら積極的に狩ることになっているな」
奏は騎士団のワイルドな一面に驚いたものの眼を輝かせる。
「私も狩りに──」
「それ以上続けたら、お前を狩るぞ、珍獣」
奏は珍獣呼ばわりされてフレイを睨みつけたが、息をのむと回れ右をする。
「じょ、冗談だってば」
「笑えないな」
フレイは「笑えない」と言いつつ笑っていた。ただし、眼は少しも笑ってはいない。
「騎士団の頑張り次第で城の食卓が潤いそうですね。次はぜひブルーリールをお願いします!」
「狩れるか!」
リゼットのリクエストは拒絶された。「狩り」と聞いてから、涎をたらさんばかりにフレイを見つめていたのは、そういう訳だったらしい。
騎士団を狩りに行かせたいと思っていることが見え見えだ。
「ブルーリールって?」
「トバーの上をいく美味しさらしいです」
トバーの串焼きは、食べ歩きをするには不向きなため、まだ食べていない。夕食に間に合うように城へ届けてもらうことになっているので、奏は今から楽しみなのだが、それ以上の美味しさと聞いて興味をそそられる。
「騎士団なら狩れる人いそうなのに」
「無理いうな。あれは害獣レベルじゃない」
フレイはブルーリールの群れに遭遇したことがあるようだ。その時のことを思い出したのか顔色がだんだん悪くなっていく。
ブルーリールの性質はどの獣より恐ろしいという。どんな生き物だろうと獲物と定めたら最後、集団で弱るまで追い回して、確実に仕留めるのだ。
しかも恐ろしく獰猛で、身体から青い高熱の炎を吹き出す厄介な獣で、騎士団では「狩るなど無謀」と危険視されていた。
そんな恐ろしい獣を「狩ってこい」と言うリゼットは、美食に取りつかれているとしか思えない。
「仕方ありませんね。レッディテイルで妥協しましょう!」
「あれならなんとか……」
フレイはリゼットの口車に乗せられそうなっている。このままでは確実に狩りに行かされるのではないとか奏は心配する。
「レッディテイルも美味しいそうですよ。楽しみですね、カナデ様!」
「……善処しよう」
リゼットが勝利した。フレイが気の毒な気はしたが、奏はご相伴にあずかれるなら反対する理由はなかった。