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第34話

 スリーの凄さを目の当たりにして、フレイは悔しさよりも敗北感に歯噛みした。

 奏はスリーを食い入るように見ていた。それはまるで英雄を目の前にしているかのようで、フレイは声をかけることができなかった。

 あれだけ大勢の騎士を一度に相手にして息も切らさない。それどころか余裕すら見せつけていた。「本気だ」と言いながら決して本気などではなかった。

 噂以上の強さだ。認めざるを得ない。


(第二騎士団は副団長の後任を決めていない)


 なぜスリーが副団長を辞したのか、その理由は誰も知らない。突然のことに第二騎士団はいまだに反発をしているようで、ゼクスに直談判しそうな勢いだという。

 フレイの所属する第一騎士団でも第二騎士団の混乱ぶりは噂されているくらいだ。

 スリーがすぐに遠征へ行ってしまったため、騒ぎは一時鎮静化したようだったが、訓練場へ姿を見せたことで帰還は知られてしまった。また騒がしくなるかも知れない。

 スリーは目立つ存在だ。強さだけでなく騎士達の信頼も厚い。そんな存在が帰還後すぐに奏と接触した。偶然だろうがそれにしてはやけに馴れ馴れしかった。


(どうしてカナデに近づく!?)


 スリーが帰還していることを知らずに、奏への接触を許してしまった。

そもそも「師匠になって欲しい」と迫る奏を一蹴したはずなのに、いまさら一体どういうつもりなのか。

 考えてもわかるはずはないが、フレイは考えずにはいられなかった。気がつけばそのことばかり考えてしまっている。

 警戒していたはずなのに、スリーはあっさりと奏の髪に手を触れた。奏がろくに抵抗しないのをいいことに無遠慮に触れ続けた事実は、フレイを怒り狂わせるには十分だった。


「カナデに触れるな!」


 フレイはハッとした。無意識に口走った言葉に茫然とする。

 一体いつから独占欲を持つようになったのか。奏の隣にいる男は自分だけだと、どこか当然のように思っていた。それまではただ単に、危なっかしい奏の面倒を見なければいけないと思っていただけに過ぎない。

 それが根本から間違っていたとフレイはこの時になってやっと気づいた。

 指導役でもない、保護者でもない、ましてや友人と一度たりと思ったことがない。


(とっくに好きになっていたってことか)


 フレイは自分の鈍さに呆れ果てる。こんな調子だからリゼットが言葉を濁すはずだ。

 確かに恋愛は二の次だったことは認める。付き合ったことがないわけではないが、それもすぐに終わるような浅い付き合いばかりでそれ以上発展することはなかった。

 フレイは相手に対して情熱が持てなかった。それは相手にも伝わっていたから破局は早かった。

 過去のことはいまさらだ。


(カナデに「好きだ」と言って伝わるか?)


 奏はリゼットより厄介だ。リゼットは自分の好みの範疇外の男に意識が向かないというだけで、恋人を作りたくないとか、男が苦手といったことはない。きっと気に入る相手が出来れば結婚は早いだろう。

 けれど奏は意識して恋愛を遠ざけている節がある。今まで気にならなかった理由は、奏を恋愛感情抜きで見ていたからに過ぎない。

 恋愛話に発展しそうになると不自然なくらいの話題転換をしていたと、恋愛対象としてみていれば、気づけていたはずだ。

 考えてみれば、奏の異性の好みはおろか、過去に恋人がいたかどうかも知らない。

 リゼットとそういった話をしている可能性はなくはないが、二人が恋愛話に盛り上がっている姿は想像できない。

 恋愛の手練手管などフレイは持ち合わせていない。となれば、真正面から口説き落とす以外の道はなさそうだ。


(男として意識されてないわけでもないか?)


 ゼクスから夕食に招待された時のことを思い出す。滅多にすることのない正装をしたが、その時の奏の反応はいつもと少し違っていた。褒めることこそなかったが、しばらく見惚れていたようだ。

 その後すぐに普通に戻ったから気にも留めていなかったが、眼中にないわけではなさそうだ。


(簡単に逃がす気はないけどな)


 奏に異性として意識されるのは前途多難だろう。それでもフレイは諦めるという選択肢を持つことはなかった。

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